家田足穂のエキサイト・ブログ

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2018年 07月 15日

ヘンデル《 メサイア 》の歌詞になった「イザヤ53章」

《 メサイア 》第9楽曲群 ヤーウェの苦難のしもベの贖罪の真相

第23曲「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ」 (受難のメシアの悲惨な姿)

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〔歌詞・テキスト〕〔コントラルトのアリア(独唱)〕


彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。

                              (イザヤ書53・3)

 打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
 顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
                              (イザヤ書50・6)



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                         *


イエスの受難の真相を伝えるこの希有な言葉として歌われる 第23曲のテキストは、くり返しくり返し歌われる表現の意味を目に見えるようにイメージしないかぎり、決して心撃つ歌にはならない。また、歌の心を心に受け止めることはできない。

大切なことは、「ヤーウェの受難のしもベの歌」の全体を集約したような、この曲のテキストの言葉そのものの意味を素直に捉えることが肝要です。


                         *


第24曲「彼が担ったのはわたしたちの病」(罪に目覚めた人の良心の声)

〔歌詞・テキスト〕〔合唱〕

 彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。
 彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎めであった。
 彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられた。

                             (イザヤ書53・4-5 )


第25曲「彼の受けた傷によって」(メシアの贖罪の意味)

〔歌詞・テキスト〕〔合唱〕

 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。

                              (イザヤ書53・5)


第26曲「わたしたちは羊の群れ、道を誤り」(罪の告白の言葉)

〔歌詞・テキスト〕〔合唱〕

 わたしたちは羊の群れ、道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。
 そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせた。
                              (イザヤ書53・6)


                         *



第23曲のアリア「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ」と、これに続く
第24曲「彼が担ったのはわたしたちの罪」
第25曲「彼の受けた傷によって」
第26曲「わたしたちは羊の群れ、道を誤り」の連続する三つの合唱の

テキストの言葉は、「苦難のしもベ」の悲惨なすがたを知って、これに無関心であったことを悔い、自分自身の罪の重さを悟る目覚めた人の良心の声、メシアの贖罪の意味を噛み締めた上での罪の告白の言葉です。


                   
                        * * 



第11楽曲群 メシアの十字架上での死と復活

 第29曲「嘲りに心を打ち砕かれ」(エルサレムの婦人たちの同情)
 第30曲「目を留めよ、よく見よ」(百人隊長らの心ある人々の感動)
 
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第31曲「彼は命ある者の地から断たれた」(メシアの十字架上の死)

〔歌詞・テキスト〕〔ソプラノのアコンパニャート〕

 あなたの民の背きゆえに、彼が神の手にかかり
 命あるもの地から断たれたことを。
                            (イザヤ書53・8)


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 第32曲「あなたは彼を陰府(死の国)に渡すことなく」
                       (メシアの埋葬・復活への希望)
 〔ソプラノのアリア〕


 第33曲「城門よ、頭を上げよ」(復活した「栄光の王」メシアの輝かしさと力)

 〔合唱〕

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      エル・グレコ  〈 キリストの復活 〉

  キリストの復活を見た者は一人もいません。復活のようすは画家の想像によるものです。


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       フラ・アンジェリコ 

      〈 復活したキリスト・イエスに最初に出会ったマグダラのマリア 〉



                        *





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# by francesco1hen | 2018-07-15 16:13 | Comments(0)
2018年 07月 13日

イザヤ書53章の「ヤーウェの苦難のしもベの歌」

イザヤ書53章の「ヤーウェの苦難のしもベの歌」は、旧約聖書におけるメシア預言の頂点となっています。

この歌が「文学の奇跡」といわれる理由は、イザヤ預言者が十字架の下に立って、磔刑のイエスを観ていたかのようにイエスの姿を描いていることです。

これは今まで、いずれの画家も描きえなかったイエスの受難の真実のすがたを、イザヤが「詩文のかたち」で書き残しているのことから「文学の奇跡」といわれるのです。


   
    「ヤーウェの苦難のしもベの歌」 (52・13 ー 53・12)


