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2014年 10月 29日

[ 9 ] 愛するハルキュオーネ

  ギリシア神話と叙事詩から

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船乗りの夫が帰る季節になっても戻ってきません。心配するハルキュオーネは、夫恋しさに鳥になってでも探しにゆきたいと願いました。その心根を哀れにおもった神々は、その願いを聞き入れました。鳥になったハルキュオーネは、空高く飛び上がり夫を探しまわりました。

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いっぽう、死体となった夫は妻が忘れられなかったのか、海を漂いながら妻の住む国へむかって流れていました。ハルキュオーネが夫の死体を見つけ、夫の体の上に止まりました。それを見た神々は哀れにおもって夫を鳥に変えてやりました。鳥になった二人は、愉しそうに彼方へ飛んでいきました。


                              *


ギリシアでは、ハルキュオーネという妻の名前から、ハルキュオンという鳥の呼び名ができました。その鳥は《 飛ぶ宝石 》といわれているカワセミ(翡翠)の一種だといわれています。

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                 *          *         * 



  《 [ 9 ] という数字について 》

ヨハン・セバスティアン・バッハは、数字についてあるこだわりをもっていた人でした。彼は楽譜の余白によく数字を書き入れることが、しばしばあったといわれています。

ある楽譜の余白に、Bach = 14 と書き込み悦になっていたようすでした。なぜかというと、イエスが12人の弟子たちと最後の晩餐をおこなったとき、ユダの裏切りを予告しました。ユダはその通りイエスを裏切りました。事の重大さに気付いたのか、やがてユダは首をくくって自殺しました。最後の晩餐でユダは13人目の人でした。つまりユダが自死したので、13は死を意味する数字になりました。

イエスが人間を救うため、自らを犠牲として十字架の上で死にました。そして、葬られたのち3日目に復活しました。死ののちの14は、復活を意味する数字でした。だからBach の14は復活です。
バッハはそのことを喜んだはずです。

もっと重要なことは、バッハの音楽の集大成といわれる《 ロ短調ミサ 》の傑作はたしかに数字にこだわった楽曲です。

その《 キリエ 》あわれみの賛歌は、「主よ、憐れみたまえ」という3楽章の楽曲です。つづく《 グローリア 》栄光の賛歌は、三位一体の神の栄光を讃える祈りの9楽章の楽曲になっています。さらに次の《 クレド 》信仰宣言の楽曲は、やはり9楽章の楽曲です。

3と9にこだわったのは、三位一体の神の三のペルソナの3にちなんでいるのです。その3の2乗、3×3= 9 になるから、9楽章になったのです。神にあわれみを求める《キリエ》の3楽章、三位一体の神の栄光を讃える《グローリア》も9楽章、信仰を宣言する《クレド》は、神に信仰を表明するためにも9という意味の深さを込めたようです。このように数字の意味を重視にして数を使うことを「数象徴法」といいます。バッハはこのことにずいぶん気を配ったようです。


                              * * *



次回は 2011.11.27《エピローグ》 新婚旅行のメッカ、スニオン岬の風景です。(なにかの間違いで、《ギリシア神話と叙事詩》シリーズの [8] 2011.11.26. につづくのが、この位置にきてしまいました。このシリーズは、2011.11.15. のブログから始まっています。)
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by francesco1hen | 2014-10-29 09:42 | Comments(0)
2014年 10月 25日

キリストのイメージの変遷(6) エピローグ

「キリスト教徒の魔方陣」 ポンペイの遺跡から

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正面の彼方に、ヴェスビオス火山の姿が見えます。

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ポンペイの街の広場からもヴェスヴィオス火山がはっきりと見えます。

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街は整然と造られていました。都市計画は見事なものでした。

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快適な居住空間であったようです。自然光が充分に採りいれられています。

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厨房・キッチンでしょうか。


                         *


「キリスト教徒の魔方陣」は、紀元79年ヴェスヴィオス火山の噴火で埋め尽くされたポンペイの遺跡から発見された碑文に刻まれていたものです。迫害下にあったキリスト教徒の秘密の通信文で、仲間同士が連絡を取り合っていたものらしいと考えれています。 

碑文にはつぎのようなローマ文字が刻まれています。


           R     O    T    A    S

           O    P    E    R     A

           T     E    N    E    T

           A    R    E     P    O

           S    A     T    O     R



[ R O T A S ] と [ O P E R A ] は、それぞれ「逆行する」文字ですが, [ T E N E T ] は、上下・左右ともそれぞれ「逆行しない」文字です。

