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2014年 07月 31日

ヴェネツィア最大のサン・マルコ大聖堂

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現在のヴェネツィアに残る最古で最大の教会はサン・マルコ大聖堂です。828年、建設中の新都市にエジプトのアレキサンドリアから使徒聖マルコの遺骨がもたらされ,それを祀る教会の建設がただちに開始されました。新都市は新しい政治的統合の象徴を求めていたのです。以来聖マルコはこの都市の守護の聖人となり,ライオンはこの都市の記章となりました。ライオンは聖マルコの象徴です。

しかし最初の教会は967年に火災で消失していまい、1063〜1073年にかけてドージェ(統領)のドメニコ・コンタリーニの尽力によって現在のすがたに再建されました。

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大聖堂は、ギリシア十字の平面からなるビザンティン様式の壮麗な建築です。全体はレンガで築かれ十字の各辺と交差部に大きな5つの円蓋(ドーム)を戴いています。基部の正四辺形は大地を表わし,円蓋は天を表わしています。この天地は世界・宇宙を表わしています。しかも,これを支配する者はパントクラトール(天地万物を支配するキリスト)です。聖堂の天井に描かれます。ナルテックス(玄関の間)の小部屋もそれぞれに小さな円蓋を戴き、全体にギリシア的ビザンティン的特徴をもった教会建築になっています。

装飾を仕上げるための工事は12〜14世紀をつうじて行われ,個性的な正面扉口や内部を覆いつくす黄金のモザイクが完成しました。そのため細部の装飾はロマネスク的であったり,ゴシック的であったり,イスラム的であったりします。この多様性がまた素晴らしいところです。

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内部のモザイクの大半は13世紀の作品ですが,身廊の最初の円蓋に描かれた《聖霊降臨》の場面は12世紀の作品です。床を飾る大理石のモザイクも12世紀のもので,地中海的な雰囲気をただよわせています。

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12使徒たちに聖霊が降臨する《聖霊降臨》の場面

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正面のモザイクにはキリストの受難の情景が描かれています。

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正面の祭壇前には諸聖人の彫像が並んでいます。その中央奥のキリストは、パントクラトール(万物を支配するキリスト)です。

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正面の祭壇

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中央に見えるのは説教壇 司祭の声は反響せず,すっきりと聞こえる音響効果抜群の大聖堂です。
唱われる聖歌の合唱の響きも実にすばらしく響きます。


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天地創造のようすや創造いらいの人間のようすが克明に描かれています。モザイクで描かれているものは、すべて旧約聖書や新約聖書の事跡です。つまりキリスト教の信仰内容がくまなく描かれています。

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ヴェネツィアの守護の聖人 聖マルコ使徒の像


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サン・マルコ大聖堂の横の海岸通  右に見えるのはサン・マルコ広場のシンボル・巨大な鐘塔です。
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by francesco1hen | 2014-07-31 16:13 | Comments(0)
2014年 07月 26日

北イタリア・ポンポーサ修道院の鐘塔

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ポー川下流の広大な三角州の中ほど、ベネチアとラヴェンナの間に6世紀に創建されたベネディクト会修道院ポンポーサがあります。この修道院は当初パヴィアの修道院やラヴェンナの司教座に従属していましたが、紀元1000年ころに独立し、大きく発展して周辺の地域を支配するようになりました(修道院領)。この時期に修道院長をつとめたのがラヴェンナ出身の貴族グィードでした。8世紀に建てられた修道院教会は、彼によって増築され今日のすがたを整えました。

この教会の身廊のアーチは9つあり、祭壇のある後陣は、1つから3つへと拡大され、入口にはナルテックス(玄関の間)が追加されました。さらに見事な鐘塔も建設されたのです。

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教会の正面はこの建築の中でもっとも豊かで個性的に装われた場所です。壁面のレンガの濃淡が美しい文様を描きだし、繊細に浮き彫りされた動植物の文様の帯が全体を引き締めています。

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この修道院教会でまず目をうばうのは、9層からなる見事な鐘塔です。ロンバルディア風の装飾に縁取られた各層にはそれぞれに窓があり、窓は上の層にいくほど広がりその数を増していきます。構造的にも意味があり、見るからに上にのびる軽快感が気持ちよく感じられます。