52・13 見よ、わたしの僕は栄える。
     はるかに高く上げられ、あがめられる。
   14 かつて多くの人をおののかせたあなたの姿のように
     彼の姿は損なわれ、人とは見えず
     もはや人の子の面影はない。
   15 それほどに、彼は多くの民を驚かせる。
     彼を見て、王たちも口を閉ざす。
     だれも物語らなかったことを見
     一度も聞かされなかったことを悟ったからだ。

53・1 わたしたちの聞いたことを、誰が信じようか。
     主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。

   2 渇いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように
     この人は主の前に育った。
     見るべき面影はなく
     輝かしい風格もなく、好ましい容姿もない。

   3 彼は軽蔑され、* 人々に見捨てられ * *
     多くの痛みを負い、病を知っている。
 
                   ( * マルコ 10・34. ルカ 18・31-33を見よ)
                    ( * * マタイ 2631. ヨハネ 16・32 を見よ)
                    
                      (《メサイア》第23曲の歌詞の前半)

    わたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。

  4 彼が担ったのはわたしたちの病
    彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに
    わたしたちは思っていた。
    神の手にかかり、打たれたから、 彼は苦しんだ、と。

  5 彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり
 
    彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎めのためであった。
    彼の受けた懲らしめによって、
    わたしたちに平和が与えられ      
                       (《メサイア》第24曲の歌詞)
    
    彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。

                       (《メサイア》第25曲の歌詞)
  6  わたしたちは羊の群れ
    道を誤り、それぞれの方角に向かって行った 。
                      
                        (《メサイア》第26曲の歌詞)


    そのわたしたちの罪をすべて *     ( * マタイ 26・31. 26・56 を見よ)
    主は彼に負わせられた。
  7 苦役を課せられて、かがみ込み *
                 ( * マタイ 26・67-68 と 27・27-30 を見よ )

    彼は口を開かなかった。*  
                  ( * マタイ 26・63 と ヨハネ 19・ 9 を見よ)

    屠り場に引かれる小羊のように *          ( * 黙示録 5・6 を見よ)
    毛を切る者の前にもの言わない羊のように
    彼は口を開かなかった。

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  8 捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。*

       ( * ヨハネ 18・3-11./ 18・19-24./ 18・28-19./19・28-37 を見よ)

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        彼の時代の誰が思い巡らせあであろうか。

        わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり
        命ある者の地から断たれたことを。 
                          (《メサイア》第31曲の歌詞)

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      ジョット   〈ピエタ 聖母マリアの悲しみ〉


    9 彼は不法を働かず、その口に偽りもなかったのに *
                     ( * ヨハネ 18・38. / 19・16 を見よ)

      その墓は神に逆らう者と共にされ *
               ( * マタイ 27・33-38/ ヨハネ 19・16-18 を見よ)
      富める者と共に葬られた。*       ( * マタイ 27・59-60 を見よ)

   10 病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ
      彼は自からを償いの捧げ物とした。
      かれらは、子孫が末永く続くのを見る。
      主の望まれることは、彼の手によって成し遂げられる。

   11 彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。
      わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために
      彼らの罪を自ら負った。

   12 それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし
      彼は戦利品としておびただしい人を受ける。
      彼が自らをなげうち、死んで
      罪びとのひとりに数えられらからだ。*
                 ( * マルコ 15・26-27. と ルカ 22・37 を見よ)

      多くの人の過ちを担い
      背いた者のために執り成しをしたのは
      この人であった。


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     ルオー  〈 キリストの顔 〉
           

                        *


このイザヤ53章の「ヤーウェの苦難のしもベの歌」を、使徒パウロは次のように要約しています。


キリストは神の身でありながら、神としてのありかたに固執しようとはせず、かえって自分をむなしくして、しもベの身となり、人間と同じようになった。

その姿はまさしく人間であり、死にいたるまで十字架の死にいたるまで、へりくだって従う者のとなった。

それゆえ、神はこの上なく彼を高め、すべての名にまさる名を惜しみなくお与えになった。
こうして、天にあるもの、地にあるもの、地下にあるものはすべて、イエスの名においてひざをかがめ、
すべての舌は「イエス・キリストは主である」と表明し、父である神の栄光を輝かす。

