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2017年 07月 23日

数字に表われる深い意味 ー 数象徴法(4)

[ 21 ・ 24 ・ 33 ・ 40 ・ 70 ] は、何を意味し語るのでしょうか?


[ 21 ] は、3x7=21で、「完全をあらわす数」とされています。旧約聖書の「知恵の書」の7章で、知恵の特性として21のことが挙げられています。ここでは「知恵」は、神から発する一つのペルソナのように書かれています。その初めとまん中とおわりの特性を紹介します。

     知恵には聡明で聖なる霊がある。

     知恵は永遠の光の反映であり、神の働きを映す曇りない鏡であり、神の善のかたどりである。

     知恵は太陽よりも美しく、あらゆる星座に勝り、光と比べてみても優れている。


紀元前1世紀に、まだキリストを知らない時代に、キリストのような「知恵」について記したふしぎな記述です。


[ 24 ] 《最後の審判》の神の玉座をめぐる24座と24人の長老が有名です。 
    ( 12 x 2 ) の 12 は基本的に重要な数です。


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ジョット 《最後の審判》



[ 33 ] は、キリストの死の年齢です。 アリギエーリ・ダンテの『神曲』(Divina Comedia)の「地獄篇」「練国篇」「天国篇」はそれぞれ 33 の歌によって構成されています。ただし、「地獄篇」は、34 歌で最初の第一歌は、全体の序歌になっています。合計 100 歌による壮大な3界を歌ったイタリア文学の金字塔です。                                          

しかし、最初のイタリア文学は、アシジの聖フランチェスコの『兄弟太陽の賛歌(被造物の賛歌)』( Cantico di Frate Sole ) といわれています。                                    
ダンテは、アシジの聖フランチェスコから多くのインスピレーションを受け、『神曲』の中でも聖フランチェスコを何度も称えています。ダンテの友人ジョットも、聖フランチェスコ伝をいろいろな教会や修道院で描いています。                                      



[ 40 ] は、ノアの洪水の40日間。エジプト脱出のイスラエル人がシナイ砂漠を旅をしたのが40年間。この他、イエスが荒れ野で40日間の断食苦行のあと、サタンの誘惑を受けました。また、イエスは、復活後の40日目に、天に挙げられました(キリストの昇天)。                   
                                               

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      ジョット 《キリストの昇天》       


イエスは、地上を去る昇天にさいして、つぎのようなことばを遺しました。

「あなたたちは行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。ー 父と子と聖霊のみ名に入れる(神の「いのち」に入れる)洗礼を彼らの授け、わたしが守るように命じたことを、守るように教えなさい。」

「わたしは世の終りまで、いつもあなたたちとともにいる」。(マタイによる福音書の最後 28・19-20)


イエスは生まれる時、イザや預言者によって、「見よ。おとめが身ごもって、男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれる」と。(この名は、「神はわれらとともにいます」という意味です) (マタイによる福音書 1・23)                                    


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ジョット 《イエスの生誕》





[ 70 ] は、マタイによる福音書 18・21-22 に出てきます。                   

あるとき弟子のペトロがイエスに尋ねました。「兄弟がわたしに罪を犯したら、何回赦せばいいのですか、7回ですか?」。イエスは答えます。「7回どころか、7の70倍までも」と。         

このことにちなんで、藤沢教会の祭壇の背後に「木片モザイク」490片の装飾が施されています。
それは、7の70倍も赦しなさいという、イエスの赦すことのが大事であるという教えを象徴しています。        


人を責めるな、また、裁くなと、心から罪を悔い改める者をどこまでも赦すイエスの憐れみ深さが、この「木片モザイク」には表わされています。                              
   イエスの憐れみ深さを想い起こす優れた装飾です。(制作者は、建築家の辻垣正彦氏です)                                  

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490の「木片モザイク」のある祭壇背後の装飾(カトリック藤沢教会)






  3 x 2 = 6 「ダビデの星」 ダビデの子(孫)イエスは、メシアとして出現が待望されていました。
        3 + 4 = [ 7 ] 「神の恵み」、「聖数」     3 x 4 = [ 12 ]  7と並ぶ「聖数」 
        3 x 7 = [ 21 ] 「完全を表わす数」  21の「知恵の特性」



                         *   *   *




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# by francesco1hen | 2017-07-23 16:02 | Comments(0)
2017年 07月 19日

数字に表われる深い意味 ー 数象徴法(3)

[ バッハの《ロ短調ミサ曲》と数象徴法 ]


《ロ短調ミサ》の話に入る前に、[ 10・11・12・13 ] の数について述べます。

[ 10 ] は、「モーセの十戒」エジプト脱出の後、イスラエルの民はシナイ砂漠をさまよいながら約束の地、カナーンに向かいました。途中でシナイ山にさしかかった時、指導者モーセは神ヤーウェに呼ばれてシナイ山で、石の板に刻まれた「十戒」を授けられました。イスラエルの民が守るべき掟です。神ヤーウェの教えは律法として、民が神の意志に従って生きる大事な掟として与えられます。

[ 11 ] は、十戒を犯す数です。つまり、罪、違反、無節制を意味します。

[ 12 ] は、3の4倍数で、7と競う「聖数」です。イスラエルの十二部族、12使徒、新しいエルサレム(神の国)の12の門などが有名です。

[ 13 ] は、最後の晩餐の人数は13人、12使徒の他の13人目キリストは、翌日十字架上で死にました。したがって西洋では、13日の金曜日は死を象徴する不吉な数です。