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ロマネスクやゴシック建築の教会堂や大聖堂の鐘塔は、人々の究極的な目標である天国への憧れをこれほどつよく表現するものはないと感じられるほどの建造物です。


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ポンポーサ正面玄関からの眺めです。これまで見て来たのは湿原の美しい緑にレンガの色が映えるポンポーサの大修道院のすがたでした。



             1993年春 北イタリア・ロマネスクの旅より
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by francesco1hen | 2014-07-26 11:32 | Comments(0)
2014年 07月 18日

ヴェネチア・ムラーノ島のサンタ・マリア・エ・ドナート教会

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トルチェッロ島のバシリカ(大聖堂)のサンタ・マリア・アッスンタ教会の塔が見えます。

ヴェネチアの付近には、全島がお墓のサン・ミケーレ島やベネチア・ラグーナ(潟)の北端にあるトルチェッロ島やリアルト諸島に近い,ムラーノ島などたくさんの島があります。

トルチェッロ島のサンタ・マリア・アッスンタ教会は、昔は司教座が置かれていた教会でした。7世紀に司教座大聖堂として創建され、ラグーナの中心として繁栄しました。9世紀には改築されたのですがリアルト島に新都心が建設されてからは衰退し,さらに11世紀初頭に教会が増築されたのですが、14世紀には完全に衰退して,今では家並みも消えて葦だけが生い茂る島です。しかし島のバシリカが往時の繁栄のすがたを残しています。


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司教座大聖堂(バシリカ)として塔も高く堂々とした建物です。


トルチェッロ島を後にして,ガラス工芸で有名なムラーノ島へ向かいました。

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リアルト諸島に近いムラーノ島は本土からの避難民たちによって拓かれた島です。やがて東方から伝えられたガラス工芸のアトリエがこの島に集まるようになり,13世紀にはヴェネチアン・グラスの産地として名声を確立しました。

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ムラーノ島のサンタ・マリア・エ・ドナート教会もかつては司教座が置かれたこともある教会で7世紀の創建,9世紀の改築をへて12世紀前半に現在のすがたになりました。

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こ教会はれんが造りの三廊式バシリカですが,翼廊をもっているところが12世紀のロマネスク建築の影響を感じさせます。

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中に入ると中央祭室の巨大ヴォルタの聖母マリアのモザイクが人の目を惹きつけます。また,足もとの床のモザイクにも驚かされます。描かれたキジはその肉が腐らないので復活を象徴しています。

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中央祭室のヴォルタ(半円蓋)に描かれたモザイクは、背景の黄金と聖母マリアの衣装の群青のコントラストが美しい長身の聖母マリアを描いた見事なものです。

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美しい聖母マリアのすがたを想いうかべながら,後ろ髪を引かれる思いでムラーノ島を離れました。




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          1993年春 北イタリア・ロマネスクの旅 より
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by francesco1hen | 2014-07-18 18:45 | Comments(0)
2014年 07月 09日

「文字だけのブログ」です。

 [ ジルベ−ル・ベコーのシャンソン ]

イエスは信ずる者にさまざまな約束をしました。いちばん大切なものは、信じる者に「永遠の命」を約束したことです。もう一つは、世の終りのときに、もう一度生身のすがたでわたくしたちのところに帰ってくる(キリストの再臨)という約束でした。

そのありさまを歌ったジルベール・ベコーのシャンソンがあります。絵のようなイメージを伴うシャンソンで、1970年の大阪万博にベコー自らが来日して歌った歌です。

このシャンソンの内容は、帰ってきたイエスと一人の子供との対話です。子供は質問をくり返し、その質問に対しイエスは一つ一つ静かにていねいに答えていきます。




              《 風天のイエス 》(仮りの題)