                      (フィリピの信徒への手紙 2・6 -11)


このフィリピの信徒への手紙で、「死にいたるまで、十字架の死にたるまで、へりくだって従う者となった」と要約された、イザヤ53章7-10節のメシア受難の描写は、まさにイエスの受難の真相に迫るものです。

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ベラスケス イエスの死



     イザヤ53章に「主の僕の苦難の後の栄光」という標題が付けられている聖書の訳もあります。


    
 *




   




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# by francesco1hen | 2018-07-13 12:40 | Comments(0)
2018年 07月 04日

 『知恵の書』の記述 と 現代人の生き方

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旧約聖書の収められている『知恵の書』が書かれたのは、前2世紀に七十人聖書が完成された後の前88年ー前30年の間と推定されています。

著者はユダヤ人でギリシア哲学思想に精通し、旧約聖書の内容にも明らかでした。ギリシア語で書かれた『知恵の書』の特徴は、不思議なことに旧約聖書と新約聖書をつなぐ役割をもっていることです。

ところで、今日『知恵の書』の2章を読むときに驚くことは、これが前 1世紀に書かれたのもかかわらず、現代世界に住む人間の個人の生き方や国家・経済の在り方を浮かび上がらせるような記述があることです。『知恵の書』には、そのことが次のように記述されています。


2・1 彼らは正しく考えず、互いに言い合う。
    「われわれの一生は短く、悲しみに満ちている。人は最期にあたって何もすすべはなく、また陰府      (死)から人を救い出した者は誰もいない。

  2 われわれは偶然に生まれたものであり、後には、まったく存在しなかった者のようになる。われわれの    鼻の息は煙、人の思いは心臓の鼓動から出る火花にすぎない。

  3 鼓動が止まると、体は灰となり、魂は軽い空気のように消え失せる。

  4 われわれの名は時とともに忘れられ、だれもわれわれの業を思い出してくれない。われわれの一生涯は    薄れゆく雲のように過ぎ去り、霧のように散らされる。日の光に追われ、その熱に溶かされながら。

  5 わらわれの生涯は影のように、ひとたび最後が来れば、やり直しはできない」。 


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この『知恵の書』のことばからは、死から先はないという人々の声が聞こえてくるようです。長時間の延命治療も人の生命を救うことはできず、「体は灰となり、魂は軽い空気のように消え失せる」結果に終わります。人の業績は間もなく人々の記憶から消え去り、人の生涯は雲散霧消してしまいます。

このように人の死の先には何もないと考えることは、人間の悲惨を感じさせるものでしかありません。死が人間の存在を完全に消滅させるということは、人間にただただ恐怖感を与えるだけです。  


そこで、彼らは次のように考えます。


  6 「さあ、目の前にある善いものを楽しもう。若い時のようにこの世のものをひたすら貪ろう。

  7 善い酒と香料におぼれ、春の花を見逃さず、
  8 バラのしぼみがしおれぬうちに、冠にしよう。

  9 われわれが飲んで騒がぬ野辺はないようにしよう。楽しみの跡を至る所に残しておこう。これこそわれ    われの取り分、われわれの定めなのだ。

 10 貧しい義人を虐げよう。年を重ねた老人の白髪も敬いはしない。

 11 わらわれの力を正義のものさしとしよう。弱さは無益なものとされているのだから」。 


この記述からは、現代世界の政治や経済の状況が現れてくるような気がします。


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    世界的に広がる貧富の格差


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人間が生きるために必要なものかと疑わせるような、富の豊かさを象徴する豪華な高層ビルの建物や住居。

高級グルメや高額商品を節度なく求める消費文化の現代人の行動は、贅沢な物質主義の虚飾ともいえる果実を貪るような愚かな姿に思えます。

その生き方が、たとえ生き甲斐のある充実した生活であっても、かならず訪れる死によって終わってしまうものであるならば、「生きる目的」をもたないその行動は、意味のない生涯であったとしか言えません。


「鼓動が止まると、体は灰となり、魂は空気のように消え失せる」ことは果たしてそのようでしょうか。


目に見える外面的な世界のことよりも、人間自身の内面(魂)に眼を向けて、新しい世界を見いださなければならない時ではないでしょうか?