真ん中の [ T E N E T ] は、十字架の形をしています。しかも [ T ] は、ギリシア語の [ タウ ] で、キリストの十字架を象徴しています。

[ R O T A S ] と [ O P E R A ]は、文字をある順番で読めば、 P A T E R N O S T E R (天におられる、わたしたちの父よ。・・・ と読めます。

この魔方陣には、キリストが弟子たちに教えた「主の祈り」(マタイ福音書6・9−13)が刻まれていることになります。キリスト教徒がこの魔方陣を見ると、それと分るのでした。キリスト教徒でなければ、これを読み取ることができないものです。だから秘密の通信文になったのではないでしょうか。

ちなみに、ROTAS には「回転する」、 OPERAには「業・仕事・労働」、 SATORには種を「播く人」という意味があります。 ロータリー・エンジンは Rotas から、手術のことを「オペ」といいますが 、opera が語源です。 Sator は、福音の種をまく、キリストや弟子たちのことでしょうか。


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by francesco1hen | 2014-10-25 11:53 | Comments(0)
2014年 10月 24日

キリストのイメージの変遷(5) 各時代のキリスト像

[ ローマ帝国時代 ]


[1] 記号で表わされるキリスト 

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キリストの頭文字の組み合わせ ΧΡΙ 記号的表象は、わたしたちの神についての知識や信仰によって、神のイメージの広がりを生みだすようです。


[ 2 ] 良い羊飼いイエス

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ローマ美術の借用ですが、良い羊飼いイエスは羊のために命を捨てます。しかも羊飼いは羊を知り、羊も羊飼いを知るという親密な関係をもっています。この優しい羊飼いイエスは、ローマ帝国時代の人々に圧倒的に慕われていたようです。


[ 3 ] パントクラトール(天地万物の支配者キリスト)

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「Αとωをともなう髭のあるイエス」 これはパントクラトールのすがたです。

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ローマ プデンツアーナ聖堂の「天上のエルサレムで弟子を従えたキリスト」 これも「パントクラトール」です。



[ ロマネスク時代 とゴシック時代 ]

[ 4 ] 「栄光の主キリスト」と「審判のキリスト」

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スペイン サン・クリメンテ教会の偉大な「栄光の主キリスト」
西欧のゲルマン人は、パントクラトールをこのように表現しました。

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ロマネスク時代の人々は、もう一つのキリスト像をもっていました。それは「最後の審判のキリスト」でした。



[ 5 ] 神人キリストと受難のキリスト

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「弟子たちと福音を説くイエス」
人々のなかで、人間となった神の子イエスは、人であると同時に神であることが強調されています。

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ジウンタ・ピサーノの「受難のキリスト」 以後の十字架像は、裸体の受難のキリスト像になります。



[ ルネサンス時代とバロック時代 ]

[ 6 ] 新約聖書のさまざまな場面

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ジョットの傑作といわれる「キリストの逮捕」

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マゾリーノの「ゴルゴタの丘の十字架のキリスト」



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ルーベンスの「十字架上でのキリストの死」

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ベラスケスの「十字架のキリスト」


ルネサンス時代もバロック時代も「最後の審判」の絵は描かれています。有名なものは、ジョット、ミケランジェロ、ルーベンスの「最後の審判」です。



                         *



各時代に人々はどのような神のイメージをもっていたか、ということをキリスト像をとおして見てきました。人々は見えない父である神を、キリストの造形的表現によって求めてきたとも考えられます。

それは聖書の良い羊飼いであるイエスの記述の最後のところで「わたしと父とは一つである」(ヨハネ10・30)といっています。また,別のときに「わたしを見るものは、父を見るのである」とも語っています。それでイエスのさまざまなイメージを見、確かめて、父である神のイメージを知り、信じることが出来ます。父である神のイメージは、聖書の記述や絵画彫刻で表わされた形をとおして知ることも出来ます。これがキリスト教美術の大きな役割になっていました。