J.S.バッハは、ロ短調ミサ曲の楽譜の余白に、Bach (2+1+3+8)14 という落書きのようなものを書き込んでいます。バッハは、自分の名前が十字架の死のあとの復活の数(14)であることを喜んでいたらしいようです。


                             *


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カトリック教会の典礼音楽の中で《ミサ曲》があります。Kyrie「あわれみの賛歌」、Gioria 「栄光の賛歌」、Credo 「信仰宣言」、Sanctus 「感謝の賛歌」、Agnus Dei 「平和の賛歌」の5曲を、まとめてミサ曲と呼んでいますです。

西洋のほとんどの作曲家は、ミサ曲を書いています。世に「3大ミサ曲」と呼ばれるものがあります。
W.A.モーツアルトの《大ミサ曲》。バッハの《ロ短調ミサ曲》。ベートーベンの《ミサ・ソレムニス》がそれです。どれも長大なミサ曲で、典礼として使われることはありません。モーツアルトの曲は、例外的に没後400年を記念して使われたことがあります。


バッハは、《ロ短調ミサ曲》の〈キリエ〉(憐れみの賛歌)と〈グローリア〉(栄光の賛歌)の楽章で[ 3 ]にこだわっています。


〈キリエ〉は、「主よ憐れみたまえ!」と「キリスと憐れみたまえ!」という歌詞で、救い主である神に憐れみを求める楽章ですから、神を表わす3楽章がふさわしいのです。


〈グローリア〉は、三位一体の神を讃える楽章です。バッハは、3×9 の9楽章の曲で、父と子と聖霊の三位一体の神を讃える曲にしたのです。


神の最大の恵みは、人類を救うために救い主(キリスト)が世界に与えられたことでした。《ロ短調ミ曲》の〈クレド〉も9楽章です。バッハは、その第3楽章「マリから御体を受け、人となりたまえり」の部分を、7の7倍数の49小節にして、恵みに恵みを重ねるように「受肉の神秘」* を歌うように作曲しました。ここにも、あ象徴法へのこだわりを見ることができます。

*(受肉=神が人間の体を受け、人として現れること)


〈クレド〉の「十字架の救い」の第5楽章で、crutifixus (十字架に付けられ)をラメント・バス「嘆きの低音」(半音下降音型)を13回繰り返しています。十字架の死を強調するためです。14回目は、第6楽章で、キリストの復活・昇天・終末における再臨が輝かしく歌われます。(14は、復活の数)


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9楽章の〈クレド〉(信仰宣言)あとの〈サンクトゥス〉(感謝の賛歌)は、4楽章の曲となっています。おそらく人間が神の栄光を讃える楽曲は、4楽章がふさわしいと思ったのでしょう。


〈アニュス・デイ〉(平和の賛歌)は、2楽章です。その神性と人性をもった神の小羊(キリスト)に対して、人が、世の罪を取り除く救いを願い、憐れみと平安を求める楽章は、2楽章になったと考えられます。



 J.S.バッハは、数がもつ象徴性の深い意味を生かして《ロ短調ミサ曲》を作曲しました。三大ミサ曲に数えられるこの傑作は、バッハの生涯の音楽的経験の集大成として、また、自己の信仰を表明する作品として作られたものです。《ロ短調ミサ曲》の数象徴法によって、この作品は深遠な神の計らい「神の恵み」が、より鮮明にされた音楽になったということができます。



                             *



バッハの数象徴法への「こだわり」は、それによって神秘を啓示されたわたしたちを驚愕・賛嘆させるものです。そして、わたしたちは、数字がもっている象徴性をあらためて知る歓びを感じます。また、さらに数字のなかにひそむ大切な意味を発見できる人間であることにも、喜びを感じます。


                  Spes et Gaudium 「希望と喜び!」


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                      函館ハリストス正教会






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# by francesco1hen | 2017-07-19 16:32 | Comments(0)
2017年 07月 16日

数字に表われる深い意味 ー 数象徴法(2)

[ 神の恵みと神の国への憧れ ]

[ 7 ] も[ 3 ]と同じように「聖なる数」です。「7」は、3+4 によって生まれます。3神の恵みが4人間に与えられたことから、「7」は、「神の恵み」を表わす数です。神の最大の恵みは、人類を救うために救い主が与えられたことです。聖書には「神はその独り子をお与えになるほど、この世を愛された」(ヨハネによる福音書 3・16)と書かれています。


  詩編65 は、神の恵みをつぎのように歌っています。


     命あるすべてのもに、主は食物を恵まれる。

     あなたは地を訪れて喜ばせ、豊かな実りでおおわれる。
     大空に水を蓄え、地に水を注いで麦を与えられる。

     田畑に水を送り、土くれをならし、夕立で地を潤して作物を祝福される。
     あなたの恵みは豊作をもたらし、あなたの訪れるところに豊かさがあふれる。

     荒れ野の牧場も若草にもえ、丘一面に喜びがこだまする。 
     野山は羊の群れに満ち、谷は小麦におおわれ、人々は喜びにあふれて歌う。

     命あるすべてのものに、主は食物を恵まれる。


「7」は、「十字架上のキリストの七つの言葉」が有名です。この七つの言葉は、恵みの言葉です。
その一つに、ともに十字架に磔にされた盗賊に、「今日あなたは、わたしとともに楽園にいる」という恵みの言葉を与えました。(ルカによる福音書 23・46)

