家田足穂のエキサイト・ブログ

france1pen.exblog.jp
ブログトップ

タグ:キリストの復活 ( 3 ) タグの人気記事


2014年 05月 06日

復活後のキリストの出現

b0221219_22342841.jpg

エル・グレコ 「キリストの復活」 これは聖書の記述にもとづかないで、画家の想像による表現。



[ 復活の朝 ]

三人のマリア、すなわちマグダラのマリアとヨハンナとヤコブの母マリアが、安息日(ユダヤ教では土曜日)が終わって、週の初めの日(日曜日)に、イエスが葬られている墓を訪れました。イエスの遺体はなく、二人の天使が三人に告げました。「あなたたちが探している方は、すでに復活されて、ここにはおられません」。婦人たちは、ことの次第を十一人の弟子たちに報告しました。
                              (ルカによる福音書 24 , 1~9 )

b0221219_16164080.jpg



 
[ マグダラのマリア墓に来る ]

週の初めの日、朝早く暗いうちに、マグダラのマリアは墓にきました。墓から石がとり除かれているのを見て、弟子のペトロとヨハネのところへ行って、ことの次第をつげました。二人の弟子は走って墓に行き、彼らは、イエスが包まれていた亜麻布と頭を包んでいた覆いを見ただけでした。
                               (ヨハネによる福音書 20 , 1~10 )


[ イエス、マグダラのマリアに現れる ]

b0221219_16461472.jpg

ジョット・ディ・ボンドーネ 「マグダラのマリア、墓でイエスに会う」

その後、マリアは墓の外に立って泣いていました。墓の隅に座っていた二人の天使が、なぜ、泣いているのですかと尋ねました。マリアは「だれかが主を取り去ってしましました」と答えて、後ろを振り返ると、そこにイエスが立っていて「婦人よ、なぜ泣いているのですか、だれを捜しているのか」問いかけました。マリアは園の番人かと思って「あなたが、もしあの方を運びさったのでしたら教えてください」と言いました。

すると、イエスは「マリア!」と呼びました。マリアは振り返って、「ラボニ!(先生)」と走りよりました。イエスは「すがりつくのはよしなさい。わたしは、まだ父のもとに上っていないのだ。わたしの兄弟たちのところに行って伝えなさい」。マグダラのマリアは弟子たちのところに行って、「わたしは主を見ました」といい、イエスから言われたことを弟子たちに告げました。
                                 (ヨハネによる福音書 20 , 11~ 18 )

b0221219_1733648.jpg

フラ・アンジェリコ 「わたしに触れるな」



[ エマオへの道で ]

週の初めの日、二人の弟子が、エルサレムに向かう旅で、エマオという村へむかって歩きながら、イエスのエルサレム入城の時からの出来事について話し合い、論じ合っていました。するとイエス自身が近づいてきて、一緒に歩き始めました。二人の弟子にはそれがイエスであるとは分っていませんでした。その人は、話し合っていたのはどんなことですか、と尋ねました。二人が一部始終のことを話すと、その人は、イエスについて聖書全体にわたって書かれていることを詳しく説明しました。

一行は目指す村に近づいたので、二人の弟子は「もう日も傾いていますから、一緒にお泊まりになりませんか」と誘い泊まることになりました。

一緒に食事の席についた時、その人はパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて渡しました。
すると、このとき二人の目が開き、その人がイエスであることが分りました。しかし、その姿は見えなくなっていました。

二人は時を移さず出発して、エルサレムに戻って見ると、十一人とその仲間が集まっていて、本当に主は復活して、ペトロに現れたと言っていました。二人も、道で起ったことや、パンを裂いてくれたのがイエスであると分ったことを話しました。
                                 (ルカによる福音書 24 , 13 ~ 35 )

b0221219_17122337.jpg

レンブラント 「エマオのキリスト」   日本でもよく知られている絵です。



[ イエス弟子たちに聖霊を与える ]

