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家田足穂のエキサイト・ブログ

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2017年 08月 08日

 意外なことば 「敵を愛しなさい」  聖書の言葉シリーズ(5)


    「敵を愛しなさい」!?     


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          V. v. ゴッホ  〈善いサマリア人〉


「敵を愛しなさい」と言われれば、だれでも「そんなこと出来るはずがない」と即座に答えるでしょう。
遠慮がちな人でも「それはちょっと・・・」と、迷惑そうな顔をします。常識的にいって意外な言葉「敵を愛しなさい」が、受け入れ難いのは当然のことです。

ところが新約聖書には、つぎのように書かれています。

「しかし、わたしはあなた方に言う。敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい。
それは、あなたがたが天におられる父の子であることを示すためである。
天の父は、悪人の上にも善人の上にも太陽を上らせ、また、正しい者の上にも正しくない者の上にも雨を降らせてくださるからである。 ・・・・・ 

 だから、天の父が完全であるように、あなた方も完全な者になりなさい」。
                            (マタイによる福音書 5章43−48節)

同じような言葉が、ルカによる福音書の6章27−36節に出てきます。最後の部分は、つぎのようになっています。

 「・・・・・ あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」。



                         *



これに関連する「善きサマリア人のたとえ話」が、ルカによる福音書の10章25−37節に出てきます。

イエスは話しました。「ある人がエルサレムからエリコに下がっていく途中、強盗に襲われた。彼らはその人の着物をはぎ取り、打ちのめし、半殺しにしたまま行ってしまった。すると一人の祭司がたまたまその道を下ってきたが、その人を見て、道の向こう側を通っていった。また、同じく、一人のレビ人が、そこを通りかかったが、その人を見ると、レビ人も道の向こう側を通っていった。

ところが、旅をしていたあるサマリア人が、その人のそばまで来て、その人を哀れに思い近寄って、傷口に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をしてやった。それから自分のろばに乗せて宿屋に連れて行き、介抱した。その翌日、サマリア人はデナリ銀貨二枚を取り出して、宿屋の主人に渡し『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰ってきたときに支払います』と言った。

さて、あなたはこの三人のうち、だれが、強盗に襲われた人に対して、隣人としてふるまったと思うか」。律法学者が「哀れみをほどこした人です」と言うと、イエスは、「では、あなたも行って、同じようにしなさい」と言いました。


三人のうち、祭司とレビ人は同胞のユダヤ人です。サマリア人は、ユダヤ人から罪びととして軽蔑され、敵対視されていました。にもかかわらず旅をしていたサマリア人は、半殺しにされていたユダヤ人の旅人を哀れに思い、丁寧に介抱しました。敵であるようなユダヤ人であっても、苦しんで助けを必要としている人を見て助けずにはおられなかったのです。


天の父が完全であるように、また憐れみ深いように、あなたがたもそのような者になりなさい、というイエスのおしえは、悪人でも正しい人でも、すべての人は、神の国に招かれている大事な存在。生かされている一人ひとりは、神から愛されている尊い存在であるから大切にしなければならない、ことを教えています。


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ゴッホは30歳のころハーグの町でクリスチティーヌという名の娼婦を拾って同棲しています。ゴッホは弟のテオに書き送っています。「クリスティーナは、惨めな生活に荒れ果て、色あせ、顔も体も骨張って、女の甘い香やふくよかさはとうに消え失せていた。男にだまされて生んだ5才の女の児を抱え、父親の知れない赤ん坊をお腹に宿していた。僕はこの冬、男に捨てられた彼女をモデルに雇い、ひと冬の間一緒に働いた。おかげで、僕は彼女と娘を飢えと寒さから救い出した」と。

ゴッホは、困窮に打ちひしがれていた惨めな娼婦クリスティーヌを見る見かねて、同情して生活をともにして救ったのです。こういうゴッホが描いたのが、このゴッホの〈善いサマリア人〉の名画です。



                        *  *  *



      憐れみの心からの「共感同苦」   相手の隣人となって、その人を助ける「隣人愛」



                           *






by francesco1hen | 2017-08-08 16:27


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