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2012年 05月 23日

6月4日は《 聖霊降臨の主日 》です(2017)

復活祭の40日目今年は5月25日(木)がキリストの昇天に当たります。しかし日本では、その前の日曜日 (2017年5月21日)に「キリストの昇天の祭日」を祝います。その2週間後の日曜日6月4日には《 聖霊降臨の祭日 》を祝います。ペンテコステは、ユダヤ教の祭日で五旬祭(ペンテコステ)といいます。聖霊降臨があったのは復活の50日目であったので聖霊降臨の日を《ペンテコステ》とも言います。

キリストは昇天する前に、弟子たちに聖霊を送る約束をしていました。聖霊は、《 三位一体の神 =父なる神、神の子キリスト、聖霊 》の聖霊です。この聖霊が、キリストの昇天の10日目に集まっていた使徒たちの頭上に降ったことを「聖霊降臨」といっています。まず、描かれた絵を見てみましょう。

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新約聖書の使徒行録(2, 1 - 13)は、聖霊降臨の情景を次のように記しています。

 五旬祭の日がきて、みんなが一つ所に集まっていた。そのとき突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ彼らが座っていた家中に響き渡り、炎のような舌が現れ、分かれておのおの上にとどまった。すると、みんなは聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、さまざまな他国の言葉で語り始めた。

 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国からきた敬虔なユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の者が集まってきた。その人々は、それぞれ自分の国の言葉で使徒たちが話すのを聞いて、あきれてしまった。そして驚き怪しんで、「話しているこの人たちは皆、ガリラヤ人ではないか。それなのに、わたしたちは、めいめい、生まれ故郷の言葉を耳にしている。・・・・・ 」

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エル・グレコの《 聖霊が使徒たちに降臨する 》

上の右は、エル・グレコ 《 キリストの復活 》の一部


































キリスト教国では、聖霊降臨の祭日は、降誕祭(クリスマス)と復活祭(イースター)とならぶ「三大祭日」になっていて、盛大に祝われます。その理由は次のようなキリスト教的な歴史の見方(歴史観)によります。

キリスト教では、歴史を三つの時期に分けています。世界の創造にはじまる「旧約聖書の時代」、救い主による救いのわざが行われた「新約聖書の時代」、聖霊降臨にはじまる「教会の時代」の三時代です。その意味を短くいえば、「創造・救い・救いの継続」の歴史ということになります。
そして、歴史・世界の終末によって、永遠の神の国が来る(救いの完成 = 愛の完成がおこなわれる)というのが歴史の究極の姿であると考えています。

聖霊降臨はキリストの教会の成立を意味し、その教会は、キリストの救いのわざの継続を、全世界に、地の果てまで、キリストの福音を述べ伝えることによっておこなうわけです。聖霊降臨の祭日は、教会の成立、救いのわざの継続を記念し、この意識を高めることを祝う祭日です。
また、究極の目標である《救いの完成》《愛の完成》を目指す大切な記念日であるともいえます。

だからキリスト教国では、盛大に祝われるのです。写真左は、フランスのシャルトルの大聖堂で行われている聖霊降臨祭の情景です。(シャルトルの大聖堂は「大聖堂の女王」と呼ばれています)
右は、フランス・ヴェズレーの聖マドレーヌ聖堂のタンパン(入口上部の半円形部分)の彫刻《キリストを中心にする聖霊降臨》

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フランスの偉大な作曲家 オリヴィエ・メシアンは、1950年に《 Messe de la Pentecote 》(聖霊降臨祭ミサ)という5楽章の30分ほどのオルガン曲を作りました。神秘的な輝かしい音楽です。《ラサンション》と同じように、各楽章に相応しい言葉をつけています。

(1)入祭唱「炎の舌」炎のような舌が現れ、分かれておのおのの上にとどまった。(使徒行録 2, 3)
(2)奉献文「目に見えるもの、目に見えないもの」(二ケア信条のある1節から)
(3)奉納の祈「知恵の賜物」その方(聖霊)が、すべてのことをあなたたちに教え、わたしが言ったことをす      べて思いださせてくださる。
(4)聖体拝領唱「鳥たちと泉」湧き出る泉は神を讃え、空の鳥も神を称える。
(5)閉祭の歌「聖霊のかぜ」突然、激しい風が吹いて、家中に響き渡った。(使徒行録 2, 2)






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by francesco1hen | 2012-05-23 18:33 | Comments(0)
2012年 05月 20日

5月21日は、《 キリストの昇天 》の主日です。(2017)

[ キリストの昇天 ] 

カトリック教会では、今日、キリストの昇天がミサ(礼拝)で祝われます。(20147_5_21)