週の初めの日(復活した日)の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていました。そこへイエスが来て真ん中に立ち「あなた方に平和があるように!」といい、手と脇腹を見せました。弟子たちは、主イエスを見て喜びました。そして、イエスは重ねて「あなた方に平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなた方を遣わす」と言ってから、息を吹きかけて、「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなた方が赦せば、その罪は赦される」と伝えました。                (ヨハネによる福音書 20 , 19 ~ 23 )



[ 見ないで信じる人は幸い ]   不信のトマス

イエスが現れたとき、弟子のトマスはそこにいませんでした。トマスは「あの方の手にくぎの跡を見て、この指をくぎ穴に入れてみなければ信じられない」と言っていました。

イエスが現れてから八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいました。戸には鍵がかけてあったのに、イエスが真ん中に立ち「あなた方に平和があるように!」と話し、トマスに、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と語りかけました。トマスは、「わたしの主よ。わたしの神よ」と答えました。                                                 (ヨハネによる福音書 20 , 24 ~ 31 )

b0221219_18153086.jpg

ルーベンス 「不信のトマス」

b0221219_18294814.jpg

カラヴァッジオ 「疑うトマス」



[ 七人の弟子たちに現れる ]   不思議な漁

b0221219_21413998.jpg

ドゥッチッオ 「不思議な漁」

七人の弟子たちが、ティベリア湖畔で漁をしていました。一晩中かかっても捕れる魚はありませんでした。夜が明けてから岸の方に来ると,そこにイエスがいました。弟子たちにはイエスとは分りませんでした。イエスが「船の右側に編みを打ちなさい」と命じました。その通りにすると、魚がたくさん捕れました。岸に上がるとイエスがいて、炭火がおこしてあり、そこに魚が一匹載せてありました。また、パンもそこにありました。イエスと弟子は、捕れた魚を焼いて朝の食事を共にしました。
ヨハネの記述によると、イエスが死者の中名から復活したのち、弟子たちに現れたのは、もう三度目です。                                       (ヨハネによる福音書 21 , 1 ~ 14 )


b0221219_2255749.jpg

ピエロ・デラ・フランチェスカ 「キリストの復活」  これも画家の想像する復活の姿です。

(エキサイト・ブログでは、たての絵がこのように横になることがあります)



[ 復活後40日目 キリストの昇天 ]   山上の説教の山から天に上げられる ?
b0221219_111144.jpg

      ロマネスクの聖書写本挿絵 「天い上げられるキリストと弟子たち」


「聖霊があなた方の上に降るとき、あなた方は力を受けて、エルサレムとユダヤ全土とサマリア、および地の果てまで、わたしの証人となるであろう」。語り終わると、イエスは使徒たちの見ている間に天に上げられた。
一むらの雲がイエスを包んで、見えなくした。イエスが上って行くとき、彼らは空を見つめていた。
                                       (使徒言行録 1 , 8 ~ 10 )

主イエスは弟子たちに語り終わって後、天に上げられ、神の右の座につかれた。
                                     (マルコによる福音書 16 , 19 )


新約聖書は、イエスが弟子たちの前で、天に上げられて行くありさまをこのように伝えています。
ルネサンス初期の画家ジョットは、キリストに最も近づいた画家として、キリストの昇天を描いています。

b0221219_1143760.jpg

ジョット 「天に上げられるイエス」 パドヴァのスロヴェー二礼拝堂


                      *


弟子たちの見ている前で、山の上から昇天するイエスは、地上で見る最後のすがたでした。それと同時にイエスは最後の「ことば」をのこしています。マタイによる福音書の最後に出てきます。

    「わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい。
    
      わたしは世の終りまで、いつまでもあなたたちとともにいる」
                                         (マタイ 28 , 20)


                      *


b0221219_1149111.jpg

[PR]

by francesco1hen | 2014-05-06 22:36 | Comments(0)
2014年 04月 16日

聖週間(受難週)に入りました。(2017)

[受難の主日]
2017年4月9日は、「受難の主日(枝の主日=Palm sunday) 」でした。この日からカトリック教会では、聖週間(受難週=Passion week) に入りました。

