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2014年 01月 19日

 大寒 (二十四節気・七十二候)

1月20日は、第二十四番目の節気「大寒」です。

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下田、爪木崎の水仙の花畑

大寒(だいかん)とは、一年中でもっとも寒さが厳しい頃のことです。日がしだいに長くなり、春へと向かう時期でもあります。

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 大寒の初候   「蕗の薹華さく」(ふきのとうはなさく)

蕗の花が咲きはじめるころ。凍てつく地の下で、春の支度が着々と進みます。

 候のことば  二十日正月(はつかしょうがつ)

正月の祝い納めの日として、昔は仕事を休むならわしがあったのが、一月二十日の二十日正月です。
新年の家事などではたらき通しであった女性が身体を休めるために里帰りをしたそうです。


旬の魚介、旬の野菜、旬の草花、旬の野鳥は、赤貝/小松菜/南天/アオジ です。


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 大寒の次候   「水沢厚く堅し」(みずさわあつくかたし)

沢の水が暑く張りつめるころ。日本の最低気温マイナス41度は、この時期にあります。

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 候のことば  春隣(はるとなり)

もうすぐそこまで春が来ているという意味のことば、春隣は冬の季語です。寒さがこたえる真冬の時期にも、かすかな春の予兆に向けては、暖かな季節に思いを馳せます。

旬の魚介、旬の野菜、旬の草花、旬の野鳥は、わかさぎ、みずな、福寿草、じょうびたきです。

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 大寒の末候    「鶏始めて乳す」(にわとりはじめてにゅうす)

鶏が卵を産みはじめるころ。かつて鶏の産卵期は、春から夏にかけてでした。今は ・・・ ?

 候のことば  節分

季節の移り変わり目にあたる 立春、立夏、立秋、立冬 の前の日がすべて節分とされていました。
一年の始めにあたる春の節分に重きが置かれ始めたのは、室町時代からでした。

旬の魚介、旬の果物、旬の行事は、めひかり(魚)・金柑・恵方巻(節分の夜、よい方向の恵方に向かって太巻きを丸かぶりすると、福がくるといわれます。)

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横浜市の菊名公園のキンクロハジロです。

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白井明大氏の『日本の七十二候を楽しむ ー 旧暦のある暮らし ー 』にもとづいて、二十四の節気と七十ニもの季節を紹介してきました。ここに、著者にたいして深く感謝するしだいです。



             *       *      *


                  詩編のことば


           わたしは神を愛する。神はわたしの声を聞き、
           日々、祈り求めるわたしに、心を留めてくださる。

           神は恵と慈しみに満ち、わたしたちの神は憐れみ深い。
           神は素朴な人の支え、わたしが疲れたとき、力づけてくださった。

           平和がふたたび わたしたちに訪れる。
           神はわたしを死から救って、涙をぬぐい、
           足がつまずかないように支えられた。

           わたしは神の前を歩む、神に生きる人々の中で。

                           ( 詩編 116 , 1 - 9 )             


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下田 爪木崎の崖の狭間

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横浜 菊名公園のキンクロハジロ






  
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by francesco1hen | 2014-01-19 17:12 | Comments(0)
2014年 01月 13日

「羊」という字は面白い、その意味の広がり 3

 「善い羊飼いイエス」

へンデルの《メサイア》第一部 旧約の預言とメシアの降誕・良い羊飼いイエス の第20曲[良き羊飼いイエス]で、イエスはつぎのような歌詞で歌われます。まず、アルト、または、ソプラノのアリアは、
イザヤ預言書のことばで「主は羊飼いとして群れを養い、腕をもって集め、小羊をふところに抱き、その母親を導いて行かれる」と、つづいてマタイによる福音書の「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも彼のもとに来なさい。休むことができるであろう。彼は謙遜で柔和な方だから、彼の軛を負い、彼に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」という言葉で歌います。
この後、合唱は、「彼の軛は負いやすく、彼の荷は軽いからである」と歌います。


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ギリシア・ローマの古代から、人が仔牛小羊を肩に担ぐならわしがありました。写真はB.C.6世紀のアルカイック彫刻のもので、アテネのアクロポリス美術館にあります。


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この写真は、ローマで見られる3・4世紀の古写本や石棺の浮き彫りをスケッチしたもので、杖にもたれ休んでいる羊飼いのローマ絵画を借用して、良い羊飼いイエスを表わしています。


