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2011年 05月 18日

《兄弟太陽の賛歌》と 興願僧都への御返事 「捨てる」という霊性について(15)

むすびにかえて ー 聖フランチェスコと一遍上人の心と姿

清貧や捨棄に徹した二人が「捨てること」によって得たものが何であったかを見てきました。また、
フランチェスコや一遍に出合い「平和の挨拶」や「念仏札」を受けた人びとの姿も見てきました。
とは言っても彼らの姿のすべてが明らかになった訳ではなく、ここではそのごく限られた一部分で
しかありませんでした。

おわりに当たり、このすぐれた宗教者にもっと深く近づき知るよすがとして、フランチェスコがサン・ダミアーノの小屋の中で病苦と精神的な苦悩の中で作った『兄弟太陽の賛歌』(この賛歌は最初のイタリア文学と高く評価さています)、並びに、一遍が興願僧都に送った「消息法語」(念仏について一遍の最も深い思念を美しい散文で書いた手紙)を掲げて皆様に読んで頂こうと考えました。


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チマブーエが画き、最も真実に近いといわれるフランチェスコ像



   
     『兄弟太陽の賛歌』(Cantico di Frate Sole)

  高くましまし、いつくしみ深い全能の主よ。
  あなたには賛美と栄光と名誉、そしてすべての祝福があります。
  あなたはそれにふさわしいからです。
  あなたのみ名を呼ぶにふさわしいものは、
  この世にひとりもおりません。
  
  賛美を受けてください、私の主よ。
  あなたがお作りになったすべてのものの賛美を受けてください。
  とくに私の兄弟、太陽の賛美を受けてください。
  太陽は昼を来させ、その昼の間、あなたは私たちに光を注いでくださいま
  す。
  太陽は美しい、大きな輝き。
  高くましますあなたのお姿は、太陽の中にうかがうことができます。
  
  賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、月と星の賛美を。
  あなたは空の中に、月と星を明るく美しくお作りになりました。
  
  賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、風の賛美を。
  大気と雲と晴れた空の賛美を。
  これらの兄弟のもとに、あなたはすべての生き物を養ってくださいます。
  
  賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、水の賛美を。
  水は役立ち、つつましく清らかです。

  賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、火の賛美を。
  火を使ってあなたは夜を照らしてくださいます。
  火は美しく楽しく、勢いよく力強いものです。

  賛美を受けてください、私の主よ。
  私の姉妹、母親大地の賛美を。
  大地は私たちを育て、支え、たくさんのくだものを実らせ、
  綺麗な花と草を萌え出させます。
  
  賛美を受けてください、私の主よ。
  あなたへの愛ゆえにゆるし、
  病と苦しみに耐え忍ぶ者のために。
  しずかに平和をまもる者はしあわせです。
  いと高くまします主よ。そのひとたちは
  あなたから、栄冠を受けるからです。

  賛美を受けてください、私の主よ。
  私たちの姉妹、肉体の死の賛美を。

  生きるものはすべてこの姉妹の手から逃れらない。
  大罪を背負って死ぬものは不幸ですが、
  あなたの聖なる御旨を行いながら死ぬものは幸いです。
  第二の死にそこなわれることはもうありませんから。  
          (註「第二の死」とは、地獄に墜ちること)

  賛美しよう、歌をささげよう。
  感謝の歌をささげ、深くへりくだって、主に仕えよう。

                         
        ( [小川国夫訳] ゆるしと平和の節、筆者補訳)



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      一遍上人の風貌がよく現れている画像です。




    興願僧都、念仏の安心を尋ね申されけるに、書きてしめしたまふ御返事

 それ、念仏の行者用心のこと、しめすべきよし承り候。南無阿弥陀仏とまうす外、さらに用心もな  
 く、此の外に又示すべき安心(あんじん)もなし。諸諸の智者達の様々に立ておかるる法要どもの
 侍るも、皆諸惑に対したる仮初めの要文なり。されば、念仏の行者は、かようの事をも打ち捨てて、
 念仏すべし。
 「むかし、空也上人へ、ある人、『念仏はいかが申すべきや』と問ひければ『捨ててこそ』とばか
 りにて、なにとも仰せられず」と西行法師の選集抄に載せられたり。是誠に金言なり。
 念仏の行者は智慧をも愚痴をも捨て、善悪の境界をも捨て、貴賎高下の道理をも捨て、地獄を恐る
 る心をも捨て、極楽を願ふ心をも捨て、又諸宗の悟りをもすて、一切の事を捨てて申す念仏こそ弥
 陀超世の本願にはかなひ候へ。
 かやうに打ち上げ打ち上げとなふれば、仏もなく我もなく、まして此の内に兎角道理もなし。善
 悪の境界皆浄土なり。外に求むべからず。厭ふべからず。