「受難の主日ミサ」の主日とは、日曜日のことです。この日にはエルサレムの民衆が、エルサレムに入城してきたイエスを棕櫚の枝を打ち振ってメシア・イエスを出迎えたことを記念するミサが行われます。

b0221219_1447891.jpg


教会では、信徒が棕櫚の枝を打ち振って司祭たちの入堂を迎えます。イエスのエルサレム入城のマタイによる福音書の21章の1−11節までが朗読されてからミサの礼拝が行われます。

b0221219_1565033.jpg

ドゥティオによる「イエスのエルサレム入城」

ミサのなかの聖書朗読では、マタイ福音書の主イエス・キリストの受難の箇所(マタイ27・11−54)が、福音記者の役の朗読者、イエス役の司祭、祭司長やピラト役の朗読者、群衆の言葉を会衆が朗読するという形で行われました。


[聖木曜日]
4月13日「聖木曜日」には、午後の7:30から「主の晩餐ミサ」がおこなわれました。最後の晩餐のことを記念するミサです。最後の晩餐は、イエスが弟子たちに愛することに関して徹底的に教えた時間でした。それと同時に、イエス自身をパンとぶどう酒のかたちのうちに形見として遺した「聖体の制定」を行っています。パンを「体」とし、ぶどう酒を「血」として遺したことは、翌日の十字架のうえで人間の救いのために自分の体と血を、つまりイエス自身の全存在を神に捧げたことを想起させるためでした。

このパンとぶどう酒のうちにイエス自身を遺したこと、および、十字架の犠牲を想起させることが合わさって、ミサという典礼(礼拝)が生まれました。

最後の晩餐の記述は、ヨハネによる福音者の13章1−15節に出ています。

b0221219_15233133.jpg

ジョットによる「最後の晩餐」のようす。

b0221219_15235299.jpg

ルネサンス時代の画家 ティチア−ノによると、最後の晩餐はこのように描かれます。
われわれの多くは、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」がイメージになっていることでしょう。
時代によって、表現はずいぶん変わるものです。


[聖金曜日]
4月14日金曜日の、「聖金曜日」では、ミサではなく「受難の祭儀」が午後3時から行われました。
この日の聖書朗読は、ヨハネによる主イエス・キリストの受難 18章1節から19章42節までが
受難の主日と同じ形でおこなわれます。

b0221219_16231738.jpg

グレコによる「十字架上のキリスト」 これはヨハネによる福音書にもとづいています。

b0221219_15415642.jpg

ヴェラスケスによる端正な「十字架のイエス像」です。十字架上のイエスが直裁に迫ってきます。

b0221219_15463827.jpg

ルーベンスによる「キリストの十字架降下」(部分)生々しい悲劇性が・・・。


[聖土曜日]
4月15日は、「聖土曜日」キリストが墓に埋葬されていることを偲びます。

b0221219_15521572.jpg

金曜日の夕刻、イエスは十字架から降ろされ母マリアの膝の上にかかえられます。
この構図は「聖母の悲しみ」(ピエタ)といわれます。この絵は「アヴィニヨンのピエタ」と呼ばれている作品。作者不詳で、ルーブル美術館所蔵です。

b0221219_1681534.jpg

フラ・アンジェリコの「キリストの埋葬」 非常に象徴的に描かれています。


聖土曜日の夜8:00から「復活徹夜祭ミサと洗礼式」が行われました。

復活の朗読は、マタイによる福音28章1−10節「復活の朝」が朗読されます。

b0221219_1622973.jpg

グレコによる「キリストの復活」 この絵は、聖書の記述によるのではなく画家の想像によるものです。


[復活祭]
4月16日、復活の主日の「復活祭ミサ」(日中ミサ)は、9:30から。

この日の聖書朗読は、ヨハネによる福音書20章1−9節。この聖書の情景が、ジョットによって描かれています。

b0221219_1632429.jpg



                      ***

                 「復活祭の日取について」

      復活祭は、毎年それが祝われる日にちが違います。それで移動祭日といわれます。
      復活祭の算定は、つぎのように行われます。

          「春分の日の後の満月の次の日曜日が、その年の復活祭です」


           2017年は 4月16日 日曜日 復活祭  Happy Easter !
 


b0221219_16114499.jpg





 
[PR]

by francesco1hen | 2014-04-16 16:52 | Comments(0)
2013年 05月 07日

キリストの復活・昇天・そして、聖霊降臨

ジョットによる《 イエスの生涯とその福音の約束 》6


《 イエス・キリストの復活 》

b0221219_15222826.jpg

 イエス マグダラのマリアに現れる  「ノリメ・タンゲレ」(わたしに、縋り付くな!)   