この他、聖霊の七つの賜物。神の恵みを与える七つの秘跡(洗礼・堅信・告白/聖体・結婚・品級・病者の塗油)もあります。なお、3+4の7は、「完全」を表わす数(完全数)ともいわれています。 



[ 8 ] は、キリストが復活後の8日目に弟子のトマスに現れたことから、キリストの復活の象徴の聖数です。また、洗礼の秘跡で、罪からの復活によって新しい命に生きることから、八角形の洗礼聖堂や洗礼盤が造られています。また、八角形の鐘塔や聖堂が見られます。

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                    ミラノにあるロマネスク建築の洗礼聖堂と美しい鐘塔です


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        神奈川県藤沢市にあるカトリック藤沢教会の八角形の大聖堂と内部の八角形の天井です


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                    八角形にはいろいろな意味があります。


円にかぎりなく近い八角形は、天の円と地の正方形の中間のかたちです。人は、完全なものである神に向かう人間の天国への憧れを八角形の鐘塔(古くは円塔や四角の塔、ゴシック時代の壮麗な塔を。)の形で遺しています。


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                  南フランスのサン・セルナンの美しい鐘塔です





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# by francesco1hen | 2017-07-16 18:00 | Comments(0)
2017年 07月 16日

数字に表われる深い意味 ー 数象徴法(1)

[ 西洋で生まれた数象徴法 ]

数は、自然現象のなかで規則的ないし法則的に存在するものとして、古代バビロニアやギリシア人の精神生活に大きな影響を与えてきました。ピタゴラスやその学派は、数こそ森羅万象の本質・根源である。たとえ宇宙の諸現象が変化しても、その数的秩序は不変であると考えていました。

古代キリスト教の教父や中世の神学者たちも、数の象徴性やその潜在的な意味を重視してきました。そして、教会の典礼や教会建築とその装飾に具体的に現れている意味を大事にしてきました。

今日では、数字の意味を明らかにする知識を「数象徴法」と呼んでいます。数字に隠されている意味をたずねてみましょう。


[ 1 ] は、数の始で「はじめ」の意味があります。また、数全体をまとめるので「すべて」「みな」という意味もあります。 これと同じように、アルファベットの最初の「A(アルファ)」も「始め」の意味をもっています。さらに、「1」と同じように「A」も全体を含んでいますから、アルファベットの最後の文字「Ω(オメガ)」は、「終り」と「完成」を意味しています。

「A」は、3本の線の結合によって出来ています。3にちなんで、「A」は、三位一体の神の象徴です。


[ 2 ] は、二つの文字「A Ω(A ϖ)」を特にあらわします。Aとϖが、世界の始と終りを知り、支配している栄光の王キリストを象徴するからです。また、「2」は、救い主キリストの神性と人性を象徴する数字です。さらに、「2」は、旧約聖書と新約聖書、精神と肉体、その他、二つの対立するものや両面性のあるものなどを象徴しています。


[ 3 ] は、最重要の「聖数」で、父と子と聖霊の三位一体の神の象徴です。

ミサが始まるとき司祭は、「キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、皆さんと共に」と挨拶の祈りをします。信徒は、「また、司祭とともに」と応えます。

信徒になる秘跡の洗礼は、「父と子と聖霊に交わりに入る(神の本性に与る・神の「いのち」に入る)ことです。

このほか、「3」は、多くのもの象徴として使われています。アブラハムを訪れた三人の天使、イエスの生誕を祝った東方の三博士と三つの贈り物(黄金、乳香、没薬)、信仰・希望・愛、大聖堂の三つの門など3が象徴するものは無数ありあます。

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父と子と聖霊 三位一体の神



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           アブラハムを訪れた三人の天使(三位一体の神の象徴とされる場合もあります)


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  この「3」については、次次回のブログ「バッハのロ短調ミサと数象徴法」で詳しく説明します。



[ 4 ] は、世界の四大要素(地・水・火・風)を始め無数のものの象徴です。中でも「4」は人間の象徴です。神に似せて造られた人間は、神についで大切な存在です。

正四角形は、大地をあらわします。その上方の天は、円形で表わされます。ギリシア正教や東方教会建築は、正方形の建物で上部は丸天井(ドーム)であるのが基本です。  下は基本的な図面です。


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代表的なハギア・ソフィア大聖堂の外面と内部です。現在はイスラム教のモスクで尖塔が加えられています。(イスタンブール)



[ 5 ] と[ 6 ] は、モーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)や神の天地創造の6日間などたくさんあります。

特に重要なものは、十字架上のキリストの五つの傷「聖痕」(スティグマ)です。アシジの聖フランチェスコも晩年には、キリストと同じような五つの傷「聖痕」を受けたことで有名です。

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                 ヴェラスケスの「十字架上のキリスト」(五つの傷)


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                 アシジの聖フランチェスコ「聖痕」を受ける






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     交差した三角形からできた六角形・六線星形。「ダビデの星」です。イスラエルのシンボルです。
               イスラム教のでは「ソロモンの印章」と呼んでいます。








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# by francesco1hen | 2017-07-16 16:19 | Comments(0)
2017年 07月 14日

漢数字 一 から 十 までの意外に深い意味 (2)

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五の数は、木を組んだ X に重たい大きな木の蓋を乗せた形です。口(さい)の中に入れた大切な祝詞を守る 吾 で、「守る」「防ぐ」の意味があります。