 よろづ生きとしいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし。
 人ばかり超世の願に預かるにあらず。またかくのごとく愚老の申すことも意得にくく候はば、意得
 にくきにまかせて愚老が申すことをも打ち捨て、何ともかともあてがひはからずして、本願に任せ 
 て念仏したまふべし。

  念仏は安心して申すも、安心せずして申すも、他力超世の本願にたがふ事なし。弥陀の本願には
 欠けたる事もなく、あまれることもなし。此の外にさのみ何事をか用心して申すべき。ただ愚かな    
 る者の心に立ちかへりて念仏したまふベし。

 南無阿弥陀仏
                               一遍
  興願僧都




「捨てる」という霊性についてのシリーズはこれで終わります。


また、新しいブログでお目にかかります。


「神の平和が皆様に与えられますように!」「シャンティ・寂静!」(平和)


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ローマ スビアコの洞窟に描かれた青年フランチェスコ












  
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by francesco1hen | 2011-05-18 16:42 | Comments(0)
2011年 05月 17日

「大切なもの」は何でしょうか 「捨てる」という霊性について(14)

すべてに勝る価値とは


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フランチェスコとその兄弟たちが、出合うすべての人びとに「神の平和があなたたちの上にありますように」と伝えた挨拶の「平和」は、現代の世界で最も広く強く求められています。平和を実現するためには、人間の諸権利が認められる正義が必須の条件です。しかし、正義だけでは現実の諸問題は解決されません。何時の時代もそうですが、必ず存在する「政治的・社会的弱者」に対する配慮がないところに「平和」は実現されません。

正義と平和が深くかかわっているように、「平和」と「命」は深い結びつきをもっています。生命の本来のあり方は幸福に生きることです。すべてのものが幸福を願っていることは、言い換えれば、平穏無事、平和に生きることと同じです。

欠けたところのない状態の「平和」は、人間に与えられている諸権利が保証され、支配による不自由や抑圧、貧困や欠乏からの解放によって幸福に生きることです。そのためには、必要とされるものが
最低限において満たされなければなりません。完全に満たされている状態が「平和」です。フランチェスコや一遍たちは、まず、このようなことに心を注いでいました。


さらに「平和の挨拶」の深い意味は、この欠けたところがない状態をいう「完全に満たされた命」、
すなわち、「神の平和」を人びとに知らせることでした。神の国における「永遠の命」を、完全な善である父なる神のうちに見いだすことでした。「神と一つになる」神の愛における至福こそ、「平和の挨拶」の究極の目標でした。「神の平和」とは、このような世界をいうのです。


また、一遍たちが諸国遊行の旅で勧めた念仏「南無阿弥陀仏」は、欠けたとこのない「完全円満」の
阿弥陀仏との融合一体、つまり極楽浄土での往生・成仏を確信させるものでした。念仏によって救われた「無量寿」の魂は、大いなる生命のうちにある「絶対の安らぎ(ニルウ゛ァーナ=涅槃・寂静)」の世界にあるのでした。

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フランチェスコにおいても一遍においても、一切のものを捨てた「回心」の中で究極に求めたものは
すべてのものに勝る価値あるもの、神の国における「永遠の命」であり、極楽浄土における成仏、「
無量寿」であったのです。

フランチェスコの「平和の挨拶」を受けた人びとは、彼が語り勧める福音の言葉を信じ、喜びにあふれながら「永遠の命」に憧れを抱いていました。また、一遍ら時衆の踊り念仏の中で救われたものの歓喜を体で現わし、念仏札を手にして念仏を唱えた人びとは、阿弥陀仏と一つになる成仏を信じ、安心のうちに生きる歓びを実感したのです。