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ジョット 《 キリストの復活 》 (キリスト、はじめにマグダラのマリアに姿を現す)

キリストは、復活後の40日目に弟子たちの前で、オリベト山から天に上げられました。40日目は木曜日になるのですが、日本では、その木曜日の前の日曜日にキリストの昇天が祝われます。

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ジョット 《 キリストの昇天 》


新約聖書の使徒行録は、キリストの昇天を次のように伝えています。
 
 こう語り終わると、イエスは使徒たちの見ているあいだに上げられた。ひとむらの雲がイエスを包んで、見えなくした。イエスが上って行かれるとき、彼らは空を見つめていた。すると、そのとき突然、白い衣をまとった二人の男が彼らのそばに立って、「ガリラヤの人たちよ、なぜ、天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたあのイエスは、天に昇るのをあなたがたが見たのと同じありさまで、またおいでになるであろう(終末におけるキリストの再臨)」と言った。

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                ロマネスク時代の《 キリストの昇天 》の挿絵


マタイ福音書は、イエスが地上を去るときの言葉をつぎのように記しています。

 さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスがお示しになった山に行った。そして、イエスを見て伏し拝んだイエスは弟子たちに近づき、次のように仰せになった。「あなたたちは行って、すべての国の人びとを弟子にしなさい。ー 父と子と聖霊のみ名に入れる洗礼を彼らの授け、わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい(使徒の使命)。わたしは世の終りまで、いつもあなたたちと、ともにいるのである。」

「わたしはいつもあなたたちと、共にいるのである」ということばが地上を去る最後の言葉でした。
マタイ福音史家が、イエス降誕にさいし、幼子について引用したイザヤの預言「その名はインマヌエルと呼ばれる」(この名は「神はわれわれと共にいます」という意味)は、天に昇ったあとにも「共にいる神」として、イエスにおいて成就されたことになります。
マタイ福音書の最初と最後に同じ意味のことばが出てくるのは、意味深いことであると感じています。

なを、《 キリストの昇天 》の絵について説明いたしますと。ジョットの作品は「キリストの昇天の情景」を絵がいたいたものです。これに対して、ロマネスク時代の挿絵のように、描かれている人物が正面を向いているような絵は、「キリストの昇天という教義」を示すことになっています。

                           
                            * 


20世紀最大の作曲家、フランスのオリヴィエ・メシアンは、1933年に《 ラサンシオン(キリストの昇天)》(L'ASCENSION)というすぐれた管弦楽曲を作曲しています。4楽章(31:05) の曲で、各楽章には、次のような言葉が添えられています。

  (1)父なる神の栄光を願うキリストの荘厳
  (2)父を求める魂の晴れやかなアレルヤ
  (3)トランペットのよるアレルヤ・シンバルによるアレルヤ
  (4)昇天するキリストの祈り

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         「ガリラヤの人たちよ、なぜ、天を仰いで立っているのか。」





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by francesco1hen | 2012-05-20 11:58 | Comments(0)
2012年 05月 17日

座間谷戸山公園(2)

座間谷戸山公園の野鳥観察小屋

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そよ風が心地よく吹いています。ここは湿生生態園で、この奥の方に水鳥の池があります。

この美しい水鳥の池には、季節になると(秋から春まで)いろいろな水鳥が飛来します。いつもいるのはカルガモですが、そのほかには奇麗なマガモ、可愛いコガモ、ひょうきんなカイツブリ、特徴のあるアオサギ、珍しいゴイサギなどが来るそうです。

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この水鳥の池のさらに奥の方には、木道の行く先に野鳥観察小屋が二カ所、野鳥観察ウオールが一カ所ありますその辺りに近づくと、標識が立てられており、大声などを出さないようにと人びとの注意を促しています。それはこの辺りが野鳥のサンクチュアリー(聖域)になっており、鳥たちの理想的な環境を作るためです。

耳を澄ますと小鳥たちの鳴き声がよく聴こえます。目を凝らせば鳥たちの姿もよく見えてきます。つまり野鳥の観察がよくできるために気を配っているのです。

公園に入ってからウグイスの鳴き声がよく耳に入りました。サンクチュアリーでは,姿は見えないながらも数々の野鳥の声が聞かれました。カワセミ、ヒヨドリ、シジュウガラ、オオルリ、ホオジロ、メジロなどたくさんの鳥たちがいるそうです。

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このような環境で野鳥の観察がよくできる場所になっています。まさに野鳥たちの天国です。


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                「善い羊飼い」2

      わたしは善い羊飼いである。善い羊飼いは羊のために命を捨てる。

      わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もある。
      わたしは、その羊をも導かなければならない。
      彼らもわたしの声を聞き分ける。こうして、一つの群れ、一人の羊飼いとなる。