各時代の色々なキリスト像をとおして、神のイメージを豊かに知ることができると思います。


                         *


ところで、現代の人々は、どのような「神のイメージ」をもっているのでしょうか。


キリスト教は《愛の宗教》といわれます。また、「神は愛である」ということもしばしば言われます。

「神の愛」はどのように表われるのでしょうか。神の最高の愛の現れは「キリストの十字架の受難」のすがたにおいて表われされました。このような意味から「十字架像」を見ることも必要ではないでしょうか。



                      *   *   *








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by francesco1hen | 2014-10-24 22:39 | Comments(0)
2014年 10月 22日

キリストのイメージの変遷(4) 十字架のキリスト         

[ パントクラトールと栄光の主キリストの十字架像]

ローマ帝国時代の「パントクラトール」(天地万物の支配者キリスト)は、ゲルマン的ロマネスク時代の「栄光の主キリスト」と同じ神の姿です。これが十字架像になるとどのように表現されるのでしょうか。時代を追って見ていきましょう。



[ 着衣の「栄光の主キリスト」の十字架像 ]



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これはローマ広場にあるマリア・アンティクワ教会堂で見られる「着衣の十字架像」です。十字架のキリストは着衣のすがたです。その着物を見ると、皇帝の衣服をまとっています。パントクラトールの衣服と同じです。裸で十字架に磔けられるのは、犯罪人の処刑方法です。神として裸で磔になるすがたを見るのは忍びないという気持ちから、着衣のキリストの十字架像が描かれました。(8世紀)


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西ドイツの「メッツの典礼書」に描かれた「裸体の十字架のキリスト」像です。この十字架像は、裸体でも威厳に満ちたキリストです。パントクラトールの威厳があります。(9世紀)


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これはケルン大聖堂のゲロ司教時代に作られた「ゲロ・クロイツ」(ゲロの十字架)です。(10世紀)裸体で苦しみが見られるようですが、堂々たる体躯には栄光の主キリストのすがたが感じられます。


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「イメルバルトのキリスト像」です。この像には「イメルバルト、われを造れり」というキリストの言葉か記されています。堂々とした威厳のある十字架のキリスト像です。明らかに「栄光の主キリスト」の十字架像です。(12世紀中ごろ)


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スペインのカタルーニャ派の「着衣の十字架像」です。(12世紀初)十字架のキリストは華麗な衣服を身につけています。ロマネスク的な「栄光の主キリスト」の十字架像であるといえます。


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イタリアのウフィッツ美術館にある「栄光の主キリスト」の十字架像です。裸体の十字架像であってもカット見開いた目やすがたに「栄光のキリスト」を見る思いです。(12世紀末)



[ 裸体の「受難のキリスト」の十字架像 ]


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フランス、リムーザン派の「受難のキリスト像」(12世紀末)。十字架の上で脇腹を刺され刑死するキリストのすがた。十字架の死がはっきりと分る十字架像です。ゴシック時代なると着衣の十字架像よりも裸体の受難のキリスト像が圧倒的で、ルネサンス・バロック時代へとつながっていきます。


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ジウンタ・ピサーノの作品「受難のキリスト像」(13世紀中ごろ)です。これは東方の美術に刺激されて生まれたといわれていますが、以後の「受難のキリスト像」の原型になったと伝えられています。



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グリューネヴァルとの「磔にされたイエスの死」(16世紀初)時代的にはルネサンス時代のようですが、後期ゴシックの画法で描かれています。歴史のなかでもっとも悲惨な十字架像であると言われています。




[ ルネサンス時代の十字架像 ]


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キリストに最も近づいた画家ジョットの「十字架上での死」(14世紀)。「成し遂げられた」の場面。

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ローマ サン・クリメンテ教会のマゾリーノによる「ゴルゴタの丘の十字架」(15世紀中ごろ)ゴルゴタの十字架が高く掲げられ、キリストの受難が賛嘆されています。


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ボッチチェリの「神秘の十字架」(16世紀初)。美しい聖母子像を描いたボッチチェリにしては珍しい雰囲気の絵です。キリストの受難の神秘の深い神学的な意味がかくされているような絵です。




[ バロック時代の十字架像 ]


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エル・グレコの「十字架の上で叫ぶイエス」(16-17世紀)。
三時ごろ、イエスは大声で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(わが神、わが神、どうしてわたしを見捨てられるのですか)(マタイ27, 46)


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ルーベンスの劇的なゴルゴタの丘の「キリストの磔刑」(17世紀)。


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ヴェラスケスの全く端正な「受難のキリスト」像です(17世紀)。