また、五行(木・火・土・金・水 = 五つの元素)、五倫(儒教で、人の常に守るべき五つの道。君臣の義、父子の親、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)、五経(易経、詩経、書経、春秋、礼記の五書)のように名数で概念をまとめるときに使われます。



六の数は、睦のつくりの 六を重ねた「りく」の音を借りて「六」ろくと呼びます。

六法(憲法・刑法・商法・民法・刑事訴訟法・民事訴訟法の六つの法律)、六朝(王朝の名)時代。
丈六(約四・八メートル、仏像の標準的な高さとされている)などがあります。



七の数は、なんと、切断した骨の形です。七に 刀を加えると「切」になります。
中国では、奇数が好まれ、三・五 とくに「七」は、聖数として大切にされています。

珍しいものとして「七竅」(しちきょう)人間の顔にある七つの穴のこと。 七夕(しちせき)。



八の数は、左右に分かれた形。八 は、半 つまり 牛 を半分に分けた犠牲の形で、「わかつ」「分ける」の意味があります。用例として、八珍(たくさんの美味しいもの)、八重、八方尾根。四方八方もよく使いますね。

       さて、法隆寺の夢殿には、どのような意味が込められているのでしょうか。


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九の数は、身を折り曲げてる 龍 の形です。しかも聖数です。三の三乗だからでしょうか?

九歌九章。 九死一生。 九重親方。 いずれにしても良い字です。



十の数は、数を数えるときに使う算木の横一本と、縦一本を組あわあせて、十 とします。金文では、縦
| の中央に肥点(・)を加えて、のち 十 の字形となりました。 十文字。

ひと十人。 詩十篇。 いえ十家を一組にしたものを「什」。五家を一組にしたものを「伍」と言います。「十」は、「十全」完全であること、万全。「十分」物事や気分が満ち足りて、不足のないこと。充分。善い意味で使われます。



                            *



一 は、結ぶと 円 になります。円は、「天」をあらわします。また、切れ目の無い「円」は、永遠の輪であり、円は、「完全」や「永遠」を表わします。 「一」と「十」は、このように深い意味をもっています。



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                            *



        つぎのテーマは、「 数字に表われる深い意味 ー 数象徴法 」です。










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# by francesco1hen | 2017-07-14 16:42 | Comments(0)
2017年 07月 13日

漢数字 一 から 十 までの意外に深い意味 (1)

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漢数字の  一 は、「はじめ」であり、数の全体をまとめるので「すべて」「みな」の意味をもっています。 したがって、「全一」という言葉のように、まとまりのある完全なものという意味をもっています。また最上のものとして「唯一」が使われます。さらに、全体・全部を表わす「一同」「一身」などがあります。


二の数は、「ふたつ」から、「ふたたび」「ならぶ」の意味があります。


三の数は、参で示されるように、三本の簪(かんざし)を中央に集めて頭髪に指している形の字と同じで、「参集」の意味があります。 一は天の数、二は地の数、三において天地人の道が備わるとされます。三は、天地人の数として「聖数」とされています。
同類の優れたものを、三・五・七などの数を付けてまとめて呼ぶ言い方があります(名数)。 三光は、日月星を。 平安時代の三筆は、嵯峨天皇・橘逸勢(はやなり)・空海をいいます。 利休七哲。竹林七賢人など。


四の数は、「よつ」。四は、口を開いて笑う形です。 四季・四時のほかに、四方、四散、四面など、「まわり」を表わします。 「四方八方」はよく使われます。


五の数は、 木で組んだ X に、二枚の蓋をする形です。二重の大きな木の蓋をした形。すなわち 吾。この字は 口(さい)の中に入っている大切な祝詞を 五 で守ることから「まもる」「ふせぐ」の意味があります。 
また、五行(ごぎょう)(木・火・土・金・水 = 五つの元素)や 五倫(儒教の倫理・人のよるべき道 君臣の義、父子の親、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)、五経(ごきょう)(易経・詩経・書経・春秋・礼記の五書)のように名数で概念をまとめるときに使います。


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# by francesco1hen | 2017-07-13 22:53 | Comments(0)
2017年 04月 03日

宇治  平等院 鳳凰堂

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                「平等院 鳳凰堂」

10世紀以来、摂政・関白 藤原道長の跡を継いで、子頼通が1052(永承七)年、宇治の別荘を寺としたのが平等院です。

その阿弥陀堂である鳳凰堂は、翌1053(天喜元)年に落成しました。その中堂と二階建ての翼楼とは、鳳凰が翼を広げた姿をかたどったものと言われています。また、極楽浄土の宮殿をモデルにしたとも。

鳳凰堂は、東向きに建てられています。午前中は明るいのですが、午後はこのように逆光になります。(失笑)? (*_*)/

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     「鳳凰堂中堂」

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     鳳凰堂中堂の裏側から屋根の上の鳳凰を見る


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      正面から見た右の翼楼

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裏側から見た翼楼と反り橋


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鳳凰堂中堂の堂内には、平安時代を代表する仏師定朝作の「本尊阿弥陀如来座像」をはじめ、雲中供養菩薩52躯、9通りの来迎「九品来迎」を表わした壁扉画など、平安浄土美術の頂点が集約されています(国風文化)。                    
                                      
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本尊 阿弥陀如来座像 と その二重天蓋の素晴らしさ! そして頭部                                              
「阿弥陀如来座像」の周囲の壁の「雲中供養菩薩」が、雲中で雲に乗り、さまざまな楽器を奏で舞うすがた。供物を持ったり、合掌したりする様など、伸び伸びと繊細に彫り上げています。                             