      わたしは自分の命を捨てる。再びそれを得るためである。
      それで、父はわたしを愛してくださるのである。
                          
(ヨハネによる福音書 10 , 11. 16 - 17 ) 

ここで、「命を捨てる」ということは、十字架の死によって人類を救ったキリストの「救いのわざ」を意味しています。そして、キリストの死からの「復活」という栄光をイエスに与えるのが父である神の意志(愛)であること示しています。


ヘンデルの《メサイア》第一部 20曲と第21曲では、良き羊飼いイエスの優しさを歌います。
 
 第20曲「主は羊飼いとして群れを養い」(良き羊飼いイエス) [ソプラノ]

  主は羊飼いとして群れをなしない、御腕をもって集め、小羊をふところに抱き、
  その母を導いて行かれる。 (イザヤ書 40 , 11)

  疲れた者、重荷を負う者は、だれでも彼のもとに来なさい。休むことが出来るであろう。
  彼は柔和で謙そんな方だから、彼の軛を負い、彼に学びなさい。
  そうすれば、あなた方は安らぎを得られる。 (マタイ 11 , 28 - 29 )

 第21曲「彼の軛は負いやすく、彼の荷は軽いからである」(イエスの福音) [合唱]

  彼の軛(くびき)は負いやすく、彼の荷は軽いからである。 


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                                 (マタイ 11 , 30 )
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by francesco1hen | 2012-05-17 21:14 | Comments(0)
2012年 05月 16日

座間谷戸山公園(1)

新緑爽やかな里山の風景(神奈川県立座間谷戸山公園)

谷戸山は、公園になるまではずっと昔から人びとの生活の場・里山でした。西の入り口近くの長屋門の前を通り本堂坂から伝説の丘の下を通って公園の北に抜けていく道は、昔は府中街道とよばれていた旧街道の一部になっています。南口に沿う県道や園内樹林をとおり抜ける道は、昔は巡礼街道や星の谷街道といわれていました。

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公園の南入り口の風景

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里山体験館の前から見た風景  この先に湿生生態園があります

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公園内には、田んぼや休耕田があります。現在田んぼが見られるのは里山体験館の近くだけですが、昔は今の水鳥の池やその奥まで広がっていたそうです。園内のあちらこちらで見られる杉やサワラが一列に並んでいるのは昔個人の土地と土地の境界に植えられたものがそのまま残っている姿です。

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そよ風吹く「水鳥の池」が美しい姿を見せていました

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よく見かける、昔の土地の境界木

また園内には、いろいろな石造物が見られます。庚申塔とよばれる石塔は、街道沿いに置かれ、塔には道標が刻まれているものも多く見られます。馬頭観音は、馬が急死した路傍などに建てられた場合もあると言われています。親しみのある道祖神は路傍の神として、集落の境、道の辻や三叉路などに祀られることが多く、村の守り神子孫繁栄、あるいは交通の安全の神として信仰されてきました。

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公園内に広くのびている木道 さわやかな散歩が楽しめます

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公園内の南口付近  まことに気持ちがいい里山公園でした


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               「イエスは善い羊飼い」


  わたしは善い羊飼いである。善い羊飼いは羊のために命を捨てる。

  わたしは善い羊飼いであり、自分の羊を知っている。わたしの羊もまたわたしを知っている。

  それは、父がわたしを知っておられ、わたしも父を知っているのと同じである。

  そして、わたしは羊のために命を捨てる。
                         (ヨハネによる福音書 10 , 11. 14 - 15 )


羊は人間で、この言葉は、イエスと人間の関係を示しています。ここで「知る」は、単に知り合うという意味ではなく、両者のあいだの深い信頼と愛の関係、心の交流があることを意味しています。
ヘブライ語で「知る( da'at )」には、愛という意味があります。神を知ることによる親しさ、です。


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by francesco1hen | 2012-05-16 21:38 | Comments(0)
2012年 05月 07日

(2)大船フラワーセンターの《スイレン》

《睡蓮》といえば ?