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by francesco1hen | 2014-10-22 11:50 | Comments(0)
2014年 10月 21日

キリストのイメージの変遷(3)ルネサンス・バロック時代のキリスト像

[ ルネサンスのキリスト像 ]


「自然と人間の発見」の中での人間主義と古典への復帰がルネサンスの特徴です。それは絵画において、均斉と調和・遠近法と静止的絵画があらわれてきます。画家としては、ジョット、ボッチェリ、レオナルド・ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、そして、ティアーノたちが活躍します。
ルネサンスとバロック時代のキリスト像の主題は、新約聖書の記述にもとづくものが多くなります。

ルネサンス時代の代表的な絵画として、ジョットの「キリストの逮捕」とピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの復活」を紹介します。


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 ユダ「わたしが接吻する者が,その人だ。捕まえて,抜かりなく引っぱって行け」(マルコ14,44)

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このキリスト像は、聖書の記述によるものではなく画家の想像によるものです。


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つぎの絵は、ネーデルランドのファン・アイク兄弟の「神秘の小羊」です。ルネサンス時代にも「神の小羊」は美術のテーマになっています。

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[ バロック時代のキリスト像 ]

バロック時代は人間の諸活動が活発になり、造形芸術におけるダイナミックな特徴が建築・絵画・彫刻に現れてきます。ルネサンスの調和・静止的であるのに反して、バロック時代には動的・運動感覚がある生き生きとしたキリスト像があらわれてきます。


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バロック時代の先駆けとなったエル・グレコの「キリストの洗礼」
 そして、天から声がした。「あなたはわが愛する子、わが心にかなう者である」(マルコ1,11)

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エル・グレコの描くキリスト像は、スペイン人ン風貌があります。これはどの画家にも言えることです。
    
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つぎはバロック時代の「三巨匠」によるキリスト像です。


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フランドル派の巨匠ルーベンスの「悔悟するマグダラのマリア」
 泣きながらイエスの後ろから足もとに近寄り、涙でその足をぬらし、自分の髪の毛でふき、そしてその足に接吻をして香油をぬった。(ルカ7,38)「イエス、罪深い女を赦される」


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ルーベンスの「トマスに受難の傷跡を見せる復活のキリスト」
 イエスはトマスに「指をここに持ってきて、わたしの手を調べなさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。 信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と言われた。(ヨハネ20,27)


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スペインの宮廷画家ベラスケスの「十字架のキリスト」
 「成し遂げられた」といって、頭を垂れ、霊をお渡しになった。(ヨハネ19,30)


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オランダの市民画家レンブラントの「姦通の女とキリスト」
 「あなた方のうち罪を犯したことがない人が、まずこの女に石を投げなさい」(ヨハネ10,7)


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レンブラントの「復活ごのエマオのキリスト」
 有名な「エマオへの旅人」のルカによる福音書24・13−35の記述によっています。










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by francesco1hen | 2014-10-21 18:39 | Comments(0)
2014年 10月 20日

ロマネスクとゴシック時代のキリスト像(b)

[ ロマネスク時代の最後の審判 ]

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この教会堂は、スペイン最北西のサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼への南フランスからの巡礼路教会として名高いコンクの聖堂の全体が比較的によく分る写真です。正面の二つの塔のあいだに入口の門があります。門の上のティンパヌム(半円形の部分)浮き彫り彫刻で表現された「最後の審判」の状況が人々の注意を喚起します。(11世紀末)

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フランスのロマネスクの教会堂では、このようなティンパヌムに「最後の審判」の表現がしばしば見られます。それは聖堂を訪れるる人々の注意を惹きます。つぎの写真は、中部フランスのオータンの聖堂の「最後の審判」です。審判のキリストの像が、大きく厳めしい姿で表現されています。

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これはコンクよりさらに西のモワサックのサン・ピエール巡礼路教会の巨大なティンパヌムに彫られた「最後の審判」の身も引き締まるような荘厳な門です。(12世紀)

中世の人びとにとって「最後の審判」は、決して忘れてはならない重要な亊でした。それは死後の「永遠の命」にかかわることであったからです。


このことは、現代人にあまり意識のないことのようですが、じつは深刻な問題ではないでしょうか。



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このパリの南方、オータンの近くの有名なヴェズレーのサン・マドレーヌ修道院教会のティンパヌムは「最後の審判」ではなく、キリストが、聖霊降臨後の弟子たちを全世界に派遣する場面となっている珍しいものです。(12世紀)