生きることのさまざまな選択肢に恵まれず、欲求や欲望の選択肢の乏しかった時代の人びとは、幸いにも最高の価値を求めやすかったかもしれません。



                     *



《シャローム・平安!》《シャンティ・平和!》《ニルルウ゛ァーナ・絶対の安らぎ!》





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by francesco1hen | 2011-05-17 17:50 | Comments(0)
2011年 05月 16日

現代において「捨てる」ベきもの                     「捨てる」という霊性について(13)

「捨てる」生き方へ

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熊野那智大社 那智の滝  那智は「一遍成道」の地です。


フランチェスコや一遍は、一切を「捨てること」において新しい世界を見いだしていました。
現代の世界は、彼らが新しい世界を見いだしたように、望むべくもない方向へと進む核兵器に象徴される現代の「諸力」を捨てることを考えなければならない事態に立ちいたっています。

力の理論、力への信仰ともいわれる強国の覇権主義、利己的な国家利益による搾取ともいえる経済進出、地球資源と宇宙利用の独占、市場原理主義による国際経済力、富の集中を意図する金融資本など
現代世界がこれを維持しようとするさまざまな「力」は、世界を不幸に追い込むばかりの「力」です。これらを変革・方向転換しなければなりません。これを捨てないかぎり人類の明るい未来、幸福な姿は見えてきません。


フランチェスコや一遍の「捨てる霊性」は、その時代の宗教的生き方の中で人間の喜びと平安を見いだしていました。その生き方は、現代の世界政治・社会状況の中で実行する価値ある方向性を示唆するものではないでしょうか。現実世界の過剰ともいえる「諸力」によって負の方向に進む現代文明は
今や、真剣にこのことを真剣に考え直さなければならない時点に立っているのではないかと考えられます。



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清貧に生きたフランチェスコの修道服
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「捨聖」一遍ら時衆が着ていた阿弥衣




《シャンティ・寂静!》《シャローム・平安!》









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by francesco1hen | 2011-05-16 18:08 | Comments(0)
2011年 05月 13日

賛美する喜びと救われた歓び                       「捨てる」という霊性について(12)

賛美する喜び!「永遠の命」

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《 フランチェスコの死 》 
十字架から降ろされたキリストのように、死後地面に寝かせてくれるように頼んだフランチェスコの死の姿。


フランチェスコにとって「他のあらゆること以上に」大切なことは、神の国と神のみ旨を行う生活を求めることでした。神のみ旨はイエスの生涯に現れています。イエスの福音が優先して告げられた人々は、社会から軽蔑され、排除されていた貧しい人、病気の人、徴税人、罪深い女、サマリア人などでした。だから、フランチェスコは、キリストが福音で示されたことを、だれにでも差別することなく説教して最後まで止むことがありませんでした。

己を捨て、キリストに従ったフランチェスコがついに「聖痕」を受けたとき、外には隠された喜びでしたが、キリストと一致できたという喜びの頂点に達したものと思われます。精神的苦悩と肉体的病苦に悩まされている時期でも、フランチェスコは、被造物が全体がこぞって創造主である神に賛美と感謝を捧げる『兄弟太陽の賛歌』を、歓びのうちに歌うことができました。そして自然・宇宙が一体となって神を賛美する喜びを味わっていたに違いありません。

キリストが十字架から降ろされたときのように大地に身体を横たえたときも、彼は魂を神にゆだね、
「いっさいを捨てる者の幸福」(マタイ19・27−30)、神の栄光の中にいる「永遠の命」の喜びに浸っていました。「回心」すなわち価値観の転換によって生活した人の生涯はこのようなものであったのです。



救われた歓び!「無量寿」

捨聖一遍の「回心」(えしん)は、世俗にある一切の物とそれに対する執着の捨離、さらには自我をも完全に捨て、最後は「書籍経巻の焼却」によって残る物はただ一つ「南無阿弥陀仏」、仏と衆生が二つではなく一つに融け合っている世界でした。

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阿弥陀仏と一体となる 成仏


熊野成道以来始まった念仏勧進の遊行の中で、一遍は人間だけではなく森羅万象が共に念仏を唱えている世界を見出していました。念仏を勧めることに生涯をかけていた一遍は、すべての人々とともに
歓喜踊躍(かんぎゆやく)のうちに念仏宇宙に遊ぶ念仏を唱えることができたのです。