 遠くから来たの 遠くから来たの 遠くから来たの。      はい、非常に遠くから。

 長くかかったの 長くかかったの 長くかかったの。      長くかかったよ。

 どうして青い顔をしているの どうして青い顔をしているの
 どうして青い顔をしているの。                旅の疲れのためでしょう。

 飢えているの 飢えているの 飢えているの。         はい。

 子供がいるの 子供がいるの 子供がいるの。        子供ですか、はい、はい、います。

 絵がかけるの 絵がかけるの 絵がかけるの。        かけると思いますが。

 私に絵をかいてちょうだい 私に絵をかいてちょうだい
 私に絵をかいてちょうだい。                はい、どうぞ。

 あなたのおうちはきれいなの あなたのおうちはきれいなの
 あなたのおうちはきれいなの。               はい、とてもきれいです。

 どのようにして来たの どのようにして来たの
 どのようにして来たの。                  歩いたままで。

 お母さんがいるの お母さんがいるの お母さんがいるの。       はい。

 お母さんのお名前はなんと言うの お母さんのお名前はなんと言うの   
 お母さんのお名前はなんと言うの。                  マリアです。


[子供はふとイエスの手にクギの傷跡があることに気付きました。そして、われを忘れたようにたずねました。]


     あなたの手はどうしたの?    あなたのてはどうしたの!



                   *




このシャンソンの歌詞は、ペトロ・ネメシェギ神父の『ひまわり』(南窓社)という本に出ています。それを米田彰男『寅さんとイエス』(筑摩選書)が引用していました。

『寅さんとイエス』は、2012年から8刷も刊行され、寅次郎とイエスを比較して非常に面白く読ませ、かつ深い内容を教える、まれにみる優れた書物です。







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by francesco1hen | 2014-07-09 18:11 | Comments(0)
2014年 07月 07日

北イタリア コモ湖畔の「ホテル・ヴィラ・デステ」

ルネサンス風の豪華な「 ホテル・ヴィラ・デステ 」

非常にめずらしい初期ロマネスク建築の傑作、サン・ピエトロ・アル・モンテ教会を堪能して、青い水をたたえたアノーネ川を見下ろしながら、その日の宿泊地チバーテから西30キロの先、有名な保養地コモ湖畔の「ホテル・ヴィラ・デステ」に宿泊することになりました。

Villa d'Este は、ローマ近郊にあった貴族の別荘で、多くの芸術家が訪れ滞在したことで有名です。ホテル・ヴィラ・デステは、この別荘の一部を移築・再現したとも聞きました。

ちなみに、19世紀に Villa d'Este に滞在したピアノの鬼才フランツ・リストが、非常に美しいピアノ曲《エステ荘の噴水》という作品を生んだのも、この別荘の噴水の素晴らしさに感興をえたことによります。 なおこのピアノ曲は、次代のラベルの《水の戯れ》やドビュシーの《水に映える影》という作品を生む切っ掛けになったといわれています。

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このホテルの外観の美しさに、まず驚きを禁じえませんでした。

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さらに中に入って中庭を見ましたら、さらに驚きは・・・。  ご覧のとおりです。

内部の豪華さは、筆舌に尽くしえないというほどの豪華さでした。自分がこんなところにいるのは夢ではないか、というような感覚におそわれました。でも、この夢のようなホテルに宿泊したのです。

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今から30年ほど前に、ロマネスクの研究家が企画した「北イタリア・ロマネスクの旅」に参加したときの夢のような経験です。イタリアの春あさい時期のことでした。
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by francesco1hen | 2014-07-07 12:08 | Comments(0)
2014年 07月 07日

北イタリアの珍しい「ロマネスク建築の教会」(3)

[ サン・ベネデット礼拝堂 ]

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これまで見てきたロマネスク建築の傑作の一つであるサン・ピエトロ・アル・モンテ教会の門から外を眺めると、洗礼堂のような小さな建物が見えます。入口の外に立つとこのように見えます。

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建物に向かって歩いて行くと左側にこのような十字架が立っています。
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するとサン・ベネデット礼拝堂の入口が見えてきます。この門は南向きになっています。この礼拝堂の門が南向きであることはサン・ピエトロ・アル・モンテの東門と同じく、ロマネスクの教会堂の西側に門がある通常のスタイルと違い珍しいことです。

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サン・ベネデット礼拝堂の全体がよく分ります。
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サン・ピエトロ・アル・モンテ教会の近くにあるサン・ベネデット礼拝堂は、6世紀に創設された徹底した自給自足の「労働と祈り」をモットーとするベネディクト修道会の創設者 聖ベネディクトに従う人々が建てた礼拝堂です。

