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2017年 12月 09日

アシジの聖フランチェスコの《 兄弟太陽の賛歌 》 ( Cantico di frate Sole )                   

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《 兄弟太陽の賛歌 》は、『被造物の賛歌 』( Laude delle Creatore ) と書かれることもあります。ふつう、文書はラテン語で書かれていました。したがって、この《 兄弟太陽の賛歌 》という詩は、イタリア中部ウンブリア語で書かれています。したがって、《 兄弟太陽の賛歌 》は、トスカーナ語で書かれたダンテの『 神曲 』がイタリア国民文学といわれているより先の「最初のイタリア文学」です。


 

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              「聖痕」を受けるフランチェスコ  ジョット画 



 1224年9月14日ごろラヴェルナ山で、十字架上のキリストの五つの傷「聖痕」を受けた後も、聖痕から流れ出る血をひた隠しにして、苦しみに耐え忍びながらも、フランチェスコはロバに乗ってウンブリア地方で福音の説教を続けました。

 
 1225年5月ごろ、長年の苦労でほとんど視力を失った目の手術のためリエティに赴く途中、サンダミアーノに「貧しき婦人たち」の修道院長キアーラを訪問しました。

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      サン・ダミアーノの修道院(アシジ)


 目の病は悪化し、庭の掘建て小屋に身を横たえななければならなくなりました。
病臥の体に野ネズミは駆け上がり、虫に悩まされながらもフランチェスコはこの時、
『 兄弟太陽の賛歌 』を作りました。


 兄弟たちの分裂という精神的苦悩と肉体的靴に悩まされている時でも、フランチェスコは、被造物が全体こぞって創造主である神に賛美を捧げる詩を作り、歓びのうちに歌うことができたのでした。



            
          《 兄弟太陽の賛歌 》(被造物の賛歌)


 高くましまし、いつくしみ深い全能の主よ。
 あなたの賛美と栄光と名誉、そしてすべての祝福があります。
 あなたはそれにふさわしいからです。
 あなたのみ名を呼ぶにふさわしいものは、この世にひとりもおりません。


 賛美を受けてください、私の主よ。
 あなたがお造りになったすべてのもの賛美を受けてください。
 とくに私の兄弟、太陽の賛美を受けてください。
 太陽は昼を来させ、その昼の間、あなたは私たちのために光を注いでくださいます。
 太陽は美しい、大きな輝き。

 高くましますあなたのお姿は、太陽の中にうかがうことができます。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、月と星の賛美を。
 あなたは空の中に、月と星を明るく美しくお造りになりました。

 
 賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、風の賛美を。
 大気と雲と晴れた空の賛美を。
 これらの兄弟もとに、あなたはすべての生者を養ってくださいます。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、水の賛美を。
 水は役立ち、つつましく清らかです。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、火の賛美を。
 火を使ってあなたは夜を照らしてくださいます。
 火は美しく楽しく、勢いよく力強いものです。


 賛美を受けてください、私の主よ。
 私の姉妹、母親だ大地の賛美を。
 大地は私たちを育て、支え、たくさんのだものを実らせ、
 きれいな花と草を萌え出させます。



 賛美を受けてください、私の主よ。
 あなたへの愛ゆえにゆるし、病と苦しみに耐え忍ぶ者のために。
 しずかに平和をまもる者はしあわせです。
 いと高くまします主よ、そのひとたちは、あなたから、栄冠を受けるからです。



 賛美を受けてください、私の主よ。
 私たちの姉妹、肉体の死 * の賛美を。


 生きるものはすべてこの姉妹の手から逃れられない。
 大罪を背負って死ぬものは不幸ですが、
 あなたの聖なる御旨を行ないながら死ぬものは幸いです。
 第二の死 * * にそこなわれることはもうありません。

 
 賛美しよう、歌をささげよう。
 感謝の歌をささげ、深くへりくだって、主に仕えよう。

               
                [ 小川国夫訳 ] ゆるしと平和の節、筆者補訳。



* 「肉体の死」とは、自我からの脱却を完成してくれるもの、キリストのもとへと自分を運んでくれる、善き伴侶である。

* *「第二の死」とは地獄に堕ちること。


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    アシジの聖フランチェスコ    シモーネ・マルティーニ画


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        聖キアーラ(クララ)修道院長    シモーネ・マルティー二画 


 シモーネ・マルティーニが描いたこの絵は、日本の仏画に似た気配が感じられます。



                         *


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            天使と聖フランチェスコ


           最もよく似ていると言われている聖フランチェスコの肖像 
           (ジョットの師であったチマブーエ画)





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by francesco1hen | 2017-12-09 18:06
2017年 12月 08日

 アシジの聖フランチェスコの《 小鳥への説教 》

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   小鳥に説教するフランチェスコ         アシジの大聖堂下堂の壁画



チェラーノのトマスによる『 聖フランチェスコの第一伝記 』に出ている〈 小鳥への説教 〉は日本でもよく知られ、それゆえに聖フランチェスコは親しまれています。


その『第一伝記』のなかで〈 小鳥ヘの説教 〉は、つぎのように記述されています。


 兄弟たちの数を増やしながら、師父フランチェスコは、スポレート盆地を横切っていた。ベヴァーニアに近いある場所にさしかかると、そこにおびただしい数のいろいろな種類の鳥たち、鳩、みやまがらす、そして、ウソと呼ばれる鳥たちが集まっていた。