自力・我執を捨て、へりくだった者の目にはこのような念仏世界が見えていたのです。辛酸舐め尽くすような遊行の苦しみの中にあっても、一遍や時衆たちは救われた歓びを隠すことはできなかったのです。同行時衆たちの「踊り念仏」とそれに加わった町の人々や里の人々は、共に成仏(極楽往生)
を保証されて救いの歓びに浸ることができたのです。

フランチェスコと一遍のこの世における願いは、すべての被造物全体、森羅万象が神や仏を讃え、差別なく救われる幸福を現世においても、来世においても得ることでした。そのために「平和の挨拶」
と福音を伝え、また「南無阿弥陀仏」の念仏勧進によって救われた歓びを確実にしようとしたのでした。


余分なものを捨て、信頼し任せる境地こそ、究極の幸福・歓び、「永遠の命」と「無量寿」への道なのです。




《シャローム・平安!》《シャンティ・寂静・平和!》《ナマステ・南無!》



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「えのしま道」道標  「二世安楽」の字が見えます。 (二世とは、来世のこと)






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by francesco1hen | 2011-05-13 15:12 | Comments(0)
2011年 05月 12日

「踊り念仏」に集う鎌倉時代の人々                「捨てる」という霊性について(11)

一遍の十六年間の遊行中に念仏札の賦算を受け、踊り念仏の法悦を経験した人々は、どのような階層の人びとであったでしょうか。『一遍聖絵』に描かれた人々の姿をつぶさに見ていくと、そこには鎌倉時代中期の社会層のあらゆる生活の姿がいきいきと描かれています。

聖戒がこれを記し、法眼円伊が画いた『一遍聖絵』の「市屋一遍聖道場之図」から踊り念仏の盛況を見てみます。京の都での念仏賦算が四十八日に及んだのは、一遍が追慕していた空也上人ゆかりの市屋道場に長く滞在したからです。

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『「捨てる」という霊性 聖フランチェスコと一遍上人』 本文から

 円伊が描いた『市屋一遍聖道場之図』での踊り念仏の場面も殊に出色の絵図である。中央に舞台造りの高床式の板屋が四方吹き抜けでまわりから見やすくなっている。その踊屋では中ほどに鉦鼓を打ち鳴らす一遍、念仏声明を唱え右回りに激しく踊る僧尼たち一同の足並みは揃い、舞踏としての形も整った様子である。

 高い踊屋の下や遠くから見上げている僧や男女、踊屋の近くまで乗り入れた絢爛たる貴顯の人々の牛車がところ狭しとひしめいている。その数、何と十一輛。車の中から眺める女性、車から降りて見ている姫君と侍女、白い被衣(うつぎ)の上臈(じょうろう)や市女笠を被った女性も多い、黒衣の僧、笠を差しかけた白衣の僧、頭巾姿の尼、褌姿に小袖の男が手に弓矢を持つのは狩場帰りに立寄ったものか、身分を示す烏帽子を着けた男たち、若い女性と会話を交わす若い僧、子連れの母親、左手の急造の桟敷から眺める見物人。そのまわりには、これまた集まる人目当ての酒肴を供する急ごしらえの店が並び、立ち寄ろうとする武士が数人、長髪の稚児を伴う白衣の僧と武士の姿も見られる。

 往来にも人々のにぎわいがあり、道場の脇には乞食・非人の群れ八、九人が描かれている。市屋道場の踊り念仏に集まってきた人々は、京中のあらゆる階層の人々の姿を示しているかのようである。
 
京極釈迦堂と市屋道場の「踊り念仏」はその頂点を示すものであった。その後の踊り念仏は『聖絵』
の詞書はなく、弘安九(一ニ八六)年、鉦や念仏の声が風に乗って聞こえるような淀のうえの(植野
現在の京都市伏見区)の「踊り念仏」の場面と正応ニ(一ニ八九)年、淡路の二の宮参詣のとき、社殿前の松林で行われた「踊り念仏」を絵図で伝えているだけである。


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二ノ宮社殿前の松林での「踊り念仏」




「ナマステ・南無!」










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by francesco1hen | 2011-05-12 17:28 | Comments(0)
2011年 05月 12日

「念仏賦算」と「踊り念仏」に込められた願いのかぎり       「捨てる」という霊性について(10)