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       「阿弥陀如来座像」と「雲中供養菩薩」52躯


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平等院の庭園は、浄土式の借景庭園で鳳凰堂主返の州浜や平橋・反り橋などが整えられています。

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平等院鳳凰堂のフォト撮影は、午前中がよいと思います。経験から学びました。                
                         (~_^)//。





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# by francesco1hen | 2017-04-03 16:11 | Comments(0)
2017年 04月 02日

京都宇治 黄檗山万福寺

黄檗山万福寺の「総門」(内側から)

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    「総門」を入ると・・・・・


禅宗の臨済宗は、天台の僧栄西(1141-1215)によって、曹洞宗は、栄西の弟子に学んだ道元(1200-53)によって開かれました(鎌倉仏教)。ともに修行の場は、都会と山中に分れていましたが、宗教的にも文化的にも大きな影響を与えてきました(禅宗文化)。

江戸時代1652年、中国の福建省から渡来した明僧隠元が禅宗の一派である黄檗宗を伝えました。宇治の万福寺は、1661年に開創された寺院で黄檗宗の大本山です。
長崎の崇福寺も、禅寺として中国の様式で造られています。

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    「三門」の豪壮なすがたに驚きます

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      「放生池」から見た「三門」


万福寺の伽藍配置は、中国の明朝様式を取り入れ、百済式と同じように主要建造物が直線上に配置されています。伽藍建築群は、二十三棟、回廊、額、聯などが国の重要文化財に指定されています。

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「天王殿」は、玄関のようなものとされています。立派な「額」が掲げられています。天王殿には、七福神の布袋尊が巨大な体躯で人々を迎えます。
布袋尊は、弥勒菩薩の化身であると言われています。

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                       *


「大雄宝殿」(だいおうほうでん)は、万福寺の本堂であり、最大の伽藍。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物です。

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    「大雄宝殿」の正面から「天王殿」の裏側を見る


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   大雄宝殿の「額」万徳尊


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本尊は、「釈迦牟尼佛」。両脇侍は、「迦葉と阿難」の二尊者。
両単には、「十八羅漢像」が並んでいます。


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   「法堂」僧たちの修行の場。  
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    法堂の「勾欄」(こうらん)と「巡照板」(じゅんしょうばん)

黄檗山の一日は、朝の巡照板によって始まります。夜の巡照板によって終わります。
ここで修行する雲水(修行僧)が精進を誓い、自覚を促すために巡照板を打ち鳴らし
て各寮舎を廻ります。

法堂正面の勾欄は、卍 および、卍崩しの文様になっています。


「巡照板」は、禅堂、西方丈など五箇所に設けられています。
開創以来の三百年余年、朝四時と夜の九時に木槌で三打して朗々と唱え、起床と開枕(消燈)を告げ、順次打ち鳴らします。その時となえるのはつぎの言葉です。


      謹白大衆(きんべだーちょん)謹んで大衆(修行僧)に申しあげる。
      生死事大(せんすすーだ)  生死は、事大にして、
      無常迅速(うーじゃんしんそ)無常は迅速なり。
      各宜醒覚(こーぎしんきょ) 各々、醒覚して、
      慎忽放逸(しんうふぁんい) 無為に、時を過ごさぬように。

仏道修行僧の心を、戒めています。





             「 一 喝 起 風 雲 」      隠元禅師書



                         *


            
     黄檗山万福寺にちなんで 「宜有千萬」(よろしく千萬あるべし)



                   *



禅宗に興味・関心をお持ちの方は、2012年6月14日のブログ

「曹洞宗大泉禅寺 ー 禅について ー 」 を検索してください。




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# by francesco1hen | 2017-04-02 17:16 | Comments(0)
2017年 03月 31日

「美山かやぶきの里」 日本の原風景

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京都府南丹市美山町北に 「茅葺きの里」 があります。

伝統的建造物群保存地区に指定されています。訪れるたびに癒される日本の原風景
「美山かやぶきの里」といわれ親しまれています。全国各地から人々が訪れ、外国人観光客にも人気があるようです。

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  「茅葺きの里」には、保存物としてつぎのようなものがあります。

[ 建築物 六十八棟 ] 茅葺主屋 二十九棟  その他、トタン屋根か藁葺き
                        茅葺き以外の小屋  寺社

[ 工作物 七棟 ]  露地門  塀  宝印塔 

[ 環境物件 四十五件 ]  石垣  寺社境内  地蔵  栃ノ木


この保存地区内の民家の約四割は、江戸時代に建築されたものです。
そして、伝統的な建築様式は、入母屋造です。棟はほぼ東西に揃えられています。
棟飾りの「千木」(ちぎ)や「雪割り」「破風」の意匠にも特徴があります。



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   茅葺き屋根の原材料となる「かや」



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   もっとも新しく葺かれた「茅葺主屋」の佇まいです。


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  茅葺き屋根の正面破風の入母屋造り。  屋根は苔むして貫禄がありますね。


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茅葺き屋根の上の棟飾りの「雪割り」は、「烏どまり」とも言われています。

棟飾りの七つある「千木」(ちぎ)の別の名は、「馬乗り」ともいわれます。

千木の数は、五つが一般的で、七つある家は、もと庄屋であったそうです。




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   集落の道の一例です。黒い小屋は「鉄砲銃」といって各戸にあり、防火の
   ためのものです。春秋の「一斉放水」は、壮観です。