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良い羊飼いイエスを表わす3世紀末のローマ風彫刻(ローマ・ナショナル美術館)


このように初代キリスト教は、イエスのイメージを良い羊飼いイエスのすがたで表わしていました。
いろいろな表現はありましたが、良い羊飼いイエスが主流でした。この表現は聖書の記述にもとづいています。   ヨハネ福音書10章11・14節には、つぎのようにでてきます。

「わたしは善い羊飼いである。善い羊飼いは羊のために命を捨てる。・・・・・ 
わたしは善い羊飼いであり、自分の羊を知っている。わたしの羊もまたわたしを知っている」。


4世紀の初めにキリスト教が、コンスタンティヌス皇帝によって公認されてから、迫害は中止されてキリスト教の聖堂が地上に建てられるようになると、キリスト像もかわってきました。良い羊飼いから皇帝より偉大な存在としてのキリストが表現されるようになりました。

それは、パントクラトール(万物の支配者・全能の神キリスト)という表現です。善い羊飼いであるキリストであっても、皇帝の黄金の衣服を着ている羊飼いです。つぎの写真の善い羊飼いは天国で憩っている信徒(羊たち)を見守っています。明らかにパントクラトールの影響がみられます。


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善い羊飼いイエス (モザイク) 5世紀初 ラヴェンナのガルラ・プラティディア廟


「迷える羊」や「見失った羊」を記しているマタイやルカの福音書の箇所も有名です。

「ある人が百頭の羊を飼っていて、そのうちの一頭が迷いでたとすれば、その人は九十九頭の羊を山に残して、迷った一頭の羊を捜しにいかないであろうか。そして、もし見つけたなら、その人は迷わなかった九十九頭の羊よりも、その一頭を喜ぶであろう。このようにこれらの小さな者が一人でも滅びることは、天におられるあなたがたの父のみ旨ではない」。(18 , 12-14)

ルカによる福音書では、「それを見つけだすと、喜んで自分の肩にのせて、家に帰り、近所の人々を呼び集めて、”いっしょに喜んでください。見失ったわたしの羊がみつかりましたから”と言うであろう。天においてはもっと大きな喜びがあるであろう」と記されています。(15 , 5-7)

マタイによる福音書の「最後の審判」について書かれた箇所(25 , 31 - 46)には、「人の子(キリスト)は、牧者が羊と山羊を分けるように、彼らを二つに分け、羊を右に、山羊を左に置く。・・・・・」この場面を描いたのがつぎのモザイク壁画です。


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山羊と羊を分けるキリスト 6世紀 ラヴェンナのサン・ヴィターレ大聖堂



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パントクラトール    11世紀末 ギリシア  ダフネ修道院

















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パントクラトール(救い主キリスト) 14世紀  アトス山のキランダリウー修道院

































  * 聖書では、「良い羊飼い」と「善い羊飼い」という二つの訳語があります。
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by francesco1hen | 2014-01-13 13:21 | Comments(0)
2014年 01月 12日

 ヨルダン川でのキリストの洗礼 

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ヴェロッキオによる「キリストの洗礼」  

左の二人の天使は、若い頃のレオナルド・ダ・ヴィンチが描き、その天才的才能が知られるようになったといわれています。


今日、2014年1月12日 カトリック教会では、二千年前ヨルダン川でキリストが洗礼を受けたことを記念する祝日でした。 





一番はやい時期に書かれた「マルコによる福音書」によると、イエスの洗礼のことは、つぎのように記されています。「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼をお受けになった。イエスが水の中からあがると天が開け、「霊」が鳩のように自分の上に降ってくるのをご覧になった。そして、天から声がした。”あなたはわたしが愛する子、わたしの心にかなう者”」。


この後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と、公の活動を始めました。


キリストの洗礼のとき、天から声がしてと書かれていますが、それは父である神の声です。イエスには、わたしが愛する子といい、イエスが父なる神の子であることを明らかにしました。鳩のようなすがたで「霊」がイエスの上にくだったという霊は、聖霊です。

イエスの洗礼の時に、「父である神」と「神の子キリスト」と「聖霊」の三っつのペルソナが、神の本質(愛)を同じくする唯一の神で、三位一体の神であることが明らかにされました。

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《洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けるイエス・キリスト》 

天の上から聖霊を送る父なる神のすがたも描かれています。  ジョットの「キリストの生涯」から

キリストの洗礼を記念する祝日には、イエスが父である神から愛された存在であること、父から愛されたキリストの愛によって人間は愛されていることを知ることが求められます。

思えば地上で「命」を受けたことだけでも素晴らしいことです。しかも、父からイエスが愛する子といわれたように、信徒は、洗礼によって父である神から愛されていることを意識しなければならいとキリストの洗礼の祝日は、呼びかけています。


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《主の洗礼》 ステンドグラス ドイツ ヘッセン州立美術館 1270-80年ころ
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by francesco1hen | 2014-01-12 18:32 | Comments(0)
2014年 01月 11日

「羊」という字は面白い、その意味の広がり 2

[ 善 と 良 ]は、どのように違うのですか?