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礼拝堂に入ると正面に祭壇があり、祭壇にはキリストと聖母マリアと聖ヨハネ、そして聖ベネディクトを描いた壁画が残されています。

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祭壇から見て右側です

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右側の奥が祭壇です。祭壇の正面にはキリストと聖母と聖ヨハネが描かれています。

このサン・ベネデット礼拝堂では、修道士たちが日夜「聖務日課」を唱えていたに違いません。
そのことを追想すると彼らの聖務日課を唱える敬虔な歌声が響いてくるようです。


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東から見たサン・ベネデット礼拝堂 その向こうに見えるサン・ピエトロ・アル・モンテ教会




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                    [  詩編のことば ]


           あなたは恵と憐れみに満ち、怒るにおそく、慈しみ深い。
           その恵はすべてものに及び、慈しみは造られたものの上にある。

           神よ、造られたすべてのものはあなたを称え、                                 あなたに従う人は感謝して歌う。
           彼らはあなたの国の栄光を語り、力あるあなたの業を告げる。
           
           すべての人は、あなたの栄光を知るようになる。
           あなたの国は永遠の国。あなたの支配は世世に及ぶ。
           神は悩みのうちにある者を支え、倒れる者をすべて立たせてくださる。

                             (詩編 145 , 8 - 14 )


この詩編のこの箇所には、神ヤーウェの愛のことばが5つのうち4つが見られることで有名です。

神ヤーウェの愛のことばは、ヘブライ語のヘーン《恵み》、ケセド《慈しみ》、ラーミム《あわれみ》、ダート《知ることによる親しさ》です。そして、ここに出てこないのは、アハベ《愛する》です。いちばん広い意味をもった言葉で、英語の love に当たると考えられています。

これらの愛は、イエスによってすべて示され、行われた愛です。神の愛として《恵としての愛》は、アガペーのギリシア語で知られています。「神の愛、無償の愛、与えつくす愛」などと訳されている言葉です。






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by francesco1hen | 2014-07-07 10:57 | Comments(0)
2014年 07月 05日

北イタリアの珍しい「ロマネスク建築の教会」(2)

[ サン・ピエトロ・アル・モンテ教会 ](聖堂の内部)


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教会堂の入口で、聖ペトロと聖パウロのあいだに立って信徒を迎えるキリスト。


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入口のナルテックス(玄関の間)の両側には、二つの注目すべ壁画がありあます。

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右側の壁画は、迫害で棄教して後、教会に戻った信徒を迎えるマルチェルス教皇。

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左側は、改悛した信徒を迎えるグレゴリウス(1世)大教皇。


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腰板には、悪の象徴である「龍」と悪霊の表現である「キマイラ」の浮き彫りが見られます。



ナルテックスの二人の教皇の壁画のある天井には、「天の都エルサレム」(天国)が描かれています。
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天国のキリストは美しい自然の中にいるようです。自然の延長のようにとらえれていたようです。


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この奥の美しい柱の上方の天井には「天国の四つの河」が描かれています。
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聖堂の広い部分に入ると、繊細なスタッコ細工の美しい柱と三連アーチに囲まれた空間にさまざまなロマネスクの壁画群が現れてきます。そのうちの最も大きなものが、「黙示録の女」(大天使ミカエルの龍退治)です。

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左の方に横たわる聖母と幼子イエスを取り上げる産婆、イエスを襲うドラゴン、ドラゴンを退治する大天使ミカエル、そして中央に座している「栄光のキリスト」。いずれも見事な色彩とダイナミックな動きに満ち溢れています。 銘文には、つぎのように書かれています。

「人は弱り苦しむ。しかし赤き龍はほどこし物を喜ぶ。救い主は神のもとに上げられ、今や父なる神の座につき、栄光を授けられる。そこから罪人を追い落とし、彼らを大天使ミカエルの槍で貫かしめる」。
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龍を退治する大天使ミカエルと聖なる人々、その生き生きとした迫力のある表情が印象的です。