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 「美山かやぶきの里」で、いちばん美しい茅葺き屋根の家でした!(^_~)//。


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    石垣の下を流れる水路の端で咲く「ふきのとう」の花。


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    かやぶきの里の前を流れる「美山川」清流で鮎が多いのが有名です。




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# by francesco1hen | 2017-03-31 12:51 | Comments(0)
2016年 12月 12日

京都衣笠「等持院」と茶室「清蓮亭」

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方丈(Main Hall 本堂)の前庭が広大にひろがっています。この庭から何を想うのでしょうか。


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端のこの石組みは、存在感があって素晴らしい深い心象を与えています。



                      *




方丈の北庭がまた見事です。その景色は幽邃な趣があります。 遠くに茶室清蓮亭が望見されます。 手前の青く光る池は「心字池」です。

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おびただしい石組みの景色は、禅寺ならではの美しさを見せています。禅の美でしょうか。




 
 茶室「清蓮亭」の風雅・簡素な建築

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方丈北背の小高い所に茶室清蓮亭が落ち着いた姿で建っています。村田珠光や相阿弥らと茶道を興じた8代将軍義政の好みと伝えられる清蓮亭は、上段一畳に座して望む芙蓉池苑の眺めが格別です。 ところで、茶室内部に目を凝らしてみましょう。簡素な数寄屋造りです。


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                *      *      *





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暦応四年(1341)足利尊氏が天竜寺の夢窓国師を開山に招き、衣笠山の南麓に創建したのが等持院です。この寺には、尊氏の墓所があり、寺内の霊光殿には、足利歴代の将軍像(木造着色)が両側に並べてあります(5代義量と14代義栄の像を除く)。しかし、徳川家康象が祀られているのは意外でした。等持院には、足利15代、230余年の歴史を語る貴重な文化財が充分に保存されています。


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# by francesco1hen | 2016-12-12 23:48 | Comments(0)
2016年 12月 11日

妙心寺 退蔵院 

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初冬の12月7日に、国宝や史跡名勝で有名な妙心寺「退蔵院」を訪れました。


[ 飄鮎図 ]

国宝の「飄鮎図」は、方丈(本堂)で見ることができます。これは禅の公案ー小さな瓢箪で大きななまずをいかに捕らえるか、ということを問う絵です。絵の上には、京都五山の高僧31人の賛(解答)が書かれています。とても読めませんが、読んでみたら面白いと思います。


[ 狩野元信の庭 ]

方丈の縁先からは、室町時代の画家 狩野元信の作庭による枯山水庭園を見ることができます

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史跡名勝 狩野元信の庭は、白砂と石組みで表現された禅庭の観念的な世界を示しています。
枯山水の背景には常緑樹をおもに植えて、一年中変らぬ「不変の美」を求めたものと考えられています。「無常」に対して「不変」を求めたのでしょうか?

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元信の庭を見てから方丈を後にすると、昭和の名庭といわれる「余香苑」に歩を移します。
京都の寺にこんなに大きな庭があるかと思えるような広さです。


[ 余香苑 ]

余香苑の門を入ると大きな枝垂れ桜が、人びとを迎えてくれます。初冬のこの時は、花の無いしだれ枝がわれわれに触れて歓迎してくれました。

両側には、「陰陽の庭」がありました。敷き砂の色が異なる二つの庭は、物事や人の心の二面性を伝えています。陰の庭には8つ、陽の庭には7つの石が配されています。どのような意味があるのでしょうか?

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陰陽の庭からすこし進むと、風雅な明るい東屋がありました。


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紅葉がまだ少し残っているようです。

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昭和の名庭「余香苑」のメイン風景です。


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                     「余情残心」






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# by francesco1hen | 2016-12-11 18:26 | Comments(0)
2016年 10月 23日

[ 秋薔薇 ] 大船フラワーセンター(2)


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          「秋のバラも美しいですね!」(^_^) //。。。








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# by francesco1hen | 2016-10-23 17:44 | Comments(0)
2016年 10月 23日

[ 秋薔薇 ] 大船フラワーセンターバラ園(1)

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# by francesco1hen | 2016-10-23 17:34 | Comments(0)
2016年 10月 17日

満勢さんの随筆『雑草』より (3)「花の色」

            「花の色」


 去年の春、表の溝の縁に矢車草の芽ばえを見つけたので、庭の花壇に植えてやったら薄いピンクの可愛い花が沢山さいた。毎年種子をまこうと思っていては忘れる矢車草が思いがけなく咲いて私は大変うれしかった。種子がこぼれて今年はその側に四本芽が出ていたので、並べて植え替えてやったらすくすくと伸びて蕾をつけた。一番始めに咲いたのは濃いピンク。その次が去年と同じ薄いピンク、その次が紫紺、終りに咲いたのは白だった。これで空色があったらと欲ばった考えを出したが、どうして一本の草の種子からこんなに違った色が咲いたのか不思議でならない。もっとも人間の子でも同じ両親から生まれながら色々の性格を持っているのだから、それと同じかも知れない。そして、そこに人間の知恵では計り知れることの出来ないものがあると感じた。

