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2012年 07月 20日

(5)《 円形の聖堂 》 カトリック南山教会

円形の教会建築は、古代ローマ帝国の《 パンテオン 》(万神殿)が、キリスト教時代になって教会として使われたほかは、あまり例をみません。円形の教会は近現代になってから見られます。

最近の例ですと、東京四谷のカトリック麹町教会(通称、聖イグナチオ教会)があります。これは《 内接円の円形 》の大聖堂です。

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名古屋市には、ユニークな《二つの外接円の円形聖堂》のカトリック南山教会があります。

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この南山教会は、1950(昭和25)年に南山学園の職員のための聖堂として建てられました。 その後、名古屋教区の小教区の教会となりました。 1958(昭和33)年には、現在の聖堂の聖別式と献堂式が行われ、岡の上の教会として憧れの対象の一つとなっています。

この教会のユニークな形は、外接する二つの円筒の構造になっています。内部の特徴は、祭壇を中心にした円形の聖域をかこむような会衆席が円形になっていることです。そのことは写真を見ればよく分ります。

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南山教会聖堂を外側から、北側からと背後からの外観です。これで外観と内部の形がよく分ります。

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このユニークで斬新な教会建築について、当初多くの神父たちから「どう思いますか」という質問を受けました。さまざまな反応があって神父たちも気になっていたのだと思います。それほど斬新な教会建築でした。私自身は当初から、この聖堂があらゆる面から好ましい特徴と意味を豊かにもっていることを感じていました。

東京の聖イグナチオ教会の《 円形の会衆席と内接する円形の祭壇部分 》と南山教会の《 外接円の祭壇部分と会衆席 》という形のなかに、キリスト教のもっとも大切なことが示されているように考えられます。


最後の晩餐の夜イエスは、愛について弟子たちに詳しく語りました。その一つがヨハネ福音書14章20節の言葉です。

「わたしが父の内におり、あなたたちがわたしの内におり、そして、わたしがあなたたちの内にいることを、その日、あなたたちは悟であろう。」(*その日、とは、天の国に入ったときのこと。)

このことは、天国に入ったときに、救いの恵みを受けたものは《 父と子と聖霊の三位一体の神 》と完全に《 一つになっている 》ということです。
《 内接円や外接円 》は、《 神と人間が一つ 》になっている象徴的な形でもあるのです。


《 円 》は、永遠や永遠の存在を意味し、また、神の完全性、全能・永遠性を表わしています。
《 円のなかにい 》ることは、神とともにいること、さらに、円形の聖堂でミサを捧げ、聖体拝領を受けることは、神である 《 キリストと一致している 》ことにもなります。

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    「一切衆生」「二世安楽」 現世においても、来世においても、人びとが幸福であるように!
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by francesco1hen | 2012-07-20 18:21 | Comments(1)
2012年 04月 22日

江の島弁財天道標 (藤沢市指定重要文化財)

[ 江の島弁財天道標 ]

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藤沢市内には、市指定重要文化財「江の島弁財天道標」十二基が残されています。いずれも火成岩製のほぼ同じ大きさの尖塔角柱のもので、うち九基には正面に「えのしま道」、左右に「一切衆生」「二世安楽」と刻まれています。正面上部の梵字(サンスクリット文字)は、弁財天の種子(しゅじ)「ソ」と刻まれています。

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藤沢市役所の脇に置かれている「江の島弁財天道標」

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道しるべをかねて、道中する旅人の現世および来世の安楽(幸福)を祈念した造立者の温情が偲ばれます。十二基中、片瀬の西行もどり松脇の一基第四面には「西行もどり松」と刻み付けられており、その昔、西行も江の島弁財天に参詣したのかと思い巡らすこともできます。

江の島は江戸時代の参詣・物見遊山の名所として賑わいを見せていた場所、とくに江島神社の「裸弁天」は人気抜群であったようです。多くの旅人の便宜を図って「えのしま道」道標が造立されていたものと考えられます。

平穏無事で、平和な安らぎのなかで暮らしていた人びとに比べて、現代の人びとは、この道標に刻まれた「一切衆生」「二世安楽」の言葉を読んでなにを感じ、なにを考えるのでしょうか?