前回のブログで、「善」は、神意裁判で神の意に適うことを善といい、「よい・ただしい」の意味になったことを学びました。

[ 良 ]は、「りょう」が音で、訓は「よい・まこと」。形は、長い袋の上下に流し口を付けて、穀物などを入れ、その量をはかる器の形。一説によると、風箱留実(ふうそうりゅうじつ)という器の形で、穀物に風を送ってもみ殻を取り去り、実だけを残す道具であることから、風箱留実は穀物の良否を選り分けて、よいものを選び出す道具であるから、「よい・まこと」の意味となる、といいます。

用例は、良医(名医)、良案、良計、良好、良書、など多数、とくに「良心」は大事な言葉です。


[ 義 ]は、前回でてきた字です。神に供える羊に欠陥がないことを確かめることを「義」といいました。このこととは別に、ある人が「義」という字を「我は羊なり」と読みました。

さらにそれを深く読んで、「イエス・キリストは神の小羊」と読みました。初期キリスト教時代から
「神の小羊」という言葉はありました。

ヘンデルの《メサイア》の第二部 [受難と復活から終末における救いの完成まで]の最初の曲。第22曲は、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」という歌詞です。それは、悲痛で荘重な響きをもった合唱によって始まります。

この言葉は、ヨハネ福音書の1章29節にでてきます。洗礼者ヨハネが、イエスが自分の方に来られたのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」と人々に告げたのです。その後で、イエスはヨルダン川で、ヨハネから洗礼を受けました。

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右端のスケッチは、十字架を背中に乗せている小羊が、聖書がおかれた祭壇の上にのています。祭壇の足の十字架の両側にはA(アルファ)とW(オメガ)の徴があります。それらはすべて神の子羊であるキリストを表わしています。

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イタリア・ラベンナのサン・ヴィターレ大聖堂 天井の中央が「神の小羊」です(6世紀)。


十字架の上で、人類の罪を贖う犠牲となったイエスは、生け贄の小羊にたとえられて救いのわざを果たしたのでした。

この十字架の救いの神秘を絵に表わしているのが、ベルギーのガンにあるサン・パヴォン大聖堂の「ヘントの祭壇画 神秘の小羊の礼拝」(c.1389-1441)です。12面が全部開かれると眼前に荘厳な神秘の世界がくりひろげられます。下部中央の大画面の台上に血を流してたたずむ小羊(キリスト)がいます。その周囲に群れ集まって「神の小羊」を礼拝する人物群が見えます。


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「世の罪を取り除く神の小羊」は、
ミサ曲(Kyrie. Gloria. Credo. Sanctus. Agnus Dei. )の最後の
Agnus Dei (神の小羊)で歌われます。日本語のミサでは「平和の賛歌」として、「神の小羊、世の罪を取り除きたもう主よ。われらを憐れみたまえ!」「神の小羊、世の罪を取り除きたもう主よ。わららに平安を与えたまえ!」と歌います。ラテン語では、ご存知の Dona nobis pacem ! です。







                     *

          平和・平安は、人間にはなくてはならないものです。



次回 3 では、「良き羊飼い・イエス」が、テーマです。
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by francesco1hen | 2014-01-11 15:46 | Comments(0)
2014年 01月 09日

「羊」という字は面白い、その意味の広がり 1

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[ 羊 ] (ヨウ、ひつじ) 羊の象形は、前から見た羊の形です。

羊を正面から見て、その角と上半身を写した形といわれています。羊の角から後ろ足までの全体を上から見て写した形は「美」です。正面から見た牛の形は「牛」ですが、牛は羊に比べて角が大きく書かれています。

羊は牛などとともに神に供える犠牲(いけにえ)として使われたり、羊神判(ようしんぱん)にも使われました。犠牲として神に供える羊に欠陥のないことを確かめることを「義」といいます。もとは牛の生け贄を「犠」といいました。