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                   *




 木村太郎先生は、わたしの高校生のときから親しく接して頂いた心の支えであり、友でした。クリスマスの頃、太郎先生の聖書朗読を聴いてたいへん感銘を受けました。後年わたしが聖書朗読をするようになった時には、そのことを意識して朗読に励んだのでした。また、先生は水墨画や淡彩画に秀でておられたので、画家を志していたわたしは先生に私淑していました。先生の人柄に惹かれていたことをしばしば思い出します。懐かしい忘れがたいお方です。

 可愛いおばあ様の満勢 奥様からは、彼女の心がよく伝わってくる随筆『雑草』をあるとき頂きました。読み応えのある、また微笑みがただよってくる文に惹かれて、
20編のうちから3編を紹介させて頂きました。




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# by francesco1hen | 2016-10-17 11:28 | Comments(0)
2016年 10月 16日

満勢さんの随筆『雑草』より (2) 「お箸のこと」

              「お箸のこと」


 ご飯を食べる箸、もの心ついたときから私は象牙の箸で食べていた。家族皆それぞれ男女大小があったが、家で食べる箸といえば象牙だと思っていた。嫁ぐ時にやはり夫婦用に象牙の箸を持たせてくれて何十年も使っていたが、先が黒ずみ、割れてきたのでお払いばこにした。もう象牙の箸など買えるような生活ではないので、スーパーで木の箸を買って夫も九十で亡くなるまでそれですませていた。あんがい軽くてよいものだ。
 おそば、素麺などを食べる時には杉箸に限る。つまり割箸、角があるから挟みやすいのだ。他所の家で素麺に塗箸が出て困ったことがあった。箸にも棒にもかからぬという事。
 この頃テレビでよく食べ歩くのを放映されるが、美しいタレントが変な箸の持ち方をして、きまって「う、ま、い」とか「おいしい」なんて言っているのを見て、「先ず箸の持ち方をお習いなさい、それから味を云々と言ったら」と思って見ている。テレビは全国の人が見ているのだから注意した方がよいと思う。

                                   
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# by francesco1hen | 2016-10-16 14:58 | Comments(0)
2016年 10月 15日

満勢さんの随筆『雑草』より (1)「おもてなし」

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             老いわれにルージュのみやげ雛の客



木村満勢(ませ)さんは、可愛いおばあ様です。フランス文学者 木村太郎氏の奥さまです。少女時代と娘時代を東京下町の裕福な家庭で過ごされたようです。晩年には三冊の随筆を上梓されました。細やかできめ細かい文体の素晴らしい随筆なので3編ほど紹介したいと思います。日本画もよく描かれました。三味線も。



           「おもてなし」


 人さまが訪ねて下さった時、冬は暖かく、夏は凉しげにと心がけること。何はなくとも冬は熱いお茶を出す。夏は先ず汗をかいていらっしゃるから、熱湯でしぼったおしぼりを出し、冷たいお茶をお出しする。ジュース等は甘くて後口が悪いから嫌な方もあるので。冷やしたお菓子にはやはりお茶のほうがよいと思われる。それを出されたお客のほうは、冷たい物は冷たいうちに頂くのが礼儀だ。せかく熱湯で絞った手拭いも温くなってから手を出し、食べないのかと思ったら冷やしたお菓子も生温かくなってから食べられたのでは折角のこちらの厚意が無になってしまいがっかり。遠慮も程々にした方がよいと思われる。
 おしぼりも冷蔵庫に入れておく方が世話がないが、冷たいので拭いた後はかえって暑く思われるようで、逆に熱いおしぼりの後は涼しく感じると私は思う。この頃は冷房車でみえる方は暑そうでないからそこのところは適当に。


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            満勢さんは日本画もよく描かれました。「青ぶどう」






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# by francesco1hen | 2016-10-15 12:56 | Comments(0)
2016年 10月 13日

蓼科湖の風景 3

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奥のほうに 蓼科山 がみえます。山は男性的です。コスモスは乙女の美しさ。

男体山(なんたいざん)があれば、女体山(にょたいざん)もあるはずです。
何処にあるのでしょうかは知りませんが・・・・・。  



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# by francesco1hen | 2016-10-13 11:57 | Comments(0)
2016年 10月 12日

蓼科湖の風景 2

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ひょうきんな淑女と紳士のスワンボートが、「おもてなし」をしてくれます。

なんとも面白い感じですね (^_~) //・・・。



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# by francesco1hen | 2016-10-12 11:23 | Comments(0)
2016年 10月 11日

蓼科湖の風景 1

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美しき蓼科湖   「止水明鏡」とはこのようなことを言うのでしょうか。

         「ああ、うつくしき・・・。」ともらしたくなる風景です。


好きなことば   「余情残心」。

         一条兼良の『花鳥余情』という源氏物語注釈書もありますね。



                         *

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# by francesco1hen | 2016-10-11 17:00 | Comments(0)
2016年 10月 10日

超凡なる彫刻家 桑山賀行の木彫作品(12)

「たそがれて・・・」 2003 の作品について、「祭りのあとの一抹の寂しさ」をと解説していますが、演者(人形遣い)のすがたには威厳があり、人形遣いによって命を与えられた人形は、凛(りん)とした美しさを見せています。


  「神の手」の中で輝いて生きる人間のすがたを表わしているようです。


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# by francesco1hen | 2016-10-10 11:44 | Comments(0)
2016年 10月 08日

無比の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(11)

「 たそがれて・・・ 」 2003   

「祭りの後の一抹の寂しさを文楽人形により表現」したと作者はいうが・・・


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 この木彫作品は、2004年総理官邸で半年間設置されていた栄誉ある作品です。