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《睡蓮》といえば、クロード・モネの睡蓮の連作を思い浮かべます。モネ(1840−1926)は、印象派を代表するフランスの画家です。「光の画家」の別称があり、時間や季節ともに移り変わっていく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した画家でした。

モネは印象派の画家でもっとも長生きし、20世紀になっても《睡蓮》の連作を始め、数多くの作品を残しています。たとえば「モネ 睡蓮」で検索すると、画像検索結果として、まず、425以上の作品が出てきます。さらに見ようとすると、それからも無数の作品が出てきます。作品数の多いのに驚きます。

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                  花を見たときに思いだす言葉。


「着る物のことをなぜ思い煩うのか。野のゆりがどのように育つかをよく見なさい。ほねおることも、紡ぐこともしない。あなたがたに言っておく。栄華をきわめたソロモン王でさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。」     (マタイによる福音書 6 , 28 - 29) 〜 摂理への信頼 〜


       本当にそうだと思います。とにかく《スイレン》の花はキレイで美しいものですね。



                       *


                     
* 「迷える羊」  


ある人が百頭の羊を飼っていて、そのうちの一頭が迷い出たとすれば、その人は九十九頭の羊を山に残して、迷った一頭の羊を捜しに行かないであろうか。そして、もしそれを見つけたなら、その人は迷わなかった九十九頭の羊よりも、その一頭を喜ぶであろう。

このようにこれらの小さな者が一人でも滅びることは、天におられるあなた方の父のみ旨ではない。
                         
                                   (マタイによる福音書 18 , 10 - 14 )

                      ***

「小さな者が一人でも滅びることは、天の父のみ旨ではない」ということは、一人一人が神から大事にされていることです。キリシタン時代には、「お大事に」は、愛という言葉の意味で使われていました。「神の愛のうちにいますように!」という挨拶ことばとして使われていたようです。

魂が滅びないで、神の愛のなかで永遠の命を生きることが、慈しみ深い天の父の意思(愛)であるということが、「迷える羊」のたとえの意味であると思います。 



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by francesco1hen | 2012-05-07 11:08 | Comments(0)
2012年 05月 04日

(2)足利フラワーパークの《白藤》です。

「白フジ」は、いろいろな風情があって趣があります。それぞれの場所をえて、美しく咲いています。
その一つ一つを《 美しい ! 》と感じます。それぞれの趣を、えらんでお愉しみください!
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                    ゆく春の うしろを見せる 藤の花  小林一茶


                    薫風に 乗る旅愉し 幾山河      桜山居
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by francesco1hen | 2012-05-04 14:18 | Comments(0)
2012年 05月 04日

(1)足利フラワーパークの《黄藤》です。

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まずは、《フラワーパークの王者》ともいうべき「淡桃のフジ」です。 驚異的な貫禄がありますね!



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めずらしい「黄フジ」です。 人びとも好奇の目をかがやせていますね!                    そして、それに驚き、いがいな色の藤花すなわち《黄藤》を楽しんでいます。  そして、あなたも!
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by francesco1hen | 2012-05-04 12:14 | Comments(0)
2012年 05月 02日

藤沢市新林公園の藤棚です。

新林公園の藤棚が美しく咲いています。藤の花といえば、足利フラワーパークの藤が最高です。それでも、この新林公園の藤も見事で愛着があります。写真を見る限界はありますが、とにかく美しい姿です。

とくに旧福原家長屋門の端正なすがたを背景に見る藤の花はキレイです。

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「ゆく春のうしろを見せる藤の花」(小林一茶)と季節を象徴して4〜5月に薄紫(藤色)、あるいは白、淡桃、黄色、濃紫色の蝶形花が群がって咲きます。約9種類ある藤の仲間のうち、日本に野生するのは2種あります。多いのは標準名をフジというノダフジ(野田藤)で、青森から沖縄まで自生し、庭園ではよく棚作りにされています。つるは横から見て左巻きで、直径10cmにもなります。藤のなかでは、推定樹齢1000年余りの古木も現存するそうです。花房はふつう20〜60cmで、園芸品種は花房が1mになる「野田長藤」、八重咲きの「八重黒竜」などたくさんあります。

ヤマフジ(山藤)は,山陰を除く伊豆半島以西に自生し、つるは右巻きです。花房は10〜20cmと短いのですが、1個の花はノダフジより大きいのが特徴です。園芸上は、カピタン(花美短・甲比丹)という変わった名前を持っています。

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花を見ると感ずることですが、花が咲く姿は本当に《神秘です》。花を咲かせる遺伝子の力で、何千何万という種類の花が咲きます。遺伝子にそのような「力」を与えたものは何でしょうか。

遺伝子操作ということが行われますが、遺伝子にそのような力を与えたものは人間ではありません。人間はそれを利用しただけです。

花が咲くこと自体が神秘的ですが、そのようにさまざまな美しい花を咲かせる力を与えたものは、神秘としか言いようがない「神秘の存在」です。そのようなことをいつも感じます。


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           藤沢市引地川沿いの長久保公園には、このようなしゃれた藤棚もあります。
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by francesco1hen | 2012-05-02 11:36 | Comments(0)