ゴシック時代になると「最後の審判」に代わる、キリスト像にある変化ができます。弟子たちとともに福音を説く、神と人の調和のあるキリスト「うるわしき神」のイメージが現れてきます。


ロマネスク時代のイエスの神性を強調する「栄光の主キリスト」像よりも、この時代には、より人間に近づいた人性を強く表わす「神であり人であるキリスト」・「神人キリスト」マリアから生まれた神の子イエス・キリストへと変っていきます。

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シャルトル大聖堂の南門の「弟子たちと共に福音を説くキリスト」(うるわしき神)の彫像です。(13世紀)




[ ゴシック大聖堂のステンドグラス ]


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シャルトル大聖堂の西正面ファサードには入口の門の上に、三連窓と巨大なバラ窓があります。

ロマネスク時代では、壁画と彫刻表現で神を中心にすべてのことが伝えられていました。アルプスを越えた北の地方でゴシックの大聖堂が造られるようになると、あらたに光をとおすステンドグラスが、あらゆることを表わす有力な表現の方法になりました。

太陽の光が強い地中海地方では、太陽の光を輝き返すモザイク壁画が効果的な表現方法でした。




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内側から見た三連窓の右の窓は「エッサイの木」と呼ばれるダヴィデに始まるキリストの系図です。中央の窓は「キリストの生涯」をさまざまな場面で描いています。左の窓は「キリストの受難」の場面が伝えられています。この三連窓によって、「救い主の降誕(受肉)」と福音をのべ伝えた「キリストの生涯」と十字架の受難によって、アダム以来の人間の罪を救った「キリストの救いのわざ」が表されています。
そしてバラ窓には、歴史の終末における「最後の審判」のキリストが中心に存在します。

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左の窓の「キリストの受難」 


シャルトル大聖堂には、正面の門と南と北にも門があります。門のうえには、多連窓とバラ窓があります。北のバラ窓は「聖母マリアの称讃」が、南のバラ窓は「キリストの称讃」が掲げられています。
「聖母マリアの称讃」は、キリストの降誕によって旧約聖書の時代は終り、新しい救い主の時代・新約聖書の時代が始まることを表わしています。「キリストの称讃」の窓には、中央のキリストが十二使徒に囲まれ、さらに旧約聖書の人物に囲まれています。そこには旧約の預言がキリストによって成就された、というメッセージも込められています。

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三つのバラ窓「聖母マリアの称讃」と「キリストの称讃」と「審判のキリスト」とによって、「世界の創造・人類の救い・世界の終末」というキリスト教の歴史観がみごとに表現されています。これは卓越した驚異的な表現ではないでしょうか。



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ロマネスク時代にもゴシック時代にもマリア像はたくさん見られます。とくにシャルトル大聖堂は「聖母マリアの芸術の宝庫」といわれるほどです。なかでも「美しき聖母マリア」が有名です。キリストがマリアから生まれた人間の姿をとっていることが注目されます。このことは、つぎの「受難のキリスト」の十字架像を見てもわかります。


ロマネスク時代には、着衣のキリスト像は「栄光の主キリスト」であり、ゴシック時代には、裸体の十字架像「受難のキリスト」が主流になります。

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by francesco1hen | 2014-10-20 13:21 | Comments(0)
2014年 10月 19日

キリストのイメージの変遷(2)ロマネスクとゴシック時代のキリスト像

[ ロマネスクの絵画表現 ]

ロマネスク時代のキリスト像は「栄光の主キリスト」( Majestas Domini )です。これは皇帝より偉大で威厳のあるキリスト像「栄光の主キリスト」です。移動して西ヨーロッパに入ってきたゲルマン人が、ローマ人の「パントクラトール」を受け継いだものです。その表現はユニークな強い風貌が感じられます。イタリアとスペインの例を見てみましょう。


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イタリア・カンパニアのサンタンジェロ・イン・フォルミス教会の「栄光に輝く主キリスト」です。(11世紀末)

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スペインのサン・クリメンテ教会の「栄光の主キリスト」の偉大な姿です。(12世紀初)

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スペイン・レオンのサン・イシドロ教会の天井に描かれた壮大な印象を与える「栄光の主キリスト」
です。(12世紀)

