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2017年 04月 02日

京都宇治 黄檗山万福寺

黄檗山万福寺の「総門」(内側から)

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    「総門」を入ると・・・・・


禅宗の臨済宗は、天台の僧栄西(1141-1215)によって、曹洞宗は、栄西の弟子に学んだ道元(1200-53)によって開かれました(鎌倉仏教)。ともに修行の場は、都会と山中に分れていましたが、宗教的にも文化的にも大きな影響を与えてきました(禅宗文化)。

江戸時代1652年、中国の福建省から渡来した明僧隠元が禅宗の一派である黄檗宗を伝えました。宇治の万福寺は、1661年に開創された寺院で黄檗宗の大本山です。
長崎の崇福寺も、禅寺として中国の様式で造られています。

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    「三門」の豪壮なすがたに驚きます

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      「放生池」から見た「三門」


万福寺の伽藍配置は、中国の明朝様式を取り入れ、百済式と同じように主要建造物が直線上に配置されています。伽藍建築群は、二十三棟、回廊、額、聯などが国の重要文化財に指定されています。

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「天王殿」は、玄関のようなものとされています。立派な「額」が掲げられています。天王殿には、七福神の布袋尊が巨大な体躯で人々を迎えます。
布袋尊は、弥勒菩薩の化身であると言われています。

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「大雄宝殿」(だいおうほうでん)は、万福寺の本堂であり、最大の伽藍。日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物です。

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    「大雄宝殿」の正面から「天王殿」の裏側を見る


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   大雄宝殿の「額」万徳尊


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本尊は、「釈迦牟尼佛」。両脇侍は、「迦葉と阿難」の二尊者。
両単には、「十八羅漢像」が並んでいます。


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   「法堂」僧たちの修行の場。  
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    法堂の「勾欄」(こうらん)と「巡照板」(じゅんしょうばん)

黄檗山の一日は、朝の巡照板によって始まります。夜の巡照板によって終わります。
ここで修行する雲水(修行僧)が精進を誓い、自覚を促すために巡照板を打ち鳴らし
て各寮舎を廻ります。

法堂正面の勾欄は、卍 および、卍崩しの文様になっています。


「巡照板」は、禅堂、西方丈など五箇所に設けられています。
開創以来の三百年余年、朝四時と夜の九時に木槌で三打して朗々と唱え、起床と開枕(消燈)を告げ、順次打ち鳴らします。その時となえるのはつぎの言葉です。


      謹白大衆(きんべだーちょん)謹んで大衆(修行僧)に申しあげる。
      生死事大(せんすすーだ)  生死は、事大にして、
      無常迅速(うーじゃんしんそ)無常は迅速なり。
      各宜醒覚(こーぎしんきょ) 各々、醒覚して、
      慎忽放逸(しんうふぁんい) 無為に、時を過ごさぬように。

仏道修行僧の心を、戒めています。





             「 一 喝 起 風 雲 」      隠元禅師書



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     黄檗山万福寺にちなんで 「宜有千萬」(よろしく千萬あるべし)



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禅宗に興味・関心をお持ちの方は、2012年6月14日のブログ

「曹洞宗大泉禅寺 ー 禅について ー 」 を検索してください。




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by francesco1hen | 2017-04-02 17:16 | Comments(0)


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