 下等な分別のない動物たちにも慈愛と愛情を抱くほどに情熱に満ちていたこの神の僕フランチェスコは、それを見て、連れの者たちを道に残したまま、急いで鳥たちのところに走っていった。

 そして、近づきながら、鳥たちが彼を待っているのを見て、彼の習慣どおりに鳥たちに挨拶を送った。しかし、驚いたこに、鳥たちは飛び立って逃げようとはしなかった。喜んだ彼は、謙虚に神のみ言葉を聞いてくれるように鳥たちに頼んだ。フランチェスコが話したのは、つぎのような言葉であった。

 「わたしの兄弟である鳥たちよ。お前たちは、お前たちをお造りになった神を大いに讃え、つねに愛さなければなりません。というわけは、この方(神)は、お前たちの身を覆うための羽毛を、飛ぶための羽根を、そして、お前たちに必要なすべてのものを与えられるからです。

 神は他の動物たちのなかでも気高くお前たちを造り、きれいな空気のなかに住むことをお許しになったからです。

 お前たちは種を蒔くことも、刈り入れをすることもない、それにもかかわらず、神は自らお前たちが何も心配もないように見守ってくださっているのです」。

 
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 この師父フランチェスコの言葉に、鳥たちは彼らの性に従って、首を伸ばしたり、翼を広げたり、嘴を開けたり、彼を見つめたりして、ありありと歓喜のしるしを示した。そして彼は鳥たちの間を行ったり来たりして、彼の衣服で、鳥たちの頭や体にそっと触れた。最後に鳥たちを祝福し、十字を切って、鳥たちに飛び去る許可を与えた。

 それから、この師父フランチェスコは、連れ者たちと歩き始め、あらゆる被造物からのつつましい賛美によって崇められる神に感謝し、賛美の祈りを捧げた。



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    小鳥たちに呼びかけて「説教」をするフランチェスコ   ジョット画




      


  
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             べヴァーニアで小鳥たちに説教した聖フランチェスコ















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by francesco1hen | 2017-12-08 22:25 | Comments(0)
2017年 12月 07日

アシジの聖フランチェスコの生き方                  ー 聖書のことばを文字通りに生きる ー



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        ローマ近郊 スビアコの洞窟に描かれた若いフランチェスコ     



San Francesco d' Assisi (1181/82ー1226) は、13世紀イタリアでのフランシスコ修道会の創立者です。現代では「環境保護の聖人」(1979)とされています。  


柔和・謙遜のイエスの「受肉の謙遜」と「十字架の受難の愛」に、心を打たれた彼は、何よりも貧しいイエスに倣う生活を目指しました。「清貧の聖人」といわれた彼の生き方の特徴はつぎの通りです。                             
 ① 清貧の生活を徹底的に守る。       
 ② 完全な自己放棄に生きる。        
③ 神に絶対的に信頼する。        
            ④ 自然界の兄弟姉妹とともに神に感謝と賛美をささげる             ⑤ つねに人々に柔和と謙遜で接する、などです。    

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アシジの大聖堂にあるフランチェスコの衣服継ぎ当ては彼の手で丁寧行なわれ、彼は几帳面な性質であったと想像されています。                    




アシジのフランチェスコの生涯には、いくつかの転機がありました。


彼は豪商の息子として小遣いを気前よく使い、友達から「遊びの王様」としてもてはやされ、遊楽の毎日を送っていました。                    

騎士になることに憧れていた彼は、ペルージアとの都市戦争で捕虜となりました。(1202)                                    
捕虜から解放された後は、「遊楽の生活」にも喜びを感じなくなり、遊楽の生活は終わりました。                                

そんな時、不思議なことに今まで忌み嫌っていた「癩者への接吻」を経験しました。(1204)                                  


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病人を訪れて介抱するフランチェスコ        


彼に従う兄弟たちに、とくにハンセン氏病の患者を「キリストの兄弟」と呼ばせ、世話をすることに熱心でした。                                     




ある日、サン・ダミアーノ修道院の「十字架の声」ー 壊れかけているわたしの家をなおしなさい ー を聞いて、フランチェスコは、アシジの街の「聖堂の修復」にのり出しました。(1206-1208)                         



フランチェスコの生涯の重要な転機は、五つの壁画がよく示しています。



 ① 《 財産放棄 》(1206) 司教館広場で、肉身と受けるべき財産を捨てることを宣言します。この年を「回心 (conversio) の年」 としています。        
 

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 2年後、ポルティウンクラの聖堂で「決定的回心」をして、福音宣教を決意します。(1208)                                     


 ②  《 教皇イノケンティウス3世の夢 》と《修道会則の認可と説教活動の承認 》 この認可と承認を得て、フランチェスコの兄弟会の福音宣教活動は展開されていくことになります。                             


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《イノケンティウス3世の夢》    ジョット画  

教皇はフランチェスコに会う前日夢を見ました。傾いているラテラノ聖堂を修道士がこれを支えている夢でした。教会の現状を象徴している夢でした。        
   

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《 教皇イノケンティウス3世、フランチェスコに会う 》 ジョット画



