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2012年 04月 22日

《八重桜》が美しく咲きました!

《八重桜》が美しく咲きました!

花といえば「さくら」です。古来日本人はこの淡紅色の花容をことのほか称え、爛漫と咲くさま、散るさまを愛おしんできました。吉野山を始めとする名所が各地にあります。古くは西行を始めとして、まことに多くの歌人たちがこの花を詠んできました。西行はこう詠んでいます。

   吉野山こぞの枝折の道かえて まだ見ぬかたの花を尋ねん

   なにとなく春になりぬと聞く日より こころにかかるみ吉野の山

   吉野山梢の花を見し日より 心は身にもそはずなりにき

桜といえば、ソメイヨシノ(染井吉野)がもっとも有名です。それはそれで美しいかぎりですが、近くの名も知られていない公園の《八重桜》が今年も美しく咲きました。八重桜といえば、なにか厚ぼったい感じがするものが多いのですが、ここの八重桜の花びらはとても薄く透き通るような美しい花姿を見せてくれています。


これをぜひ見てほしいと思い、アップしました。ご覧ください!

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                  吉野山花の散りにし木のもとに とめし心はわれを待つらん
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by francesco1hen | 2012-04-22 18:00 | Comments(0)
2012年 04月 22日

江の島弁財天道標 (藤沢市指定重要文化財)

[ 江の島弁財天道標 ]

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藤沢市内には、市指定重要文化財「江の島弁財天道標」十二基が残されています。いずれも火成岩製のほぼ同じ大きさの尖塔角柱のもので、うち九基には正面に「えのしま道」、左右に「一切衆生」「二世安楽」と刻まれています。正面上部の梵字(サンスクリット文字)は、弁財天の種子(しゅじ)「ソ」と刻まれています。

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藤沢市役所の脇に置かれている「江の島弁財天道標」

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道しるべをかねて、道中する旅人の現世および来世の安楽(幸福)を祈念した造立者の温情が偲ばれます。十二基中、片瀬の西行もどり松脇の一基第四面には「西行もどり松」と刻み付けられており、その昔、西行も江の島弁財天に参詣したのかと思い巡らすこともできます。

江の島は江戸時代の参詣・物見遊山の名所として賑わいを見せていた場所、とくに江島神社の「裸弁天」は人気抜群であったようです。多くの旅人の便宜を図って「えのしま道」道標が造立されていたものと考えられます。

平穏無事で、平和な安らぎのなかで暮らしていた人びとに比べて、現代の人びとは、この道標に刻まれた「一切衆生」「二世安楽」の言葉を読んでなにを感じ、なにを考えるのでしょうか?






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by francesco1hen | 2012-04-22 16:37 | Comments(0)
2012年 04月 21日

旧福原家長屋門 (藤沢市指定重要文化財)

[ 旧福原家長屋門 ]

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藤沢市指定重要文化財(建造物)として平成18年(2006)5月24日に指定されました。
規模は、正面間口15,39メートル(50,8尺)、奥行42,4メートル(14尺)、建築年代 江戸時代後半です。

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福原家は市内渡内の旧家で、江戸時代には名主を務めていました。天保10年(1839)には福原高行・高峯父子によって『相中留恩記略』(市指定文化財)が編纂されましたが、その屋敷は「左平太宅」として同書に描かれています。

長屋門とは、門の両脇に部屋(長屋)を備えた建築のことで、江戸時代の末頃から上層農家の格式を示す建物として、屋敷の入り口に建てられることがありました。そのような長屋門の場合は、門に接する部屋を倉庫や納屋・馬屋などにすることが多かったようです。

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この長屋門は、神奈川県かでも比較的大規模な建築で、建築当初の状態をよく残していることから、
江戸時代末期の名主屋敷の暮らしぶりや地域の建築文化を知る上で貴重な歴史資料です。

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長屋門の正面です

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門の内側から見たところです

藤沢市は福原家から建物の寄贈をうけ、新林公園内に移築復元し市民の共有財として長く保存することにしています。

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長屋門の後ろ側からの眺めです
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by francesco1hen | 2012-04-21 17:21 | Comments(0)
2012年 04月 21日

古民家 旧小池邸 (藤沢市指定重要文化財)

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藤沢市の新林公園には、市指定の重要文化財(建造物)が2件あります。四季を通じて美しい景観を作ってくれます。


[ 旧小池邸 ]

旧小池邸は、江戸時代天保十二年(1841)に棟上げされた建物で、藤沢市の文化遺産として昭和58年(1983)に新林公園内に移築復元し、永久有保存されることになりました。そして平成11年(1999)2月12日に市指定重要文化財に指定されました。