西側奥の後陣には祭壇があり、美しいスタッコ細工で飾られた祭壇天蓋があります。
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祭壇天蓋は、正面がキリストの「十字架の救い」・右側の「キリストの復活」・左側の「キリストの昇天」・裏側の「ペトロとパウロに使命を与えるキリスト」があります。
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チバーテ山の 「サン・ピエトロ・アル・モンテ教会」は、このように内外ともに豊かな内容をもった初期ロマネスク建築の最高傑作ともいわれる驚異的な特徴ある聖堂です。



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                     「ゼカリアの預言のことば」


           娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
           見よ、あなたの王が来る。
           彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗ってくる。
           雌ろばの子であるろばに乗って。

           わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
           戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が伝えられる。
           彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。

                            ( ゼカリア書 9, 9 -10 )

このゼカリアの預言書の記述は、新約聖書のマタイによる福音書の 21章1−11節の「イエスのエルサレム入城」の箇所で、成就されます。ゼカリア書の「王」とは、イエス・キリストのことです。

また、このゼカリア書のことばは、ヘンデルの《メサイア》第一部「メシアの降誕の喜び」を歌う第18曲の歌詞として「喜びと平和の知らせ」が歌われます。



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by francesco1hen | 2014-07-05 16:17 | Comments(0)
2014年 07月 04日

北イタリアの珍しい「ロマネスク建築の教会」(1)

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チヴァーテ山への道
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聖母マリアの祠 と チヴァーテ山の サン・ピエトロ教会への道標  村の海抜240m. 山の標高662m.




[ サン・ピエトロ・アル・モンテ教会 ](外観)

「西暦1000年を過ぎることおよそ3年、大地は教会堂の白い衣をまとうようになっていた」。これは10世紀末から1050年ころの修道士ラウール・グラベールという年代記記者の記録です。

これは11世紀から始まったロマネスク建築運動によって、アルプスの北の木造の教会堂がロマネスク様式の白い石造の教会堂に変り、広範囲の新しい建築によってあたかも全地が白い衣をまとったようだと表現したのでした。

じつはこのころ、ヨーロッパでは「至福千年説」が現実味を帯びてきて、世の終りに備えて、ふさわしくそれを迎えなければならないという意識が生まれていました。つぎの三つのことが盛んに行われるようになっていました。

その一つは、教会生活や修道院のあり方にかんする改革運動です。第二は、ふさわしく世の終りを迎えるときには、聖なるところに巡礼をしてそれに備えようとする巡礼の盛行です。エルサレム・ローマ・サンチャゴ・デ・コンポステラの3大巡礼地をはじめ、その他各地への巡礼が行われました。
第三は、ロマネスク建築運動でした。神に新しい教会堂を捧げることによって、天国に迎えられると信じて多くの人々が、この運動に加わったのでした。

急速に始まったロマネスク建築運動は、その地方独特の石材や建築意匠によって個性的な教会堂が、各地に建築されました。ロマネスクとは、ローマ風の建築のことです。個性的ではあっても共通する特徴があるので「ロマネスク建築様式」といわれます。

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サン・ピエトロ教会が頂上に近いところに見えてきました。
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サン・ピエトロ教会の入り口と手前にあるサン・ベネデット礼拝堂の一部が見えています。

サン・ピエトロ・アル・モンテ教会の入り口は東を向いています。通常ロマネスクの教会堂は、西側に入り口があり、ミサがおこなわれる祭壇は内部の東の奥にあるのが原則になっています。
ところが、このサン・ピエトロ教会は地形の関係で入口が東になっています。このことが珍しいことの一つです。

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第二の特徴は、教会堂の東西は半円形になっており、しかも、東の入口の付近は,大きな曲線を描くテラスによって囲まれていることです。外形は写真で見る通りですが、入口を入るとテラス(周廊)のようすがもっとよく分ります。

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長く伸びた石段を登り入口の前に立つと、聖ペトロと聖パウロを従えて大きく手を広げたキリストがわれわれを迎えてくれます。

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入口を入ると大きな半円形のテラスがあります。

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テラス内部から外側の入口の方を見たところ。

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半円形テラス(周廊)の美しいロマネスク・アーチの外の風景がまた美しく見えます。その上、このサン・ピエトロ教会の内部が、また美しいロマネスク建築と壁画の素晴らしさを見せてくれれます。




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by francesco1hen | 2014-07-04 18:02 | Comments(0)