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カタロニアのリバスの祭壇画「栄光の主キリスト」の威権のある風貌が心を射ます。(12世紀初)

どの「栄光の主キリスト」像は、どれも個性的で見るものに迫ってくるようです。その他の壁画を見てみましょう。

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見えない神を表わすために描かれた「神の手」という表現はしばしば見られます。

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「神によるアダムの創造」この絵の右側には「アダムとエバ、禁断の木の実を食べる」が描かれています。

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誰にでもわかる「キリストの降誕」(受肉・Incarnation ) です。素朴で力強く描かれています。


ロマネスク絵画や彫刻表現で目立つテーマが、もう一つあります。それは「最後の審判」です。
つぎの写真は、西フランスのサン・サヴァン修道院聖堂の天井壁画です。その壁画では、旧約聖書に出てくるさまざまな物語が描かれています。そして西側の入口のナルテックス(玄関の間)には「最後の審判」のキリストの姿と終末のようすが描かれています。

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恐ろしさを感じさせる「最後の審判」のようすが迫ってくるようです。中世の人々の最大の関心は、最後の審判のときに天国に行けるかどうかというこであったようです。



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パリのノートル・ダム大聖堂とシャルトルの大聖堂とケルンの大聖堂です。
ロマネスクのつぎの時代の代表的ゴシック建築です。






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by francesco1hen | 2014-10-19 10:20 | Comments(0)
2014年 10月 18日

ローマ帝国時代のキリスト像(b)

[ 天地万物を支配するキリスト(パントクラトール)]

聖書の言葉は、パントクラトールについて次のように伝えています。

「わたしは天においても地においても、すべての権能が与えられている」(マタイ福音書 28 : 18 )

「わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終りである」(黙示録 22 : 13 )
 
(初めも、終りを知っているものは神しか存在しない。A と W は、万物を支配するキリストを表わしています)


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この財務官レオーネの墓室の天井に描かれた「AとWをともなう髭の生えたキリスト」は、4世紀末に描かれたパントクラトールです。AWをともなうモザイクには下のような天井のモザイクにも見られます。


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5世紀の「AとWをともなうキリストの頭文字」(北イタリア・アルベンガ礼拝堂)

キリストの頭文字は三重になっています。これは三位一体の神を象徴的に表わしています。XPI の徴の外側の鳩は12使徒を表わしています。天にはたくさんの星がちりばめられています。まわりには地上の植物が繁茂しています。題は「天上の風景」ともいわれています。

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象徴的なものとして、キリストが「神の小羊」として表わされていることがあります。

洗礼者ヨハネが、キリストを人々に紹介するときに「見るがよい。世の罪を取り除く神の小羊だ」(ヨハネ 1 : 29 )。
このことばは、ミサ曲の Agnus Dei 「世の罪を取り除く神の小羊、われらを憐れみたまえ」の言葉になっています。

スケッチの小羊は、十字架を背にのせ聖書の載せられた祭壇のうえにのり、AとWをともなっています。もう一つの小羊は、ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂の天上に描かれた「神の小羊」です。


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ラヴェンナのサン・タポリナーレ・インクラッセ聖堂の祭壇上の半円蓋(ヴォルタ)に描かれた十字架がキリストを表わす例です。(6世紀)


「パントクラトール」は、「宇宙を支配する全能の神キリスト」で、キリストを中心とする天国の壮大なイメージが生まれてきます。

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ローマのプデンツアーナ聖堂の半円蓋の「天上のエルサレムのキリストと使徒たち」(4世紀末)

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イスタンブールにある聖ソフィア大聖堂の「ディシス(弟子たちといるキリスト)」ですが、パントクラトールのキリストです。(12世紀末)

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アテネ近郊のダフネ修道院の天蓋のパントクラトール。(11世紀末)左手に聖書を持ち、右手で祝福する形がパントクラトールのきまりになっています。次もまったく同じです。

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アトス山のギランダリウー修道院のパントクラトール。(14世紀)



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         ローマ帝国時代に描かれた、父と子と聖霊「三位一体の神」を表わした絵です。


                         *


使徒パウロは、信徒への挨拶で「キリストの恵、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」と呼びかけていました。現在でもミサが始まるとき、司祭は信徒にたいして「主イエス・キリストの恵、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」と挨拶の呼びかけからミサを始めます。
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by francesco1hen | 2014-10-18 13:02 | Comments(0)
2014年 10月 17日