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小池家は市内柄沢の旧家で柄沢村の名主でした。名主の屋敷に相応しく、この建物は建築面積171,4平方メートル(約52坪)の寄せ棟造りの茅葺き屋根、土壁、石基礎で土台に栗が使われています。
二間半の式台と立派な座敷を備え、名主の住宅の格式をよく表わしています。

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小池家の先祖は足利尊氏に仕え、江戸時代になって柄沢に移ったと伝えられています。江戸時代には代々柄沢村の名主であったそうです。

旧小池邸を訪れたのが3月3日でしたので、座敷にはおひな様が飾ってありました。

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by francesco1hen | 2012-04-21 16:37 | Comments(0)
2012年 04月 09日

[ 6 ] 平和・平安と幸福について (つづき2)

(3)本当の平和と幸福とは?

人間が、地上で暮らす以上幸福な暮らしを求めるのは当然なことです。そのためにはあらゆる努力をする必要があります。そのようなごく当たり前の平穏無事な生活が続くよう願うのが自然です。

それがなかなか実現しないので、地上のものが過ぎ去っても変わらない不滅のものを人類は求めてきました。そして、来世における《永遠の命》こそ、求められてきたものでした。


[ 諸宗教の究極の幸福 ]

イスラエル宗教(ユダヤ教)では、神ヤーウェと人間との密接な関係を保つことが幸福と考えられてきました。神がイスラエルの民に与える幸福は、民がヤーウェの言葉に聞きしたがい、「あなたはわたしたちの神」というとき、そして神が「あなたたちはわたしの民」というとき、イスラエルの民はヤーウェの神のもとで幸福となります。ヤーウェの神の愛と憐れみによって民を救うときイスラエルの民の幸福は保証されます。このように、神と民との関係が《幸福》の根拠になっています。


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ユダヤ教のシンボル 「ダビデの星」            シンボルのハヌカ(7本の燭台)



キリストの教は、「まず、神の国を求めること」が、完全な幸福への道であることを示しています。恵み深い神に信頼し、この世の力となるものに頼らず、自分を神にゆだね神のみ旨にしたがって生きるあり方を幸福いといいます。《幸福》は、地上ではなく「神の国」にあると教えています。

有名な山上の垂訓で、幸いな人とは、「心の貧しい人」「悲しむ人」「柔和な人」「正義に飢え渇く人」「憐れみ深い人」「心の清い人」「平和を実現する人」「正義のために迫害される人」とされ、「天の国」(神の国)は、その人のものである、と説いています。

このような人びとが天の国で最高の幸福に招かれるという考え方は、古代的価値観とはたいへん違います。現代の価値観も程度や規模の大きさこそ違いますが、古代的価値観と変わらないものとなっています。だから、キリスト教的幸福観はなかなか受け入れ難いものと考えられています。しかしこの考え方に生きている人びとが多いということも動かしがたい事実です。


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ロココ様式の天井画「天の国」への憧れ           パオロ女子修道院(コレッジョ 1516)




イスラム教徒がいだいている幸福、つまり人間の理想の状態とは、信仰生活を守り、神アッラーの祝福、すなわち恩恵を受け、来世における救いをえて天国での究極の幸福をえることです。このため六信五行(神、天使、経典、預言者、来世、天命を信ずること。信仰告白、礼拝、断食、喜捨、メッカへの巡礼を守り行うこと)が大切にされます。イスラムの信徒はどのような階級であっても、これを平等に行います。
  
これを守るのがイスラム教徒です。ところで、この《イスラーム》とは、どのような意味をもっているのでしょうか?

《イスラーム》は、一般的に「アッラーへの服従」「アッラーへの帰依」と理解されていますが、実は、さらに深い意味があります。アッラーへの服従、帰依によって「アッラーとモスレム(イスラム教徒)の円融無障の一致にいたる」という意味があるのです。イスラム教徒にいおいては、アッラーの救いをうけて、アッラーの神となに一つ隔てのない、完全に「一つになる」ことが幸福といえます。神と完全に「一つになる」ことは、永遠の命に生きることに他なりません。


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イスラム教では聖像を描くことが禁止されていました。したがってモスク(礼拝堂)は、神秘的なアラベスクで装飾され神秘的な宗教的意味を示しています。




仏教の漢訳仏典で「極楽」と訳されているスカーラヴァティは「安楽(幸せのあるところ)」の意味です。仏教がしめす理想の境地は「涅槃・寂静」、現代語に訳せば「絶対の安らぎ・平和」です。そのためには、心身にまとわりつき心をかき乱す一切の妄念・欲望、苦しみから解放される必要があります。