 さて、マグダラのマリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞき込むと、イエスの遺体が置かれていた場所に、白い衣をまとった二人の天使が、一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っているのが見えた。

 すると、天使たちはマリアに、「婦人よ、なぜ泣いているのですか」と言った。マリアは答えた。「誰かがわたしの主を取り去りました。どこへ置いたかのか、わたしにはわかりません」。こう言って、後ろを振り向くと、そこにイエスが立っておられるのが見えた。しかし、その人がイエスであることには気がつかなかった。

 イエスは、「婦人よ、なぜ泣いているのか。誰を捜しているのか」と尋ねられた。マリアは園の番人だと思って、「あなたが、もしあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか、教えてください。わたしが引き取ります」と言った。

 イエスは、「マリア」と言われた。マリアは振り返って、ヘブライ語で、「ラボニ」ーつまり「先生」ーと言った。イエスは仰せになった。「わたしに縋り付くのはよしなさい。わたしは、まだ父のもとに上っていないのだ。わたしの兄弟たちのところに行ってこう伝えなさい。『わたしの父であり、あなたたちの父でもある方、また、わたしの神であり、あなたたちの神でもある方ものとへ、わたしは上って行く』」と。

 マグダラのマリアは弟子たちのところに行って、「わたしは主を見ました」と言い、主から言われたことを弟子たちに告げた。


    このジョットの絵は、ヨハネによる福音書20章11−18節にもとづいています。




《 キリストの昇天 》

b0221219_15243589.jpg


 主イエスは弟子たちに語り終わって後、天い上げられ、神の右の座に着かれた。弟子たちは出て行き、いたるところで福音を宣べ伝えた。主は弟子たちとともに働き、しるしを伴わせて、弟子たちの言葉を確かなものとされた。

 イエス・キリストの昇天ときの最後の言葉は、「わたしは世の終りまで、いつもあなたたちと共にいる」でした。

『使徒行録』1 . 9 - 11 は、「キリストの昇天」をつぎのように述べています。 ジョットの絵はこれにもとづいていると思われます。キリストの昇天は、復活の後、40日目のことです。

 こう語り終わると、 イエスは使徒たちの見ているあいだに上げられた。一むらの雲がイエスを包んで、見えなくした。すると、そのとき突然、白い衣をまとった二人の男が彼らのそばに立って、「ガリラヤの人たちよ、なぜ、天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたあのイエスは、天に上るのをあなたがたが見たのと同じありさまで、またおいでになるであろう」と言った。

「またおいでにになる」というのは、世の終り、最後の審判のといのことを言っています。



《 聖霊降臨 》(ペンテコステ=ユダヤ教の五十日祭) 復活の後、50日目の出来事

b0221219_15311693.jpg


 五旬祭の日が来て、みんなが一つ所に集まっていた。そのとき突然、激しい風が吹いてくる音が天から聞こえ、彼らが座っていた家じゅうに響き渡り、炎のような舌が現れ、分かれておのおのの上にとどまった。すると、みんなは聖霊に満たされ、聖霊が語るままに、さまざまな他国の言葉で語り始めた。


聖霊降臨の後、使徒たちは福音宣教のために各地へおもむいて、イエスの福音を宣べ伝えました。したがって、この聖霊降臨をもって、「キリストの教会の成立」としています。

メシア・イエスの時代、つまり、新約時代は終わり、新しい「教会の時代」が始まり、福音は全世界、地の果てまで、伝えられるようになりました。



                              *


b0221219_1648558.jpg

[PR]

by francesco1hen | 2013-05-07 16:54 | Comments(0)