 ③ 《 小鳥への説教 》(1214) この後の 1219 年の「むしろの総集会」で兄弟(会員)たちの数は5,000人になりました。                   


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《 小鳥への説教 》(アシジ大聖堂)       ジョット画

 

 ④ ラヴェルナ山で《 十字架上でのキリストの五つの傷 ー 聖痕を受ける 》(1224) 「聖痕」は、キリストの倣ったフランチェスコの「キリストとの同化」のしるしです。この翌年、『兄弟太陽の賛歌(被造物の賛歌)』が作られます。(1225)  


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キリストの「五つの傷」を受けるフランチェスコ   ジョット画




⑤ 《 聖フランチェスコの死 》(1226)  遺言によって地上に横たえられたフランチェスコを見た人々は、これは「ウンブリアのキリスト」だ、と言いました。後年人々は、フランチェスコのことを「第二のキリスト」と呼びました。        

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フランチェスコの死      アシジ大聖堂の下堂の壁画(作者不詳)




[ フランチェスコの生き方の根拠 ] (聖書の言葉どおりに生きる)        

(a) ポルティウンクラの聖堂での「決定的な回心」(conversio) (1208)   
この聖堂でミサのときに朗読された聖書のことばを聴いたときの回心。      

マタイ福音書 10章 7-13 節のことばが、フランチェスコの使命を決定したと言われています。その骨子はつぎの3点。                     

 ① 「神の国」の福音宣教をすること。             
 ② キリストに倣う「清貧」に徹すること。           
③ 出あう人々に「平和の挨拶」を贈ること。         

(b)『原始会則』のもとになった聖書の3カ所のことば。           

    ① マタイ福音書19章 21節(財産放棄)「もし完全になりたいなら、あ      なたの持ち物を売り、・・・・・ わたしについて来なさい」。          
    ② ルカ福音書9章 3節(清貧)「旅のために何も携えてはならない。杖も     袋もパンも金も持ってはならない」。                     
    ③ マタイ福音書16章 24節(自己放棄)「わたしに従いたい者は、自分     を捨て、自分の十字架を担って、わたしに従いなさい」。            



このような生き方によってフランチェスコは、物質的な貧しさと内的な富をも捨てた後も、自己放棄における神への絶対的信頼によって、最後までキリストの「受難の愛」に従い、ラヴェルナ山で「聖痕」(Stigma)を受けるまでにキリストの同化したのでした。そのフランチェスコは、人々に「第二のキリスト」といわれるようになりました。                                   


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地上に横たえられたフランチェスコの姿   アシジの大聖堂の下堂の壁画






死の2年後、異例のこととして彼は、「アシジの聖フランチェスコ」と称えられました。教皇によって「聖人」とされたのです。                                      



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「福音の言葉」を文字どおりに生きたフランチェスコ 








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by francesco1hen | 2017-12-07 13:36 | Comments(0)
2017年 12月 05日

13/4世紀イタリアが生んだ三人の人物

三人の人物とは、清貧の聖人アシジのフランチェスコと詩人アリギエーリ・ダンテ、そして画家・建築家ボンドーネ・ジョットがその三人です。



アシジの聖フランチェスコ(1181/2ー1226)は、新しい修道会をつくり、その優れた霊性によってキリスト教ヨーロッパに新しい時代を開きました。

                       
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              アシジの聖フランチェスコ  チマブーエ画

              実像に最もよく似た肖像と言われています。





アリギエーリ・ダンテ (1265-1321)は、イタリア文学の金字塔『神曲(Divina Commedia))』のなかで、聖フランチェスコの聖性を称えています。


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          バルジェロ宮殿礼拝堂に描かれた ダンテの肖像  ジョット画




ボンドーネ・ジョット(c.1266ー1337)は、14世紀イタリア・ルネサンス初期の新しい時代の画家・建築家として活躍しました。そして、《聖フランチェスコの生涯》や《キリストの生涯》などの壁画を多くの教会に残しています。彼は後世「キリストに最も近づいた画家」といわれています。

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           ジョットの肖像      パオロ・ヴッチェロ画




この三人の人物は、強いきずなで結ばれています。ダンテは聖フランチェスコから深いインスピレーションを受けて『神曲』で何か所かで聖人を讃えています。彼の友人であったジョットのためには、煉獄編第十一歌で「チマブーエは画壇の不朽の地位を保とうとした。今やジョットが登場し人気を博するようになると、チマブーエの名声はかすんでしまった」とジョットを歌いました。

ジョットが聖フランチェスコの生き方に感銘して、その『聖人伝』を描いたことはすでに述べました。ダンテから称讃されていたジョットは、バルジェロ宮殿礼拝堂に《ダンテの美しい肖像画》を残してダンテを讃えました。同世代の二人は、互いに深い友情で結ばれ、しかもこの二人は、聖フランチェスコから多くの霊感を受けたのでした。



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          つぎのブログでは、アシジの聖フランチェスコについて紹介します。







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by francesco1hen | 2017-12-05 22:16 | Comments(0)
2017年 11月 08日