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「われわれの名は時とともに忘れられ、誰もわれわれの業績を思い出してくれない。われわれの一生は薄れゆく雲のように過ぎ去り、霧のように散らされる」

という文字を読むとき、すべての人は生まれかつ、例外なく死に、死ぬ時はいかなる人も財産を持っていくことはできない。


    だから、死で終わる人間の生涯は、何であるかを問わざるをえなくなります。


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イエスのガリラヤでの福音宣教の第一声「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という言葉は、人々がこれまで抱いてきた現世的な価値観の転換をせまる衝撃的なものでした。


イエスが人々に迫る呼びかけは、人々を幸福にするのは、地上の富ではなく、神の国(永遠の命)と神の前に正しい生活を求めることこそが、最も価値のある幸福・神の国にいくことができる、というメッセージでした。


                         *


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    ルオー「キリストの顔」






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# by francesco1hen | 2018-07-04 21:40 | Comments(0)
2018年 07月 02日

不思議な旧約聖書の『知恵の書』と「詩編30番」

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               モーゼが『十戒』を授けられたシナイ山


  不思議な書物『知恵の書』

旧約聖書に収められている『知恵の書』は、紀元前1世紀(ある説によれば、
前2世紀)にギリシア語で書かれた著者不明の教訓書です。

著者はユダヤ人で、ギリシア哲学思想に精通し、旧約聖書にも明らかでした。
この『知恵の書』は、旧約聖書のうちで新約聖書と最も密接な関係をもっています。
それはこの書が、旧約聖書と新約聖書をつなぐような役割をもっていることです。

内容は多義にわたっていますが、ここでは、「死と生」に言及している個所を紹介します。
(知恵1章 13 -15. 2章 23 - 24.)



                         *



    
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「死海」とよばれる湖         



神が死を造られたわけではなく、        
命あるものの滅びを喜ばれるわけでもない。   

生かすためにこそ神は万物をお造りになった。  
世にある造られたものには価値がある。     
滅びをもたらす毒はその中になく、       
死の力がこの世を支配することもない。     
神の正しさは不滅である。           


神は人間を不滅な者として創造し、       
ご自分の本性の似姿として造られた。      

悪魔の妬みによって死がこの世に入り、     
悪魔の仲間に属する者が死を味わうのである。  




神の本性の似姿(imago Dei = image of God)は、
     本来、人間が神の永遠性に与る存在である根拠です。     
 
       このことから「人間は、神の目に貴く重んじられる」       
       という意味の深さが理解できると思います。           




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イエスが、福音を宣べ伝えはじめたガリラヤ湖



「詩編30」のことば


神よ、あなたはわたしを救い、
死の力が勝ち誇るのを許されない。
神よ、あなたは死の国からわたしを引きあげ、
危うい命を救ってくださった。

滅びは神の怒りのうちに、いのちは恵みのうちにある。
夜が嘆きに包まれても、朝は喜びに明けそめる。

神よ、いつくしみ深くわたしを顧み、わたしの救いとなってください。
  あなたは嘆きを喜びに変え、荒布を晴れ着に替えてくださった。


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善き牧者イエスと共にいる羊たち      




「この詩編30」は、〈いのち〉の与え主である神に信頼しながら歌われたものです。

滅びは神の怒りのいうちに・・・「滅び」と訳されている語は「一瞬」ともとれます。

新共同訳では「いっとき、お怒りになっても、命を得させることを御旨としてくださる」と訳しています。                            


そして、この詩編には、イエスの福音や十字架の救いのわざを思い起こすことができるかのような、言葉が見受けられます。                       


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# by francesco1hen | 2018-07-02 15:04 | Comments(0)
2018年 06月 29日