大乗仏教の影響の強い日本の仏教では、最近は本当の幸福に入るためには「大いなる命」(仏)に包まれて永遠の幸せになると教えています。「仏我一如」の境地を「大いなる命」に入ると表現しているのです。

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「大いなる命」とは阿弥陀如来                           救いに来る「来迎三尊像」






[ 本当の平和と幸福 ]

ヘブライ語の《シャローム》には、平和・平安という意味がありますが。その上この「ことば」には多義的な意味があります。そこには、健康、健全、繁栄、充実、充満、完全の意味があり、その上での平和・平安であるといえます。さらに思うことは、これが幸福であるという状態の意味です。したがって、平和・平安が、幸福の姿であるといえます。

この平和・平安の意味は、単に戦争のない状態を意味するだけではなく、神の恵みに満たされて欠けるとこなく完全に満たされている状態のことを意味しています。シャロームの善いものの充満、完全に良い状態が,平和・平安であり、幸福なのです。

最後の晩餐のときイエスは「わたしはあなたたちに平安(平和)を残す。わたしの平安(平和)をあなたたちに与える。この世が与えるようには、わたしは与えない」(ヨハネ 14 , 27)と弟子たちに告げました。この平安は、神から与えられる安らぎであり、平和・幸福の意味があり、イエスの救いの意味があり「救われたものの喜び」を与える、と解することができます。

また、イエスが復活したのち、弟子たちに現れたとき「あなたがたに平安(平和)があるように」と告げた意味も、神と人間が「一つになる」完全な状態を表わしています。

「一つになる」完全な状態とは、これも最後の晩餐の夜、弟子たちに告げられた次の言葉がよく示しています。
「わたしが父の内におり、あなたたちがわたしの内におり、そして、わたしがあなたたちの内にいることを,その日あなたたちは悟るであろう」(ヨハネ 14, 20)。

その日とは、天国に入ったときのことです。つまり、天国に入ったとき「神と一つ」になり、「永遠の命」に生きていることを知るのです。これを《愛の完成》といいます。 

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        フラ・アンジェリコ  復活後マグダラのマリアに現れたキリスト



「神と一つになる」ということは、キリスト教でも、イスラム教でも究極的な目標であり、それは平和・平安な最高の幸福の状態を意味しています。仏教においても「仏我一如」「大いなる生命」に入ることは、「絶対の安らぎ・平和」であり、安楽(幸せ)のあるところにいることです。

このように諸宗教の究極のシャローム、平和・平安、そして幸福は、来世における神秘「永遠の命」に生きることにおいて与えられるものです。 

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by francesco1hen | 2012-04-09 12:33 | Comments(0)
2012年 04月 06日

[ 6 ] 平和・平安と幸福について (つづき1)

(2)幸福とは? 幸福を求めない人はいない!

[ 幸福の国ブータンから国王・王妃が来日 ]

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昨年2011年11月15日から6日間、ブータン国王・王妃が日本を訪問されました。好感を持たれた国王夫妻は、各地で大変な歓迎を受けました。わが国の人々は国王夫妻はもとより、ブータンという国に対しても親しみをもつようになりました。

各地を訪れた国王・王妃の姿に接し、尊敬やより深い親しみを感じ、また、数多くの感動の場面をみることができました。また、この国が、GDP(国民総生産)ではなくGDH(国民総幸福度)を重要視し、国家の第一の目標にしていることは、わが国の多くの人々に日本や世界の方向を考え直す切っ掛けになったのではないでしょうか?

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幸福の国ブータンの国旗と国章 
幸福が一杯つまっているような国旗と国章
精神的な豊かさがよく感じられます。





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ワンテュク国王が国会で演説する姿

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過酷な災害地・福島を訪れ、亡くなった人々の冥福を祈る国王夫妻の姿は感動をよびました。

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国王夫妻の美男・美女のいでたちは,圧倒的な支持と歓迎をよびました。国王夫妻のファンが続出する姿でした。好感度を上昇させた二人のアツアツの写真です。     ♥☂♡ ☀


[ 歴史のなかで人間がもとめた幸福 ]

「幸福とは何か」ということをグーグルで検索しましたら、なんと2,460万件の情報がでてきました。幸福ということにいかに多くの関心が寄せられているかが分ります。また多くの人が幸福論を発言していることも知ることができます。にもかかわらず、幸福を実感している人が少ないのはなぜでしょうか。幸福論に満ちあふれているのに幸福ではないとは皮肉なことです。幸福論は永遠の課題であるといっても過言でありません。