ハイドンの弦楽四重奏《 十字架上におけるキリストの最後の七つの言葉 》

古典派音楽の巨匠ヨーゼフ・ハイドン(1732ー1809)は、「近代器楽の父」と呼ばれ、交響楽を始め多くの器楽曲をのこしています。そして彼は、Die sieben lezten Worte unseres Eelöser am Kreuze op.51 という弦楽四重奏を作曲しています。この作品についてハイドン自身が「これは私の傑作中の傑作である」と自負するほどのきわめて強い愛着をもった作品でした。この作品は、モザイク・クァルテットの優れた演奏で聴くことができますが、ここでは聴いて頂けないのは残念なことです。

ところで、「十字架上におけるキリストの七つの言葉」とはどんなものでしょうか。エル・グレコとバロックの三巨匠、ルーベンス、ヴェラスケス、レンブラントの絵画と聖書の言葉で、「キリストの最後の七つの言葉」を紹介します。


                           *


 ハイドンの《 弦楽四重奏 》

〈序奏〉  マエスト—ソ・エド・アダージョ (荘重な、そして ゆるやかに)ニ長調 で始まります。



                           *


〈第1曲〉 ラールゴ (ゆっくりと遅く) 変ロ長調

  第一の言葉「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分らが何をしているのか、わからないのです」
                                               (ルカ 23・34)

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        エル・グレコ  《イエス 十字架に付けられる》               


「されこうべ」と呼ばれている所に着くと、そこで人びとはイエスを十字架に付けた。俣、犯罪人も、その一人を右に、一人を左に、十字架に付けた。そのとき、イエスは、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分らが何をしているのかわからないのです」と仰せになった。人々はくじを引いてイエスの衣を分けあった。            (ルカ 23・33−34)                                              

   *



〈第2曲〉 グラーベ・エ・カンタービレ(ゆっくりと遅く) ヘ短調                    

第二の言葉 「あなたによく言っておく。きょう、あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」
                                          (ルカ 23・43)

     
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            ルーベンス 《 ゴルゴタの丘の三つの十字架 》


十字架に付けられた犯罪人の一人が、冒涜の言葉をはいて、「おまえはメシアではないか。自分とおれたちを救ってみろ」と言った。すると、もう一人の犯罪人がこれをたしなめて、「おまえは同じ刑罰を受けていながら、まだ神を恐れないのか。われわれは自分のやったことの報いを受けているのだからあたりまえだが、このかたは何も悪いことをなさっていないのだ」と言い、「イエス様、あなたが王権をもって来られるときには、どうかわたしを思い出してください」と言った。イエスは、「あなたによく言っておく。きょう、あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」と仰せになった。      (ルカ 23・39−43)


                          *


〈第3曲〉 グラーベ(荘重な) ホ長調

  第三の言葉 「婦人よ、これはあなたの子です」「この方は、あなたのお母さんです」                                          
       
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    エル・グレコ 《 十字架の下に立つ聖母と使徒ヨハネ 》       


イエスは、母とそのそばに立っている愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、これはあなたの子です」と仰せになった。それから弟子には、「この方はあなたの母です」と仰せになった。そのときから、この弟子イエスの母を自分の家に引き取った。                                            (ヨハネ 19・26−27)





〈第4曲〉 ラールゴ(ゆっくりと遅く) ヘ短調                           

 第四の言葉 「 エリ、エリ、レマ、サバクタニ 」                        
       「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになるのですか?」 


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エル・グレコ 《 キリストの磔刑 》              
                         
       

 正午から、闇が全地を覆い、三時まで続いた。三時ごろに、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは、「わが神、わが神、どうしてわたしを見捨てられるのですか」という意味である。                                                     (マタイ 27・45−46)





〈第5曲〉アダージョ(ゆるやかに) イ長調                          

 第五の言葉 「のどが渇く」             *文語文の「われ渇く」という訳も有名。


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          レンブラント  《われ渇く》                            


 その後、イエスは、もはやすべてが成し遂げられたことを知り、「のどが渇く」* と言われた。こうして聖書の言葉は成就した。                                        (ヨハネ 19・28)
                   
* 詩編 22,16 口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはり付く。





〈第6曲〉 レント(遅い) ト短調                               
                       
第六の言葉 「成し遂げられた」                             

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ヴェラスケス 《十字架上のキリストの死》          
                     


 そこには、酸っぱいぶどう酒のいっぱい入ったった器が置いてあった。兵士たちは、このぶどう酒をたっぷり含ませた海面をヒソプに付けて、イエスの口もとに差し出した。イエスは酸っぱいぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言って、頭を垂れ、霊をお渡しになった。* (息を引き取られた、の意)
                                       (ヨハネ 19・29−30)

                          *


〈第7曲〉 ラールゴ(ゆったりと) 変ホ長調

  第七の言葉 「父よ、わたくしの霊をみ手に委ねます」


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            ルーベンス  《十字架からのキリストの降下》


 時はすでに正午ごろであったが、太陽は光を失い、全地が暗闇に覆われて、三時まで続いた。聖所の垂れ幕はまん中から二つに裂けた。その時、イエスは声高く叫んで、「父よ、わたくしの霊をみ手に委ねます」と仰せになった。こう言って、息を引き取られた。                                        (ルカ 23・45−46)


