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2016年 08月 31日

桑山賀行彫刻展「木霊と共に50年」(6) 風景 ー 海 ー ・ 空蝉(うつせみ)・ 赤とんぼ(向日葵)


[ 風景 ー 海 ・ 空蝉 = 現身 ・ 赤とんぼ(向日葵)・・・ 再び「無常という事」]

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3室ぶち抜きの主会場の前のロビ−にならぶ作品たち

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「風景 — 海」1992  

「工学的に造り出された船の底部の曲線の美しさと朽ちていくわびしさと」


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「窓」1994

「幼い頃みた隣の家の窓の向日葵が心に浮かびその記憶をもとに制作」



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「夏の朝に」1999

         「人の抜け殻のGパンとセミの抜け殻に依て、はかなさを表現」

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「遠き日」2000

           「抜け殻から出たセミはどこに行ったのだろうか・・・」



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「我家のソクラテス」2010

「我家にやって来た盲導犬リタイアのアイリスはソクラテスを思わせる風貌をしていた」


                       *


ここから《赤とんぼのシリーズ》が始まります。


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「赤とんぼー日本の歌より」2013

                「赤とんぼの連作を作るきっかけとなった作品」


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「赤とんぼ」2014

                 「赤とんぼの飛ぶ季節に思いをはせて・・・」



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「赤とんぼ(向日葵)」2014

「生きている赤とんぼと生を終えた山羊とひまわりに依って生と死を表現」


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「赤とんぼー陽だまり」2015

「陽の光が気持ちよく空が高く感じる季節。幼い頃遊んだ縁側の風景がなぜか懐かしい」


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同「赤とんぼー陽だまり」   枯れた向日葵は「死」を象徴している。



                               *



《 再び「無常である事」》

これまで見てきた数々の作品は、一貫してこの世は無常であるという考え方が底流としてあるように思えます。作者はもっと広い受けとめ方をしていると思いますが、一鑑賞者は、本質的部分を捉えるならば、やはり作品からはこの世は「無常であること」を感じさせられます。

「風景 — 海 ー」の船底部の曲線の美しさにもかかわらず、朽ち果てた船体は滅びゆくものの姿を示しています。
「窓」の枯れた向日葵。セミの抜け殻「空蝉」(うつせみ)は「現身」とも書き、この世の人、この世を表わしています。また、「うつせみ」の身、というように「命」、「人」、「世」の枕ことばです。空蝉は、死に至るもの、滅びゆくものの意味をもっています。

「我家のソクラテス」について。紀元前5世紀のソクラテスは、デルポイのアポロン神殿の「汝自身を知れ」「限界を超えるな」という言葉から思索を始めました。

そして、外的世界に対する視点を内面的世界(精神・魂)に変えたという「思想の革命」を行いました。物質世界の探求から内面世界の探求、人が生きる目的はなにか、という魂の転換を呼びかけたのでした。ソクラテスが、まず大事にしたことは「魂を出来るだけすぐれたも(徳高いもの)にする」ことでした。

《赤とんぼシリーズ》は、昔を惜しみながらも、この世の「生と死」を深く見詰めて考える作品群です。案山子の連作「独」「帆」「秋さりて」も同じように、連綿として「生と死」が問題となっています。「砂丘」や案山子の傍らに止まっているカラスも「生と死」「滅びゆくもの」への思索を促しています。

実は、これらの作品は、現代の人々が忘れてしまい意識から消してしまった、この世が「無常であること」を提示し、現世にない「無常でないもの」を魂の奥底から見出すように暗示しています。


                                   *



「カァー、カァー、カァー」という、「 鴉 」の鳴き声が聞こえてくるようです。



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by francesco1hen | 2016-08-31 16:18 | Comments(0)
2016年 08月 30日

桑山賀行彫刻展「木霊と共に50年」(5) 文楽の演者 と 神の手

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  [ 文楽の演者 と 神の手 ]


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「 演者 」2007 (内閣総理大臣賞)
 
