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2014年 01月 13日

「羊」という字は面白い、その意味の広がり 3

 「善い羊飼いイエス」

へンデルの《メサイア》第一部 旧約の預言とメシアの降誕・良い羊飼いイエス の第20曲[良き羊飼いイエス]で、イエスはつぎのような歌詞で歌われます。まず、アルト、または、ソプラノのアリアは、
イザヤ預言書のことばで「主は羊飼いとして群れを養い、腕をもって集め、小羊をふところに抱き、その母親を導いて行かれる」と、つづいてマタイによる福音書の「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも彼のもとに来なさい。休むことができるであろう。彼は謙遜で柔和な方だから、彼の軛を負い、彼に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」という言葉で歌います。
この後、合唱は、「彼の軛は負いやすく、彼の荷は軽いからである」と歌います。


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ギリシア・ローマの古代から、人が仔牛小羊を肩に担ぐならわしがありました。写真はB.C.6世紀のアルカイック彫刻のもので、アテネのアクロポリス美術館にあります。


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この写真は、ローマで見られる3・4世紀の古写本や石棺の浮き彫りをスケッチしたもので、杖にもたれ休んでいる羊飼いのローマ絵画を借用して、良い羊飼いイエスを表わしています。


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良い羊飼いイエスを表わす3世紀末のローマ風彫刻(ローマ・ナショナル美術館)


このように初代キリスト教は、イエスのイメージを良い羊飼いイエスのすがたで表わしていました。
いろいろな表現はありましたが、良い羊飼いイエスが主流でした。この表現は聖書の記述にもとづいています。   ヨハネ福音書10章11・14節には、つぎのようにでてきます。

「わたしは善い羊飼いである。善い羊飼いは羊のために命を捨てる。・・・・・ 
わたしは善い羊飼いであり、自分の羊を知っている。わたしの羊もまたわたしを知っている」。


4世紀の初めにキリスト教が、コンスタンティヌス皇帝によって公認されてから、迫害は中止されてキリスト教の聖堂が地上に建てられるようになると、キリスト像もかわってきました。良い羊飼いから皇帝より偉大な存在としてのキリストが表現されるようになりました。

それは、パントクラトール(万物の支配者・全能の神キリスト)という表現です。善い羊飼いであるキリストであっても、皇帝の黄金の衣服を着ている羊飼いです。つぎの写真の善い羊飼いは天国で憩っている信徒(羊たち)を見守っています。明らかにパントクラトールの影響がみられます。


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善い羊飼いイエス (モザイク) 5世紀初 ラヴェンナのガルラ・プラティディア廟


「迷える羊」や「見失った羊」を記しているマタイやルカの福音書の箇所も有名です。

「ある人が百頭の羊を飼っていて、そのうちの一頭が迷いでたとすれば、その人は九十九頭の羊を山に残して、迷った一頭の羊を捜しにいかないであろうか。そして、もし見つけたなら、その人は迷わなかった九十九頭の羊よりも、その一頭を喜ぶであろう。このようにこれらの小さな者が一人でも滅びることは、天におられるあなたがたの父のみ旨ではない」。(18 , 12-14)

ルカによる福音書では、「それを見つけだすと、喜んで自分の肩にのせて、家に帰り、近所の人々を呼び集めて、”いっしょに喜んでください。見失ったわたしの羊がみつかりましたから”と言うであろう。天においてはもっと大きな喜びがあるであろう」と記されています。(15 , 5-7)

マタイによる福音書の「最後の審判」について書かれた箇所(25 , 31 - 46)には、「人の子(キリスト)は、牧者が羊と山羊を分けるように、彼らを二つに分け、羊を右に、山羊を左に置く。・・・・・」この場面を描いたのがつぎのモザイク壁画です。


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山羊と羊を分けるキリスト 6世紀 ラヴェンナのサン・ヴィターレ大聖堂



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パントクラトール    11世紀末 ギリシア  ダフネ修道院

















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パントクラトール(救い主キリスト) 14世紀  アトス山のキランダリウー修道院

































  * 聖書では、「良い羊飼い」と「善い羊飼い」という二つの訳語があります。
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by francesco1hen | 2014-01-13 13:21 | Comments(0)


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