                          *



〈地震〉終曲 プレスト エ コン・トゥッタ・ラ・フォルツア(非常に速く、そして全力で) ハ短調

 終曲では、それまでの穏やかな曲想が一変して、テンポはプレストとなり、さまざまな音型が、聖所の垂れ幕が裂け、大地が震えるようすを表現します。 

「地震が起きる」

 そのとき突然、聖所の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂け、地が震い、岩が裂け、墓が開いた。眠っていた多くの聖なる人々の体は起き上がり、イエスの復活後、墓から出て、聖なる都に入り、多くの人たちに現れた。百人隊長、および、いっしょにイエスを見張りしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「まことにこの人は神の子であった」と言った。                                            (マタイ 27・51)



                      *  *  *



                 [ モザイク・クァルッテ ] の演奏者

 エーリッヒ・ヘルバート(第1ヴァイオリン)  アンドレア・ビショップ(第2ヴァイオリン)
 アニタ・ミッテラー  (ヴィオラ)      クリストフ・コワン  (チェロ)



プレミアム  [ 数象徴法 ]

七つの言葉の7は、「神の恵み」を象徴する数です。 3+4は、7です。

3は、「三位一体の神」を表わす象徴数です。神によって創造された世界と人間は、4という象徴数で表わされます。
神から世界や人に与えられるものは、7「恵み」です。



                          
                         *






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by francesco1hen | 2017-11-08 18:17 | Comments(0)
2017年 10月 10日

箱根仙石原(すすき)の風景

箱根仙石原の〈すすき〉は素晴らしい・・・ 。 その一語に尽きますね!


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清々しい空気とやさしい薄原にいやされて堪能し、満足して帰路についています。 (^_~)//。



                       *


                詩編139 のことば(旧約聖書より)



          詩編 139 「常に人とともにいる神」


   神よ、あなたはわたしを心にかけ、 わたしの すべてを知っておられる。

   わたしが座るのも、立つのも知り、 遠くから わたしの思いを見通される。

  
   歩むときも、休むときも見守り、  わたしの行いを すべて知っておられる。

   くちびるに言葉が のぼる前に、  神よ、あなたはすべてのことを知っておられる。

  
   後ろからも、前からも、 あなたの手は わたしを守る。

   わたしを包む あなたの英知は 神秘に満ち、 あまりに深く、及びもつかない。


   あなたはわたしのからだを造り、 母の胎内で わたしを形造られた。

   わたしを造られた あなたのわざは不思議。 わたしは心から その偉大なわざを讃える。


   神よ、あなたの思いは きわめがたく、 そのすべてを知ることはできない。

   あなたのはからいは限りなく、 生涯、わたしは その中に生きる。




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by francesco1hen | 2017-10-10 11:40 | Comments(0)
2017年 09月 24日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(3)

[ 聖霊降臨から世の終り「最後の審判」まで ]

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        「聖霊降臨」(使徒たちの福音宣教が始まる = キリストの教会の成立)
        


 キリストが復活して後40日の間、イエスはしばしば弟子たちのところに現れていました。弟子たちとともに食事をしていた時、イエスは聖霊を送ることを集まっていた者に告げています。

「聖霊があなた方に降るとき、あなた方は力を受けて、エルサレムと全ユダヤとサマリア、および地の果てまで、わたしの証人となるであろう」と。 

 聖霊降臨は、ルカ福音記者によって書かれた『使徒行録』(2章1-13節)に、つぎのように記されています。

 五旬祭の日(キリストの復活から50日目)が来て、使徒たちが一つの所に集まっていた。そのとき突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家じゅうに響き渡り、炎のような舌が現れ、分れておのおのの上にとどまった。すると、みんなは聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、さまざまな他国の言葉で語り始めた。

 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国から来た敬虔なユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の者が集まって来た。その人々は、それぞれ自分の国の言葉で使徒たちが話すのを聞いて、あきれてしまった。そして驚き怪しんで、「・・・あらゆる国から来ている人が、わたしたちはそれぞれわたしたちの国の言葉で、あの人たちが神の偉大な業を語るのを聞こうとは!」と言った。人々は驚き、惑い、互いに、「いったい、これはどうしたことか」と言い合った。

                          
                             *


 人々の驚きが、活き活きと書かれています。キリストの教会は、この時から世界の地の果てまでイエスの福音を宣ベ伝えていきました。「キリストの教会の時代」が始まります。


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                  〈エル・グレコの聖霊降臨〉



                             *



キリスト教の歴史観では、人類の歴史は三つの時代として考えられています。

(1)「旧約時代」(天地創造からキリスト降誕まで)
(2)「新約時代」(キリスト降誕からキリストの昇天まで)
(3)「教会の時代」(聖霊降臨から世界の終末まで)   

これを別の言葉でいうと次のようになります。

(1)「創造と救い」(旧約時代と新約時代)(神に似せられて造られた人間の罪からの解放)
(2)「救いの継続」(教会の時代から世界の終末まで)(十字架の救いが教会によって続けられる)
(3)「救いの完成」(終末のキリストの再臨・最後の審判)(人の体の復活と永遠の命・愛の完成)



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                 キリストの再臨・最後の審判

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             神の国に招かれた人々と墓から復活する人々

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                 神から離れ・魂が失われた者たち

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                 終末のとき再臨して審判を行なうキリスト


                            ***



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                     天空に描かれた聖母子



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[ イエスの福音の約束 ]