「開演直前の緊張の一瞬、張りつめた空気の中で精神統一する演者」


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内閣総理大臣賞に輝いた「演者」。後方に神の手といわれる「演者 V. VI. 」が見える



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「 演者 II 」2008

「演じ終えた直後の緊張のうちに安堵と脱力感を感じている演者」



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同「 演者 II 」


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「 演者 III 」2009

「人形遣いと人形が一体となって演じ終えた一抹のさみしさを表現」



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「 演者 IV 」2010

「開演を前にして操る人と操られる人形が本当はどちらが操るのかを相談するように心を通わせている姿を表現」


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「 演者 V 」(神の手)2011

「文楽を見ていると人形遣いの姿が消える。人形に生命を与える手は神の手であろう」


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「 演者 VI 」(神の手)2012

「文楽人形が人形遣いの手によって生命を与えられたように動きだすとき、それが神の手のように思われる。人形に生命を与える瞬間を思い描いて制作」



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「 演者 VII 」(神の手)2013

「人より人らしく演じられる文楽人形。人形に命を吹き込み人の世界に導びくのは神の手であろうか・・・」



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* ある鑑賞者のコメント

「《文楽の演者と神の手》についての作者の解説はじつに素晴らしいと感じました。
演者は神の手のようであることは真実のことです。」


「神によって創造されて存在する人間のアイデンティ(存在の根拠)は、神です。神こそ人間の源泉で、人間の究極の目的です。人は神から出て、神に帰る。」


「神によって造られた人間の命は、神秘です。たとえ肉体的な生命が滅びても、魂は不滅です。この命こそ、最も大切にしなければならないものです。」


「神のみ旨(意志)に従い、その教えの真理に導かれて生きる。そこには正しい善い生き方があり、人間の美しく生きる姿があります。文楽人形のように・・・」


                   


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by francesco1hen | 2016-08-30 16:24
2016年 08月 29日

桑山賀行彫刻展 「木霊と共に50年」(4) 深海魚 と 文楽人形

[ 深海魚 と 文楽人形 ]

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「海物語」1998  

「大きな口で獲物を待っているチョウチンアンコウがモデル」


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「深海の怪」1998 

「深海にはさまざまな奇怪な魚がいる。水深4000mに住む体長わずか7.5cmのラシオグナイトウス・サコストマを制作」


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「海の番人」2005  

「カサゴがモデル、グロテスクでもあり、ユーモラスでもある」


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「花化粧」2007  

「水族館で見たミノカサゴの姿は優美でまるで化粧をしているような女性のように見えた」


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* 「深海魚のさまざまな姿に強い興味を抱いた作者の気持ちがよく分ります。それにしても木彫の素晴らしさを感じます。彼らは暗い深海で、力強く生きていますね。」



  舞台は、暗い「深海」から明るい「文楽人形の世界」へと変ります。


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「遠い日の夏祭り」2002   

「幼い日に父と見た夏祭りの人形芝居の記憶をたよりに形にした。文楽シリーズを制作するきっかけとなった作品」


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「たそがれて・・・」2003    

「祭りの後の一抹の寂しさを文楽人形により表現。2004年総理官邸に半年間設置された」


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「たそがれて・・・」の部分

*  演者と人形の表情に注目したい。とくに人形の表情が生きていますネ。



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「幕間」2005   

「一幕を終えた安堵と同時に次の幕開けの緊張感のある幕間を表現」


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同「幕間」 

* 一枚きりでは惜しいので、もう一枚となりました。あかず眺めましょう。


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「拍手を聞きながら」2006  

「黒衣の演者と人形が演じ終えた瞬間の緊張感と安堵感が交ざった様を表現」




                 * * *



* この文楽シリーズはさらに続きます。舌を巻くような文楽の世界が深まり、また、広がります。そして佳境へとわたしたちを惹き込んでいきます。








































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by francesco1hen | 2016-08-29 23:03 | Comments(0)
2016年 08月 27日