古代ギリシア・ローマの賢人たちは、幸福は魂(精神)のあり方であると言いましたが、一般人には通用しませんでした。この世界では、知識・権力・財産・快楽が価値あるものと考えられ、これを幸福の源としていました。

これに対してキリストは、古代的価値観を否定し、地上のものではなく「神の国を求めるように」という新しい価値観を説きました。ヨーロッパ中世では,神の国に幸福が求められましたが、近代にはいると、現実的に人間主義的に幸福が求められました。

産業革命がヨーロッパで支配的な生産活動の時代にはいりさまざまな問題が起きると、最大多数の最大幸福を社会改革の原理とするようになりました。資本主義の弊害を正すための社会主義が生まれましたが、幸福は実現することはなかなかありませんでした。

現代までは、大量生産・大量消費社会へとつき進み、グローバル化が進むにつれて大銀行・大企業のみが利潤をあげ、貧富の格差は先進国や発展途上国でも差別なく増大するばかりです。経済が発展してもその恩恵によくさない人々がますます多くなりつつあるのが現状です。


[ 国民総幸福度(GDH)]

国民総生産(GDP)を第一に考える経済発展だけでは、貧困問題や環境破壊や文化喪失を解決できず、GDP増大が必ずしも国民の幸福に直結しないということが明らかになってきました。

1972年ブータン王国では、前国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」政策が始まりました。物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさを尺度に入れた「幸福度」をベースにしたGDHの考え方をとり入れた「国民の幸せ」を目指すとり組みです。

政策の柱は次の4つです。
(1)健全な経済発展 (2)文化の保護と振興 (3)環境の保全と持続的利用 (4)よい統治

目標は、数字ではかるのではく国民の幸福を増大するために何をなすべきかを考え、検討し実施することにあります。どの国でも真剣に考え直さなければならない課題ではないでしょうか。

しかしながら、幸福という問題はもっと別な角度からみなければならいものであることも確かです。


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               京都・智積院本堂前の爽やかなコブシの花
                 
                 花をみて楽しむことも幸福です。
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by francesco1hen | 2012-04-06 16:57 | Comments(0)
2012年 04月 04日

[ 6 ] 平和・平安と幸福について

(1)人間が都市に求めた平和と幸福

[ 平和の街 エルサレム ]
イスラエル共和国の首都エルサレムの意味は何でしょうか。イスラエル人の挨拶は《シャローム!》です。ガザ地区のパレスティナ人は《サラーム!平和》と挨拶します。それで、イル・シャローム(平和の町)が、ヘー・イエルサレームとなり、エルサレムは、平和のあるところ、「平和の街」の意味になっています。


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ちなみに、民族や国の名前イスラエルは「神は支配する」という意味があり、古代ヘブライ王国の名声高いソロモン王には「平和をもたらす者」という意味があります。

ユダヤ人にとってエルサレムは「神の都」です。また三大宗教の「聖地」でもあります。そして、エルサレムという街が「平和の街」という意味をもっていることは意外で、また不思議な氣がします。



[ 円形都市 バグダード ]
平和の都市というのは、エルサレムだけではありません。円形都市で名高いバグダードも実は、イスラム帝国ウマイア朝時代に3代カリフのマフディー(在775−785)が、「平安の都」を意味するマディーナ・アッサラームの名を与えれた新バグダードを造っています。


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                     *



     《 世界の各地で、平和・平安が保たれることを祈ってやみません! 》




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この平安の都には、北西にシリア門、南西にクーファ門、南東にバスラ門、北東にホラサン門の4つの門があり都市人口は100万人であったといわれました。円形は、円満・完全(すべての善いもので充ち満ちて、欠けているところがない)を象徴しています。
図の右側の徴は、法輪で仏陀の象徴であるとともに、その教法の象徴です。円形都市にちなんで並べられたものと考えられます。



[ 唐の長安と平安京 ]
この時代の唐の長安も最も規模の大きい都市で人口100万の国際的都市の偉容を誇っていました。
この長安に倣ってわが国では、桓武天皇によって平安京が造営されました(794)。


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「長安」も平安が長く続くことを願って造営されたものと考えられます。わが国でも都がいつまでも繁栄して人々が平安のうちに生きられることを願ったに違いありません。


エルサレム、バグダード、長安、平安京の姿や名前を見ると洋の東西を問わず平和・平安の都市を理想としていたようですね。それは人々に安寧や幸福をもたらす処であったと思われます。
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by francesco1hen | 2012-04-04 23:34 | Comments(0)