 天地万物の創造に際して、人は神に似せられて造られました。「神に似せられて」ということは、人は神の本性に与ることができる存在であることを示しています。

 ところが、人祖アダムとエヴァが罪を犯して神から離れてしまったことにより、人間は神による「救い」が必要な存在となりました。この救いのために、メシア(救い主=キリスト)が、この世に人となって生まれイエスという名で福音を宣べ伝えることになりました。

 父である神が、メシア・イエスをこの世に送った理由について、「神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。・・・・・ 神がおん子をこの世にお遣わしになったのは、この世が救われるようになるためである」(ヨハネによる福音書 3・16-17)、と語っています。

 さらに、「じつに、わたしの父にご意志とは、子(イエス)を見て信じる人が皆、永遠の命を持ち、わたしが、その人を終りの日に復活させることである」と語りました。さらに、最後の晩餐の夜には、「わたしの父の家(=神の国)には、住む所がたくさんある。そうでなければ、あなたたちのために、場所を準備しに行くと言ったであろうか。 行って場所を準備したら、戻って来て、あなたたちをわたしにもとに連れて行こう。わたしのいるところに、あなたたちもいるようになるためである」と、約束しました。

 そして、その後で、窮極の約束をあきらかにしました。「わたしが父に内におり、あなたたちがわたしの内におり、そして、わたしがあなたたちの内にいることを、その日、あなたたちは悟であろう」と。これは神の国に入ったときにはっきりと分る、神と人々が「完全に一つ」になるということです。

 このことは、キリストの昇天の最後の言葉、「あなたたちは、行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。そして、父と子と聖霊にみ名に入れる洗礼を授けなさい」と命じた言葉のなかでも知ることができます。

 名前というものは、名前をもっているものそのものを表わします。「み名に入れる」ということは、洗礼によって、キリストを信じる者となったすべての人々は、父と子と聖霊の三位一体の神の「いのち」に入る資格を得ることです。

 神が独り子をこの世に送られたれたのは、「独り子(キリスト)を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るため」でした。しかも、その人びとを終りに日に復活させる、というキリストの約束がありました。

 使徒パウロが言っているように、終りに日には、「顔の覆いを取り除かれて、わたしたちは皆、鏡のように主の栄光を映し出しながら、主の霊によって栄光から栄光へと、(復活の)主と同じ姿をもった者に変えられていくのです」。

 このことは、神の栄光の中に入れられて行くひとびとの喜びの姿です。



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  『ヨハネの黙示録』21章は、神の国をつぎのように記しています。

わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と先の地とは消え去り、もはや海もない。
わたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、神のみ元から出て天から下ってくるのを見た。

都は神の栄光に包まれていた。その輝きは、最も高価な宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。この都には大きな城壁があり、十二の門があった。・・・ 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。・・・ この都の中に神殿は見えなかった。万物の支配者で神である主と小羊とが、都の神殿だからである。

この都には、それを照らす太陽も月も必要がない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。諸国の民は都の光に照らされて歩み、地上の王たちは自分らの栄光を携えて都に来る。都の門は終日閉ざされることがない。そこには夜がないからである。


                             *


ヨハネの黙示録は、このように神の国を描写していますが、このような人間が想像する視覚的な素晴らしさを超えて、神の国はこの世のでは経験できない、想像をはるかに超えた神の栄光の輝きのなかにある至福の喜びに満ちた神秘的な世界であろうと思われます。


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by francesco1hen | 2017-09-24 22:25 | Comments(0)
2017年 09月 19日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(2)

[ イエスの洗礼からキリストに昇天まで ]

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       キリスト・イエスが、洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受ける。


この時からのことを、最も早い時期に書かれたマルコによる福音書は、つぎのように記しています。


イエスが水の中からあがると、天が開け、「霊」が鳩のように自分の上に降ってくるのをごらんになった。そして、天から声がした。「あなたはわが愛する子、わが心にかなう者である」。         
「霊」はイエスをすぐに荒れ野に追いやった。イエスは四十日の間そこに留まり、サタンに試みられ、野獣の住む所におられたが、天使たちがイエスに仕えていた。                    

 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。                         

 ここにイエスの福音宣教の第一声が発せられました。「悔い改めて」は、世俗的な富に気を奪われていないで、もっとも価値のある神の国に入ることを大切にしなさい、ということです。          


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        カナの婚礼の席で、イエスが最初の奇跡を行なう。(水が良いぶどう酒に変わる)

このあとで、イエスはさまざまな病人を癒したり、人々に福音を宣ベ伝えていく日々を過ごします。


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         ラザロの復活

 エルサレムの近くのベタニアに、ラザロとその姉妹マルタとマリアがいました。イエスはこの家によく立ち寄り、ラザロはイエスの親友でした。イエスがいない時ラザロは病気で死に、すでに埋葬されていました。マルタの訴えで、イエスは墓の前まで行き、ラザロを復活させました。ラザロは人間のうちで最初に復活したので、このことは、人々の「希望」となりました。



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         イエスのエルサレムへの入城

イエスの福音を伝える仕事もいよいよ最終的段階を迎えます。この週にはイエスの受難が始まります。

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            エルサレムの神殿で、イエスは商人たちを追い出す。(上)
            下は、聖霊降臨の場面です。

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    最後の晩餐の前に十二使徒の一人ユダはイエスを裏切り、大祭司のところに行きました。

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         ユダの後ろには、不気味な悪魔の姿が見えます。 二人の表情に注目。