キリストのイメージの変遷(1)

[ キリストのイメージの変遷について ]

各時代の歴史状況や時代の精神によってキリスト像はさまざまに変っています。また、聖書やミサの典礼文によってもキリストのイメージはさまざまに表現されます。聖堂における形や色によって美術的に表現されることによっても、イエスのイメージはさまざまに変わっていきます。これからイメージの変遷を見て行きましょう。



ローマ帝国時代のキリスト像(a)

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フォロロマーノ(ローマ広場)の風景と凱旋門の偉容です。この地下にはたくさんのカタコンブ(地下墓所)があります。カタコンブの墓石や壁画からは、象徴的記号から人物像・イエス像への3段階の図像を見ることができます。



[ カタコンブの壁画に見られるキリスト]


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この墓石に刻まれた鳩は、ノアの方舟から放たれ陸地のオリーブの葉をくわえてきた鳩です。希望の象徴とも解されます。左には,キリストの頭文字を組み合わせたキリストを表わす記号があります。
ΧΡΙΣΤΟΣ ( Xristos ) の最初の3文字の組み合わせです。この記号は、場合によってはキリスト教徒を表わすこともあります。この墓石では、楽園のキリストのもとで憩うキリスト教徒が眠ることを示しているようです。


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この墓石に刻まれている魚と錨は、キリストを信じる者がキリストともにいることを表わしています。錨は、ギリシア文字の [Τ(タウ] や [Ψ(プセー)] に似ているのでキリストを表わす記号です。
魚はギリシア語で ΙΧΘϒΣ(イクティス)です。一字一字を頭文字とする文は「イエズス・キリスト、神の子、救い主」ということになり、サカナはキリスト教徒を表わす記号です。左の絵は、後世の加筆ですが、ゴルゴタの丘の三つの十字架が描かれているようです。


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これは有名な財務官レオーネの墓室です。ここには天井にヒゲの生えたイエスが描かれています。しかもイエスの両側には、Αと ϖ( アルファーとオメガ )が描かれています。(4世紀末)

このイエス像では、はっきりと分る全知全能のキリスト・イエスが描かれています。



[ 3世紀からイエス像の主流となる「良き羊飼いイエス」]

聖書に見られる良き羊飼いの言葉「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。・・・・・ わたしは良い羊飼いであり、自分の羊を知っている。わたしの羊もまたわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしも父を知っているのと同じである。そして、わたしは羊のために命を捨てる」。( ヨハネ 10 : 11. 14-15 )


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2枚の写真は、良き羊飼いイエスのスケッチと彫刻です。聖書のイエスを表わしているのですが、異教美術、つまりギリシア・ローマ美術の借用としての「良き羊飼いイエス」です。

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この彫刻もローマ美術の借用によって、鶏が鳴くまでに三度イエスを否むペトロとラザロの復活と血瘻を病む女とイエスを表わしています。


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この良き羊飼いイエスは、ラヴェンナのガルッラ・プラティディア廟にモザイクで表現されてます。
イエスは、金の十字架をもち、衣服は皇帝の衣服をまとっています自然の延長のような楽園で、イエスのもと羊たちが憩うようすが表わされています。注意したいことは、素朴な羊飼いではなく帝王以上のイエスの姿です。(6世紀)


313年、ミラノ勅令によってキリスト教が公認されると、地上に教会堂が建てられるようになりました。絵画表現は大きく変わります。下の壁画は、ローマのプデンツアーナの教会の祭壇上のボルタ(半円蓋)に描かれた「天上のエルサレムで、弟子たちに囲まれたキリスト」(4世紀末)です。

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3世紀まで主流であった「良き羊飼いイエス」は、大きく変わります。4世紀以降は、新しく「パントクラトール」(天地万物を支配するキリスト)が描かれるようになります。


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このモザイク壁画は、ラヴェンナのサン・タポリナーレ・ヌーヴォ教会の「羊と山羊を分けるキリスト」(6世紀初)です。聖書の記述 マタイ福音書の25・31−46の「最後の審判について」にもとづいて描かれています。4世紀からは「パントクラトール」が主流になります。

次回は、それが主題となります。
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by francesco1hen | 2014-10-17 17:53 | Comments(0)