一遍の宗教の特徴は「遊行」と「念仏賦算」、そして「踊り念仏」です。一遍は一つの所に住み着かないで、同行する時衆と16年間ほぼ全国各地におよぶ遊行の旅を続けました。この遊行の目的は貴賎高下と人を差別しないで、信不信を問わず、また浄不浄を嫌わず、「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」と版木で印刷された念仏札を、すべての階層の人々、とくに一般の庶民のところまで配り歩くことでした。

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この念仏札は縦7・5センチ、横2センチの小さな札です。六十万人の「六」は六字名号、「十」は
十方衆生・一切衆生、「万」は仏の万徳円満、「人」は白蓮華のように往生する人を表わし、全体で生きとし生けるもの一切衆生を示しています。「決定往生」は必ず極楽浄土に生まれるという意味です。

この念仏札は、南無阿弥陀仏を唱えれば、人はすべて必ず浄土に往生できるという阿弥陀仏の約束を表わしています。阿弥陀仏の本願を表わした念仏札が、貴賎高下の別なくただでもらえる。念仏してこの札を手にした者は必ず極楽往生できるという確信は、人々にこの上ない喜びを与えたに違いありません。


この「念仏賦算」とともに、人々の間に大きな共感を呼び起こしたものが「踊り念仏」でした。佐久
小田切の里で始まった踊り念仏は、やがて一遍が行った宗教儀式として人々に迎え入れられました。

都や地方の都市、村落を問わずあらゆる階層の人々は、多数の時衆僧尼が和讃を唱え、鉦をうちながら輪になって踊る「踊り念仏」に歓喜法悦の救いを味わったのでした。念仏に救われたものの踊り念仏は、阿弥陀仏の御振る舞いで、一遍が歌った「仏こそ命と身とのぬしなれや わがわれならぬこころのふるまい」のように、仏もなく我もなく、ただ念仏して南無阿弥陀仏になり切る「忘我の念仏」
になっていました。

一遍ら遊行時衆の足はほぼ全国各地、著名な神社仏閣や困難な暮らしに耐えている村々に、そして津津浦々にまで伸ばされたのでした。一遍たちに出合い、踊り念仏の熱狂のうちに多くの人々は浄土往生の法悦にひたり、救われた者の歓びに包まれていたのでした。


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四条京極の釈迦堂での踊り念仏のようす


「一切衆生」「二世安楽」 (藤沢市の「えのしま道」道標に刻まれた願いの言葉)

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《ナマステ・南無!》
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by francesco1hen | 2011-05-12 12:27 | Comments(0)
2011年 05月 11日

「平和の挨拶」に込められた願い                 「捨てる」という霊性について(9)

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病者を癒すフランチェスコ


フランチェスコとその兄弟たちは、社会のあらゆる階層の人々に「平和の挨拶」を送っていました。
聖職者や修道士、爵位をもっている貴族や騎士に対して、都市の有力者や住民、村の人々の男女にも同じようにまた、ハンセン病患者やさまざまな病人、貧しい人や山賊や盗賊にも「平和の挨拶」を送り続けてきました。

フランチェスコは、いかなるときも人々の和解や都市住民の平和の回復、都市内部の紛争の調停などあらゆるところで「神から与えられる平和」を願っていました。「神から与えられる平和」こそ、すべての人々に最も大切なものと考えていたからでした。

この平和・平安という言葉はヘブライ語で「シャローム」。この語の本来の意味は、健康・健全・充実・繁栄・充満・完全などです。最後の晩餐のときのイエスの別れの言葉は、「わたしはあなたたちに平安を残す。わたしの平安をあなたたちに与える」(ヨハネ福音書14・27)でした。この少し前に、イエスは真の「平安」について弟子たちに告げています。

「わたしが父の内におり、あなたたちがわたしの内におり、そして、わたしがあなたたちの内にいることを、その日、あなたたちは悟であろう」(ヨハネ14・20)。その日とは「天の国」(永遠の命)に入ったときのことです。

フランチェスコが、あらゆることに超えて望んでいたことは、すべての人々が「神の愛の招き」に応えて、「永遠の命」の内に入ることでした。

イエスの教えと足跡に従って、十字架上の五つの傷と同じ「聖痕」をうけてキリストと一致したように、天の国(神の国)で「神と一致すること」、すなわち神と完全に一つになる「愛の完成」は、フランチェスコの究極の願いであったのです。