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         最後の晩餐(愛の晩餐)

この夜、イエスは、おおくの時間をさき、愛について徹底的に話しました。それで「愛の晩餐」と呼ばれます。なかでも「新しい掟」を与えたことは大事なことでした。

「新しい掟」とは、「わたしがあなたたちを愛したように、互いに愛し合うこと、これがわたしの掟である。友のために命を捨てること、これ以上の愛はない」とイエスは命じました。

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          晩餐の時、弟子の足を洗うイエス

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足を洗う意味はつぎのことを理解されるためでした。「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人の贖いとして、自分の命を与えるためである」。(マタイ 20・28)


また、晩餐の夜イエスは、イエスを愛る人にたして約束をしました。

その窮極の約束は、「わたしが父のうちにおり、あなたたちがわたしのうちにおり、そして、わたしがあなたたちのうちにいることを、その日、あなたたちは悟であろう」という言葉でした。

「その日」というのは、神の国に入ったときのことです。神の国に入るということは、この言葉からわかるように、神である父と子と人が、「完全に一つ」になっていることです。


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         ゲッセマネの園の祈りの後の、「イエスの逮捕」

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        ユダが「ラビ(先生)平安を!」と接吻するのを合図に、逮捕が行なわれました。
        迫真的な場面です。ジョットの傑作中の最高傑作です。キリストに最も近づいた画家
        といわれるのはこのような描写をしたからでしょうか。

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          イエス、大祭司から尋問を受ける

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          イエス茨の冠をかぶせられ、人々から侮辱を受ける

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             イエス十字架を担う、ゴルゴタへの道を歩む

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      イエス、十字架に付けられる 母とヨハネが立ち、マグダラのマリアが跪いている
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         イエス十字架から降ろされる(十字架降下)

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          聖母マリアの悲しみ(ピエタ)・(十字架降下)

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      「キリストの復活」 「ノリ・メ・タンゲレ」(わたしに縋り付くのはよしなさい)



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           復活の40日後、オリベト山からの「キリストの昇天」


昇天するとき遺した最後の言葉は、「あなたたちは行って、すべての国々の人々を弟子にしなさい。ー 父と子と聖霊のみ名に入れる洗礼を彼らの授け、わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい。わたしは世の終りまで、いつもあなたたちと共にいる」でした。

「インマヌエル」(神は共にいます)と預言されたイエスは、地上から去っても「世の終りまで、いつも共にいる」と約束したのでした。




                          *





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by francesco1hen | 2017-09-19 22:45 | Comments(0)
2017年 09月 18日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(1)


《 三人の偉大なイタリア人 》

13・14世紀のイタリアは、3人の偉大な人物を生みだしました。それは、清貧の聖人アシジのフランチェスコ と 詩人ダンテ と 画家・建築家のジョットです。

聖フランチェスコは、二人に大きな影響を与えました。ダンテは、その『神曲』の中で聖フランチェスコをしばしば讃えています。ジョットは、いくつかの《聖フランチェスコ伝》を残しています。また、ダンテは、友人ジョットのために、その錬獄編第十一歌で「チマブーエは画壇の不朽の地位を保とうとした。今やジョットが登場して人気を博するようになると、チマブーエの名声はかすんでしまった」と歌っています。そして、ジョットは、美しいダンテの横顔の肖像を残しています。

ダンテとジョットが活躍した クワトロチェント=14世紀は、イタリア・ルネサンス初期の新しい時代です。「キリストに最も近づいた画家」といわれたジョットの画業は、《荘厳の聖母子》《キリストの生涯》《聖フランチェスコ伝》などのフレスコ画が代表的な作品です。


                             *
              



これから紹介するのは、北イタリア パドヴァのスクロヴェー二礼拝堂に描かれた「キリストの生涯」の壁画です。スクロヴェーニは、パドヴァの悪名高い高利貸しでした。それで彼の死後、息子が礼拝堂を神にささげて、父親の罪滅ぼしをしたと言われています。

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           スクロヴェーニ礼拝堂の正面外観(西に面しています)



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祭壇から見た内部「最後の審判」の壮大な壁画が見えます。


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天空が描かれた天井  中央には パントクラトール「天地万物の支配者」が描かれています。


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              入口から見た内部正面 (中央奥は祭壇)



[ 受胎告知から神殿の少年イエスまで ]

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               「受胎告知」する大天使ガブリエル

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         大天使ガブリエルから「お告げ」を受ける処女(おとめ)マリア

受胎告知によって、神が人間の体をマリアから受けて人の世に住むようになりました。
このことを「受肉」incarnation といいます。「託身」ともいいます。


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            上は「幼子イエスの降誕」  (下は「最後の晩餐」)


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                幼子とその母マリアとヨセフ

幼子はヨシュアと名付けられました。ヘブライ語でヨシュアは、よくある名前で「神は救い」という意味で、ギリシア語では「イエソス」、これがイエスと言われるようになりました。


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         東方の三人の博士の礼拝(マギの礼拝)ー 主の公現


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         エジプトへの避難(ヘロデ王の嬰児虐殺を避けるため)

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            マリアの厳しい表情が印象的です。


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         ヘロデ王による嬰児虐殺

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             イエスの神殿奉献(エルサレムの神殿で)