桑山賀行彫刻展「木霊と共に50年」(3)案山子(かかし)の 独・帆・秋さりて ・・・  「無常という事」

[  案山子の「 独」 ・「 帆」 ・「 秋さりて」 ・・・ 「無常という事」]

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「秋さりて」1990  「折れて捨てられたカカシによって、過ぎた時間を表現」



桑山賀行彫刻展でこれまで見てきた作品でも、またこれから現れてくる作品の中でも、一際つよく感じられるのは、時間の経過の中の事象は「無常である」ということです。

物は朽ち果て、生きているものは生死を繰り返す。常にそに在るものはなく、変化して、やがては滅びていく。「無常」という言葉が死語となってしまった現代人の意識に衝撃を与えるような作品が、第三のステージで、いよいよ現れてきます。


                   *

「独」
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「独」1989 「収穫が終り、田んぼに役目を終えて忘れ去られたカカシによって過ぎた秋を表現」



* 「独」というのは、人間は生まれる時も死ぬ時も、「ひとり」であるというよな響きがありますね。


*  朽ち果てた案山子に止まっているカラスは、何を想っているのでしょうか?



「帆」
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「帆」1990        「カカシの姿を風を受けたヨットに見立てて」



* カラスは、何を考えているのでしょうか。と気になります。


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「秋さりて」・・ * 折れて捨てられた案山子は、滅びゆくもの・・・「無常」




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「風景 ー 海 ー」   * 朽ち果てた船体の様は、案山子のようでもあります。


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「風景 ー 海 ー」1992 「工学的に造り出された船の底部の曲線の美しさと、朽ちていくわびしさと」



* ある鑑賞者のコメント、「無常ということ」を忘れ見失っている現代の人々は、「無常でないもの」を求めようともしないで、ただ、現在の生活だけを考える事しか出来ないようです。」





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by francesco1hen | 2016-08-27 22:57 | Comments(0)
2016年 08月 26日

桑山賀行彫刻展「木霊と共に50年」(2) 窓 ・ 砂丘 ・ 道

[ 窓 ・ 砂丘 ・ 道 ]   (楠による木彫)

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「窓ー雨宿り」1991 作家による作品解説「雨が降りだし、ほんの少しの雨宿り」


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「窓ー午後」1991     「ゆったりと流れる午後の時間を表現」


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「砂丘」1991   「幼い頃見た故郷の砂浜の風景」

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「砂丘」1991                 「幼い頃見た故郷の砂浜の風景」



* 幼い頃、父母に愛されて楽しく過ごした場所、時は過ぎて父母はもうこの世にいない。今は砂丘の柵も朽ち果てようとしている。追憶から覚めてカラスに気付く。

カラスの声が響く、「人はなぜ、無常であることを忘れているの カァー /」「この世は無常であることに気づいていないの カァー /」「無常でないものは、なんだろう カァー /」


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「夏の忘れ物」1995         「幼い頃遊んだ常滑の砂浜の思い出」


* ある鑑賞者のコメント 「帽子の忘れ物は、この世が無常である事を忘れてしまった現代の人々を象徴しているようです。」 カラスがそれを見詰めています。 



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「道」1991 「道にステンレスを使い、木と金属のコントラストで風景を表現」


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「昨日見た夢」1992          「遺跡を飛びかうカラスの群れに」


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「閉ざされた風景」1993 
   「風景を切り取ったならどうなるのだろうか・・・風景をシャボン玉の内に入れたらどうなるかと考えて」



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「遠き夢跡」1993  「若い時に見た遺跡の素晴らしさに遠い歴史を思い制作」



* 「人は時として、暗く不安のなかにいるとき戸口やそれに通ずる《道》を求めます。」






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「窓」1994    「幼い頃見た隣の家の窓の向日葵が心に浮かび
                        その記憶をもとに制作」


* 「この窓の向日葵が、後で深い意味をもったものとして出てきます。」



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「道のり」1996 「20代のヨーロッパ一人旅の不安な気持ちと遺跡の印象を表現」