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十字架の「キリストとの同化」を願っていたフランチェスコ「聖痕」を受ける


彼がいかなるときも、すべての人々に欠かさず「平和の挨拶」を呼びかけたのは、この切なる願いを込めていたからでした。


皆さんに《シャローム・平安!》を。







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by francesco1hen | 2011-05-11 15:52 | Comments(0)
2011年 05月 05日

フランチェスコと一遍が出合った人びと              「捨てる」という霊性について(8)

13世紀イタリア社会の政治的対立と都市間の覇権争いや富への欲望が渦巻き、貧富の格差や社会的疎外がある中で,高位聖職者から貧しい人々にいたるまでキリストの福音を伝えるために、フランチェスコは彼らにどのように接したのでしょうか。

フランチェスコは謙虚に民衆が使う言葉で説教をしました。それを分らせるためには身振り手振り、
踊りや歌、音楽を用いても福音の心を伝えようとし、仲間の兄弟たちにもそうさせました。

また彼は、社会的現実と諸階層の中で弱く虐げられた者たちの側に身を置く事に心を決めていました。しかも彼らが来るのを待つのではなく、必要としている者たちのところへ自分から出かけていくのでした。

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病人を癒すフランチェスコ


都市、農村を問わず巡り歩き、男女を問わず出かけていったのです。フランチェスコが出合った人びとにかける言葉は、「神の平和があなたと共にありますように!」という平和の挨拶でした。これまでの教会の在り方の中で、救われず打ち捨てられていた貧しい人々への彼の積極的な働きかけは、これまでには見かけられなかった福音宣教の新しいあり方でした。

そして、このだれをも差別することなくイエスの福音を告げるというフランチェスコの働きかけは、
高位聖職者である司教に対しても変わることはありませんでした。


日蓮や一遍が活躍した鎌倉時代の文永・弘安の元寇は、わが国全体に及ぼす衝撃的な事件でした。
戦費や警備費の負担、異国警固番役などはご家人の財政破綻を招き、やがて元寇後のご家人社会の窮乏という事態になりました。社会的な動揺・不安は増大するばかりでした。

このような社会情勢の中で、一遍ら時衆の足跡は宿から市へ、市から寺社の門前、境内へ、あるいは、海路や海辺を歩くいたるところに記されています。一遍ら時衆の遊行は、このようなわが国の社会的・精神的動揺の中でたくましく、あるいは苦しい生活をしている人々と出合いながら続けられていったのです。

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人々に食事を施す一遍たち


一遍と同行を共にした時衆の念仏賦算の遊行は、それが行われた範囲の広さも驚異的ですが、重要なことは念仏札を受け念仏の救いを得たた人々が、この時代のあらゆる階層に及んでいたことです。


フランチェスコと一遍が出合った人びとは、当時の社会のあらゆる階層に行き渡っていたという点で
彼らが果たした宗教的役割は同じようなものであったと言えます。彼らの願いは、差別することなくすべての人々に「平和の挨拶」を伝え、南無阿弥陀仏の「念仏札」を配り歩くことでした。そしてそれは、あらゆる人々に大きな喜びを与えていたのです。


《シャンティ・寂静!》









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by francesco1hen | 2011-05-05 19:59 | Comments(0)
2011年 05月 04日

「清貧の聖人」と「捨聖」が、見た世界は・・・          「捨てる」という霊性について(7)


同じ心の眼で眺めた神秘的な世界

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興願僧都と呼ばれている人に問われて、書き送った手紙の中で一遍は次のように強調しています。
 
 「ただ愚かなる者の心に立ちかえリて」する念仏、一切の事をすてて申す念仏こそが、阿弥陀如来の救いの心にかなうのであり、その念仏によって仏我一如の世界に至るのである。そこでは、命あるすべてのもの、山河草木、吹く風、立つ浪の音のすべてのものが念仏となり、阿弥陀如来の世を超えた大きな慈悲によって救われる。救われるのは人間だけではなく、衆生と全自然現象が時空を超えた念仏宇宙となっている。