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          エルサレムの神殿で学者たちと話す少年イエス(12才のとき)


ルカによる福音書は、神殿で学者たちと話したことがあってからのことを、「それからイエスは、両親とともにナザレに下って行き、二人に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをことごとく心に留めていた。イエスは知恵もまし、背丈も伸び、ますます神と人に愛された」と記述しています。


                           *


イエスの誕生からヨルダン川で洗礼者ヨハネからイエスが洗礼を受けるまでを、イエスの私生活としています。イエスが洗礼を受けてからは、イエスの公生活と言います。つまりイエスが世に出て福音を宣教する時代が始まります。















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by francesco1hen | 2017-09-18 22:16 | Comments(0)
2017年 09月 02日

東方キリスト教会の12祝祭

《 東方キリスト教会の12祝祭 》

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マリアへの受胎告知         キリストの降誕     

            十字架降下              キリストの埋葬



「東方キリスト教会」について少し説明しておきます。

古代ローマ帝国の支配領域であった地中海を囲む地域を「古代地中海世界」といいます。その世界は4世紀以後キリスト教の地域になっていました。この地域ではアドリア海を境に、東はギリシア語圏と西はラテン語圏に分れており、東はキリスト教徒が多く、西は少なかったのですが、ペトロの後継者であるローマの司教がカトリック教会の中心(教皇)として存在していました。

ところが、1054年に東西教会は決定的に分離され、西は「ローマ・カトリック教会」、東は「ギリシア正教会」と呼ばれるようになりました。

1453年東ローマ帝国がオスマン・トルコ帝国によって滅ぼされると、1480年には、モスクワ大公国がモンゴル支配から自立し、1547年にはロシア帝国になり、ローマ帝国の後継者を自認し、宗教的には「ロシア正教」となりました。

ギリシア正教会とロシア正教会では、皇帝が宗教の長の地位も兼ねることから「皇帝教皇主義」といわれています(ローマ・カトリック世界では、皇帝権と教皇権はそれぞれ独立しています)。

このギリシア正教会とロシア正教会のすがたは東欧諸国でも見られます。この伝統を受けついだ東ヨーロッパのキリスト教を総称して「東方キリスト教会」と呼んでいます。


ギリシア正教会とロシア正教会を中心に東方キリスト教会では、大切な祝祭として「12の祝祭」が盛大に行われます。それは絵画(イコン)的にも優れた表現を見ることができます。


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            受胎告知            キリストの降誕


            幼子の神殿奉献         キリストの洗礼


            キリストの変容         ラザロの復活   



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            エルサレムへの入城         キリストの磔刑


          復活後古聖所に下り死者を復活させる   キリストの昇天        


            聖霊降臨             聖母マリアの死(眠り)


    以上のが「12祝祭」の一つの例です。所によって祝祭の入れ替えがある場合があります。
    つぎに優れたイコンによる祝祭の表現を見てみます。


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            おとめマリアが、天使ガブリエルから聖霊による受胎を告げられます。


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           キリストの降誕のようす  《降誕祭》

 
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            東方の三人の博士の礼拝  《キリストの公現祭》

       キリストが公に現れたとして、東方キリスト教会では、クリスマスより盛大に祝われます。



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         洗礼者ヨハネからキリストが、ヨルダン川で洗礼を受ける。《キリストの洗礼》


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            《キリストの変容》


イエスが三人の弟子たちを連れて、タボール山に登ったとき、イエスの姿が変わり、衣服はまっ白に輝きました。そして、エリアがモーセとともに現れ、二人はイエスと語り合っていました。すると、雲の中から声が聞こえ、「これはわたしが愛する子。彼に聞け」と。弟子たちはすぐに周囲を見渡しましたが、自分たちとともにいるイエスの他には、だれも見えませんでした。

モーセは律法の教えを、エリアは預言者の教えのすべてを表わしています。神の声は、キリストが律法と預言の教えを完成する者であることを示しています。「キリストの変容」は、「キリスト教の内的成立」を意味しているといわれています。これに対して、「キリスト教の目に見える外的成立」は、復活後50日目の「聖霊降臨」のときであるといわれています。


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            キリストの磔刑   《キリストによる十字架の救い》


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        《キリストの復活祭》  キリストは、復活ご最初にマグダラのマリアに現れる



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         《キリストの昇天祭》   復活後 40 日目に、キリストは昇天しました。


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           《聖母マリアの眠り》   

        死を「眠り」と言っています。マリアは、天に挙げられキリストの抱かれています。


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          キリストの「聖顔布」  (これは描かれた物ではない、と注意書きされています)

これはイエスが十字架を担いでカルワリオの丘に進んでいったとき、ヴェロニカという女性が、イエスに汗を拭くようにと布を渡しました。イエスはこれを受けて汗を拭きました。すると、返された布には、奇跡的に「キリストの顔」が写っていました。それでこの顔が伝えられて「聖顔布」と呼ばれるようになりました。


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              《パントクラトール》


ギリシア正教会の重要な「キリストのイメージ」は、「パントクラトール」です。それは「天地万物の支配者」という意味です。

ちなみに、皇帝は「コスモクラトール」(世界の支配者)です。神はそれを超える「宇宙の支配者」というわけです。



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by francesco1hen | 2017-09-02 17:04 | Comments(0)