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by francesco1hen | 2012-04-22 16:37 | Comments(0)
2011年 05月 13日

賛美する喜びと救われた歓び                   「捨てる」という霊性について(12)

賛美する喜び!「永遠の命」

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《 フランチェスコの死 》 
十字架から降ろされたキリストのように、死後地面に寝かせてくれるように頼んだフランチェスコの死の姿。


フランチェスコにとって「他のあらゆること以上に」大切なことは、神の国と神のみ旨を行う生活を求めることでした。神のみ旨はイエスの生涯に現れています。イエスの福音が優先して告げられた人々は、社会から軽蔑され、排除されていた貧しい人、病気の人、徴税人、罪深い女、サマリア人などでした。だから、フランチェスコは、キリストが福音で示されたことを、だれにでも差別することなく説教して最後まで止むことがありませんでした。

己を捨て、キリストに従ったフランチェスコがついに「聖痕」を受けたとき、外には隠された喜びでしたが、キリストと一致できたという喜びの頂点に達したものと思われます。精神的苦悩と肉体的病苦に悩まされている時期でも、フランチェスコは、被造物が全体がこぞって創造主である神に賛美と感謝を捧げる『兄弟太陽の賛歌』を、歓びのうちに歌うことができました。そして自然・宇宙が一体となって神を賛美する喜びを味わっていたに違いありません。

キリストが十字架から降ろされたときのように大地に身体を横たえたときも、彼は魂を神にゆだね、
「いっさいを捨てる者の幸福」(マタイ19・27−30)、神の栄光の中にいる「永遠の命」の喜びに浸っていました。「回心」すなわち価値観の転換によって生活した人の生涯はこのようなものであったのです。



救われた歓び!「無量寿」

捨聖一遍の「回心」(えしん)は、世俗にある一切の物とそれに対する執着の捨離、さらには自我をも完全に捨て、最後は「書籍経巻の焼却」によって残る物はただ一つ「南無阿弥陀仏」、仏と衆生が二つではなく一つに融け合っている世界でした。

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阿弥陀仏と一体となる 成仏


熊野成道以来始まった念仏勧進の遊行の中で、一遍は人間だけではなく森羅万象が共に念仏を唱えている世界を見出していました。念仏を勧めることに生涯をかけていた一遍は、すべての人々とともに
歓喜踊躍(かんぎゆやく)のうちに念仏宇宙に遊ぶ念仏を唱えることができたのです。

自力・我執を捨て、へりくだった者の目にはこのような念仏世界が見えていたのです。辛酸舐め尽くすような遊行の苦しみの中にあっても、一遍や時衆たちは救われた歓びを隠すことはできなかったのです。同行時衆たちの「踊り念仏」とそれに加わった町の人々や里の人々は、共に成仏(極楽往生)
を保証されて救いの歓びに浸ることができたのです。

フランチェスコと一遍のこの世における願いは、すべての被造物全体、森羅万象が神や仏を讃え、差別なく救われる幸福を現世においても、来世においても得ることでした。そのために「平和の挨拶」
と福音を伝え、また「南無阿弥陀仏」の念仏勧進によって救われた歓びを確実にしようとしたのでした。


余分なものを捨て、信頼し任せる境地こそ、究極の幸福・歓び、「永遠の命」と「無量寿」への道なのです。




《シャローム・平安!》《シャンティ・寂静・平和!》《ナマステ・南無!》



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「えのしま道」道標  「二世安楽」の字が見えます。 (二世とは、来世のこと)
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by francesco1hen | 2011-05-13 15:12 | Comments(0)