と、一切を捨離し、自我まで捨てきった一遍には、宇宙に存在する一切のもの、森羅万象の念仏の響きが全体として聞こえていたのです。



一遍と同じように、清貧・無所有に徹し、自我まで捨てて完全に無力となったフランチェスコにとって、頼るべきものは神の恵みしかありませんでした。このような彼にとっては、自然界に存在するものすべてが「神の愛」の証明でした。神の愛は、フランチェスコが兄弟姉妹たちと呼びかけた自然界のすべての被造物に及ぶものでした。そして、「神の愛」に包まれる被造物の生き生きとした喜びの声が、フランチェスコが作った『兄弟太陽の賛歌』となったのでした。


無力になったフランチェスコは、「神の似像」として造られた自身も被造物であり、謙虚に全被造物と同列になって、宇宙における全被造物、大きな輝きである兄弟太陽、姉妹である月と星、兄弟である風と空気、雲と晴天とあらゆる天候、姉妹である水、兄弟である火、姉妹である母なる大地、色とりどりの草花を生み出す母と共に、神の恵みのうちに「いと高い、全能の、よい主」である神に、喜びと感謝の賛歌をささげることができたのです。


大きな輝き、太陽をはじめ全被造物とともに神の栄光と誉れを讃え、賛美したフランチェスコの明澄な心の境地は、一遍が「一切の事をすてて申す念仏」で示した念仏称名の究極の境地と同じではないでしょうか。



《絶対の安らぎ!》と《シャローム・平安!》を。









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by francesco1hen | 2011-05-04 23:06 | Comments(0)
2011年 05月 03日

フランチェスコと一遍の宗教的生活                「捨てる」という霊性について(6)

4階の部屋の窓のマンション屏風の風景の中にも、木々の若い緑の量が増えてきました。
樹木を吹き抜けてきたそよ風が肌に触れ,それが、心を喜ばせる季節になりました。


フランチェスコと一遍の思想の平易さと単純性

フランチェスコの霊性と行動(宗教的生き方)の特徴は、福音の言葉を文字通り実行するという単純性でした。それはキリストの貧しさに倣い、福音の呼びかけに応える単純な生き方と福音書の言葉を伝えつづける生涯でした。

13世紀までの教会は、ローマ教皇を頂点とする位階制と修道院の財産の豊かさなどに示される世俗的な姿、また、神学の権威によって飾られ、民衆からはほど遠い存在でした。11世紀から始まった修道院の「貧しさへの改革」、12世紀からの貧しさを求める民衆の「使徒的生活」「福音的生活」の運動は、人々に聖書の言葉をより身近に感じさせていました。

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フランチェスコの「財産放棄」

学問的教養が必ずしも豊かでないフランチェスコにとっては、聖書の言葉、すなわちキリストの言葉を信じ、これに忠実に従うことがいちばん重要なことでした。彼には、文字通りの聖書の言葉を単純に守り、これを実行するより確実な道はありませんでした。

神に信頼し、神が望まれることのみを求める「単純な霊性」、キリストの姿と福音の言葉に従う生き方は,フランチェスコ個人にとどまらず、その兄弟たちによって、また、それはドミニコ修道会「カトリックの貧者」の運動とともに13世紀の新しい霊性として、時代の多くの人々に受け入れられたのでした。

わが国の鎌倉時代仏教の特徴の一つは教えの簡易性です。奈良・平安時代初期の仏教は、鎮護国家のためのものでした。平安時代は、貴族の立身出世や無病息災を願う、社会化された仏教でした。

法然や親鸞らによって切り開かれた鎌倉新仏教は、外来思想であった仏教が日本人自身のものとなり
その宗教的要求に応える日本的な信仰となったという重要な意味を持っています。

浄土教に例をとれば、法然、親鸞の専修念仏は、阿弥陀仏の名をとなえることによってのみ往生できるという教えです。口で称える念仏という単純な信仰行為にもかかわらず、それが呪術的な性格を超えて、精神的な救済に高められたという重要な意味を持っています。

「南無阿弥陀仏」によって衆生と仏が一つになると説き、釈迦の生き方に従い,念仏札を配ることに生涯を賭けた一遍の教えも、その単純性において、フランチェスコと同列に並ぶものでした。

このように両者の霊性(宗教的生活)にはよく似たところがあり,彼らの生き方の根底となったものや究極的に求めたもの何かという興味も湧いてきます。また、彼らの宗教的生活はどのような世界を広げたのか、ということも興味のあるところです。


「神の平和が与えられますように!」《シャンティ・寂静》







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by francesco1hen | 2011-05-03 23:20 | Comments(0)