* 人は過去の時代を想い、これから先はどうなるのかを考え込む。
不安になることがある。出口は何処か。その先は・・・ という不安がよぎるのだ。


遺跡は滅びた文明のすがたを示している。滅びたもの美しさを人は好むが、それは滅び過ぎ去ったものでしかない。  そのことが「無常ということ」。






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「鳥の道」1997    「洞窟の内の遺跡はこのような情景かと想像し表現」



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「窓」1999           「それぞれの窓にはそれぞれの時がある」


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「森への道」2000       「遠近法を使い遠くの森へと続く道を表現」



* 「道や出口ということで、聖書の有名なカ所を思い出します。」

「二つの門」
 狭い門から入りなさい。滅びに至る門は広々としていて、そこから入る人は多い。しかし、命に至る門はなんと狭く、その道は細いことか。そして、それを見いだす人は少ない。(マタイによる福音書 7・13)

 

 現代社会に生きている人々は、経済成長のみを求めて、豊かな生活を幸福だと思いそればかり求めているようです。しかし、人間が本当に求めなければならないものはそこには無く、この世界のもは時とともに変化して、やがては滅びていくものであるということに気付いていません。

「天地は過ぎ去る。しかし、わたしの言葉(真理)は過ぎ去ることはない」。 (マルコによる福音書 13・31)



すべてが変化して、滅びていくことを「無常」といいます。では、「無常でないもの」は何でしょうか。「不滅」「永遠なるもの」・・・ です。


「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通ってでなければ、だれも父のもとに行くことはできない」。(ヨハネによる福音書 14・6)



* 窓・砂丘・道 の木彫作品(楠)をたくさん見てきました。これらの作品群からは、考えるテーマがたくさんあります。ゆっくり考えていきましょう。(^_~) //











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by francesco1hen | 2016-08-26 16:51 | Comments(0)
2016年 08月 25日

「藤沢ゆかりの展覧会」桑山賀行彫刻展 ー 木霊と共に50年 (1)裸婦・風・子供

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2016年8月16日(火)から21日(日)まで「藤沢ゆかりの展覧会」桑山賀行彫刻展ー木霊と共に50年ー という展覧会が開催されました。

「藤沢ゆかりの展覧会」は1987年から開催され、岸田劉生展や長谷路可展など、今年に至るまで10回開催されてきました。桑山賀行は2007年《演者》で、日展の内閣総理大臣賞を受賞するなど活躍する傍ら26年前から「手で触れて見る展覧会」を多数開催してきました。本展「桑山賀行彫刻展」は、50年におよぶ優れた創作活動をふりかえる貴重な展覧会です。

出来るだけ多くの人々に80点におよぶその作品を見て頂くために、このブログで紹介したいと思います。

そして、順次これらの木彫作品をご覧になると、そこからは深い精神性(メンタリティー)を持ったメッセージを読みとることが出来るのではないかと、期待しております。


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[ 裸婦 ・ 風 ・ 子供 ]

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題名「野の風」1972  作家による解説「風に立つ女性」


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「わたし」1975   「面と量を意識して三角形で構成」


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「風 向」19802 「風の形をテーマにした連作の一点 風向計の形から連想して」

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「風」1980   「風に舞う木葉を表現」
               
左奥は「風 ー 陽だまり」1980  「陽だまりに吹く風を人の形で表現」

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「夏の日に」1983  「すっきりと伸びた身体、夏の陽光を表現」


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「ボク」1986   「長男4才の時の姿を写真でなく彫刻で残そうと制作」

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「5才のボク」1987 「幼少期から少年へ成長する身体の移ろいを残そうと制作」

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「夏」1988(木彫)「長女の10歳の時の姿を成長の記録として残そうと思い制作」


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左「夏」1987(ブロンズ)   「ノリの効いた浴衣の線に魅せられて制作」


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「街人」1991  「或る日、街で見た女性の印象を形に・・・」



*ある鑑賞者のコメント「桑山賀行先生は、自然の時間のなかに生きている人だなー。」





  













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by francesco1hen | 2016-08-25 22:02 | Comments(0)