                  *







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# by francesco1hen | 2016-10-08 09:45 | Comments(0)
2016年 10月 07日

抜群の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(10)

「過去の街」 2014    

「カッパドキアのような風景の中にとけ込んだ街をイメージして制作」されたものですが、永遠不変の世界への入口のようです。


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「遠き夢跡」 1993   遠い歴史を想い、この先の未来への道を歩む小女。


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「窓」 1999

「窓にはそれぞれの時がある」この深い意味は、考えてみる価値があります。


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   ここに現れてきた小女は、永遠不滅なもの(真理)を求めているようです。




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# by francesco1hen | 2016-10-07 11:39 | Comments(0)
2016年 10月 06日

奇才非凡の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(9)

「 秋さりて 」 1990

「折れて捨て去られた案山子によって過ぎた時間を表現」する作家は、過ぎ去る時の移ろいに「無常なるもの」を見ていたのでしょう。

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「万物流転」「生々流転」してこの世のもは変化し、消滅してゆきます(無常)。

しかし、与えられた「 魂 」 は、「 常 」すなわち、不変不滅・永遠です。




                 *





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# by francesco1hen | 2016-10-06 10:29 | Comments(0)
2016年 10月 05日

比類のない彫刻家 桑山賀行の木彫作品(8)

「 独 」 1989

「収穫が終り、田んぼに役目を終えて忘れ去られたカカシによって過ぎた秋を表現」した作品。彫刻家は、言外のことも考えていたに違いないと思います。


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「独りむまれ(生まれ)て、独り死す」という言葉があります。

さらに、「 独生・独死・独去・独来 」の語もあります。


そして、「つながぬ月日過ぎ行けば、死の期(ご)きたるは程もなし。」
(月日はつなぎとめられず、あっという間に過ぎ去るから、死期が迫るのもまじかである) このことばも大事なことです。


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    一度 無常の風ふけば 花のすがたも散りはてぬ







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# by francesco1hen | 2016-10-05 16:56 | Comments(0)
2016年 10月 04日

希有の鬼才彫刻家 桑山賀行の木彫作品(7)

「道のり」 1996

「20代のヨーロッパ一人旅の不安な気持ちと遺跡の印象を表現」したと作者はいいます。

不安におそわれたとき、人は出口を求めます。そこには「希望と喜び」があるからです。




                    *



「窓」 2001

「窓の外の風景はこのようなものかと思いを巡らして・・・ 」


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   明るい窓や出口は、未来や 来世の「変らないもの・永遠」を象徴しているようです。







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# by francesco1hen | 2016-10-04 10:33 | Comments(0)
2016年 10月 03日

奇才の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(6)

「遠き夢跡」 1993

「若いころ見た遺跡の素晴らしさに遠い歴史を思い制作」した作者は、常に過ぎ去った時の流れを意識しているようです。


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   時の道をあるいてきた小女は、そのことを無言のうちに語っています。







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# by francesco1hen | 2016-10-03 11:24 | Comments(0)
2016年 10月 02日

卓抜な彫刻家 桑山賀行の木彫作品(5)

「窓」1999

「それぞれの窓にはそれぞれの時がある」と作者は考えています。

ここには「時」の深い意味があります。過ぎゆく時の意味です。無常なこの世で、「常なるもの」を求めていく人にとっての深い意味です。


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          森からの道を歩いている小女は、何かを考えています。









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# by francesco1hen | 2016-10-02 17:19 | Comments(0)
2016年 10月 02日

異彩を放つ彫刻家 桑山賀行の木彫作品(4)

「風景 ー 海 ー」 1992

「工学的に造り出された船の底部の曲線の美しさと、朽ちていくわびしさと」と作者は朽ち滅びていくもののうちに《無常という事》を感じているのでしょうか。


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                    *



「夏の朝に」(セミの抜け殻)

「人の抜け殻のGパンとセミの抜け殻によって、はかなさを表現」した作品です。


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「 遠き日 」 2000

「抜け殻からでたせミは、どこに行ったのだろうか・・・・」


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セミは地中にいる時間は長いけれど、地上ではその命は短い。空蝉(うつせみ)は「はかない」という言葉の意味がしめすように、人間の命のはかなさを表わしています。

彫刻家はこの作品で、この世界は変化はげしく過ぎ去る、つまり「無常であること」を示しているようです。




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# by francesco1hen | 2016-10-02 11:31 | Comments(0)
2016年 10月 01日

不世出の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(3)

「 演者 V 」(神の手) 2011

「文楽を見ている人形遣いの姿が消える。人形に命を与える手は神の手であろうか・・・ 」

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                     *



「演者 VI 」(神の手)

「文楽人形が人形遣いの手によって生命を与えられたように動き出す時、それが神の手のように思われる。人形に生命を与える瞬間を思い描いて制作」したと作者はいう。

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      神のなせる業とは、このようなもでしょうか ?




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# by francesco1hen | 2016-10-01 11:21 | Comments(0)
2016年 09月 30日

鬼才の彫刻家 桑山賀行の木彫作品(2)

文楽の「演者」(人形遣い)2007 内閣総理大臣賞(日展)

「開演直前の緊張の一瞬、はりつめた空気のなかで精神統一する演者」の姿。

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  演者(人形遣い)の存在感にみちたすがたには、何かを考えさせられます。
  人形に命を与える存在です。さらには、・・・・・ 。




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# by francesco1hen | 2016-09-30 10:26 | Comments(0)