用例として、牧羊があります。それが牧師や司牧(司教や神父が信徒の世話をすること)という言葉になりました。 さらに、羊は「養う」という言葉になります。



[ 養 ](ヨウ、やしなう・そだてる)音符は、羊(ヨウ)。

『説文』に「供養するなり」と書いてあり、食物を供えて養うの意味としています。それから「やしなう、そだてる」の意味に用いられるようになりました。それから「羊を飼う」が生まれてきます。

用例としては、養育、養護、養子、養成、精神的な修養などがあります。



[ 窯 ](ヨウ、かま、かまど)窯は下部に 、、、、(火、烈火)を加えています。陶(偏を取る)は、窯で土器を焼く形です。窯で陶器を焼くと窯変が生まれます。「窯変天目茶碗」は、国宝級の高貴・貴重な茶碗です。



[ 善 ](ゼン、よい・ただしい) もとの字は、言言の間に羊を入れて「ぜん」という字。

この羊は、神判(神が裁く裁判)に用いる羊ににた神聖な獣(かたい)。言言は、神への祈りの文をおさめる器。
言羊言は、「かたい」の前で神判を受け、善否を決することを示しています。

このことから「善」は,裁判用語でした。のちに神の意志に適うことを善といい、「よい、ただしい」の意味になりました。また、「すぐれる、たくみな、したしむ」などの意味にも用いています。

用例、善悪、善意、善行、善処、善良、親善、独善など。 


設問: 「善と良」は、どのように違うのでしょうか?


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by francesco1hen | 2014-01-09 18:09 | Comments(0)
2014年 01月 03日

 小 寒 (二十四節気・七十二候)一月六日 (2015)

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1月6日は、第二十三番目の節気「小寒」(しょうかん)です。

 小寒とは、寒さ極まるやや手間えの頃のことをいいます。寒の入りを迎え、立春になる寒の明けまでの約一ヶ月が寒の内です。

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 小寒の初候   「芹乃栄う』(せりなさかう)

芹がすくすくと群れ生えてくる頃。春の七草粥をいただきます。

 候のことば    春の七草

春の七草は、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、なずな(蕪)、すずしろ(大根)。
一月七日の人日(じんじつ)に、今年も健康でありますようにと願って、春の七草のはいった七草粥をいただきます。

江戸時代には、七草を包丁でとんとんと叩いて調理するとき、歌を歌いながらしたそうです。

   草なずな 唐土の鳥と 日本の鳥と 渡らぬ先きに


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天白川(名古屋市天白区)の土手の金鈴子(きんれいし センダンの木の実)


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天白川の土手の金鈴子と遠くに見える風景  実は向こう岸です



 小寒の次候   「水泉動く」(すいせんうごく)

地中では凍っていた泉が動き始めるころ。十日まで供えていた鏡餅は、十一日に鏡開きをします。


 候のことば   十日戎(とおかえびす) 

「商売繁盛で笹持ってこい」と景気のいい声を響かせるのは、十日戎の祭りのにぎわいです。
商人の街、大阪の祭りです。


 旬の野菜は、春菊。旬の草花は、柊(ひいらぎ)。旬の行事は、鏡開きです。

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藤沢市の引地川のオナガガモ


 小寒の末候   「雉始めて鳴く」(きじはじめてなく)

候のことば   小正月

 一月一日を大正月、十五日を小正月といい、旧暦ではちょうど満月を迎えます。新年最初の満月の日に、正月を祝っていたたのです。それで本来はこの日までが松の内でした。

 旬の魚介は、鮟鱇。旬の野菜は、蕪。旬の野鳥は、雉です。 臘梅もこのころ咲きます。

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引地川のアオサギ  ユニークなポーズが面白いです



            *    *    *


              詩編のことば



      神よ、あわれみと祝福を わたしたちに。            
      あなたの顔の光を わたしたちの上に照らしてください。
      あなたの業が世界に知られ、救いがすべての国に知られるように。

      諸国の民は あなたを称え、すべての民は あなたを賛美せよ。
      地は豊かに実り、神はわたしたちを祝福された。
      地の果てに至るまで、神をおそれ敬え。神は わたしたちを祝福された。

                             ( 詩編 67 , 2 - 8 )


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近くの公園で実っている夏みかん
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by francesco1hen | 2014-01-03 17:59 | Comments(0)