詩編 145「偉大な神への賛美」


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         詩編 145「神の偉大さと慈しみを讃える」


      わたしたちの神は偉大、すべてを超えて 讃えられる方。
      その偉大さは はかり知れない。
      今の世は次の世に あなたのわざを語り告げ、
      あなたの偉大な力をほめ歌う。

      神よ、あなたは恵み と あわれみ に満ち、
      怒るにおそく、いつくしみ 深い。
      その恵みは すべてのものに及び、
      憐れみは 造られた すべてのものの上にある。

      神よ、造られた すべてのものは あなたを讃え、
      あなたに従う人は感謝して歌う。
      彼らは あなたの国の栄光を語り、
      力ある あなたのわざを告げる。

      すべての人は あなたの力ある業と
      あなたの国の栄光を 知るようになる。
      あなたの国は永遠の国。
      あなたの支配は世々に及ぶ。

      神のことばは正しく、
      そのわざには 偽りがない。
      神は悩みのうちにある者を支え、
      倒れる者を すべて立たせてくださる。
      神を待ち望む すべてのものに、
      いのちの糧を豊かに恵まれる。
      生きている すべてのものの願いを、
      神は豊かに満たされる。

      神が行なわれることは すべて正しく、
      そのわざは 慈しみに満ちている。
      助けを求める すべてに人、
      心から祈る人のそばに 神はおられる。

      神をおそれる人の願いを聞き入れ、
      その叫びを聞いて助けられる。
      神を愛する人はすべて神に守られ、
      神に逆らう者は退けられる。


      わたしは神の誉れを語り、
      すべての民は世々限りなく、
      尊い 神の名を誉め讃える。



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                         *



この「神の偉大さと慈しみ」を讃える 詩編145番 には、神の愛を表わすヘブライ語の5つの言葉が すべて出てきます。この点でも、注目される 詩編です。

出てくる順に 「恵み」「憐れみ」「慈しみ」「知る」「愛」の5つです。

 「めぐみ」は、  ヘーン(恵みとしての愛・無償の愛)。
 「あわれみ」は、 ラーミム(心からの同情)。
 「いつくしみ」は、へセド(深いきずなの愛)。
 「知る」は、   ダート(深いところまで知る親しさ)。
 「愛」は、    アハベ(広い意味の愛・love)です。


ヘーンは、アモスの預言書に出てきます。あとの4つは、ホセアの預言書に出てきます。



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# by francesco1hen | 2018-06-29 23:39 | Comments(0)
2018年 06月 24日

詩編のことば「つねに人々と共にいる神ヤーウェ」

  
詩編 139 番「つねに人々と共にいる 神ヤーウェの はからい」

 
 神よ、あなたは わたしを心にかけ、わたしの すべてを知っておられる。
 わたしが 座るのも、立つのも知り、遠くから わたしの思いを見通される。

 歩くときも、休むときも見守り、わたしの行いを すべて知っておられる。
 くちびるに言葉が のぼる前に、神よ、あなたは すべてを知っておられる。

 後ろからも、前からも、あなたの手は わたしを守る。
 わたしを包む あなたの英知は神秘に満ち、あまりに深く、およびもつかない。

 あなたから離れて、わたしは どこに行かれよう。
 
 翼を駆って、東に逃れても、海を渡り、西の果てに住んでも、
 あなたの手は わたしを導き、あなたの右の手は わたしを離さない。

 
 あなたは わたしの体をつくり、母の胎内で、わたしを形造られた。 
 わたしを造られた あなたのわざは不思議。
 わたしは心から その偉大なわざを讃える。

 神よ、あなたの思いは きわめがたく、そのすべてを知ることはできない。
 あなたのはからいは限りなく、生涯わたしは その中に生きる。



                   *






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# by francesco1hen | 2018-06-24 16:59 | Comments(0)
2018年 06月 22日

宇宙のすべてのもの賛美を呼びかける「詩編148番」

     詩編148番「宇宙の賛美」

  ハレルヤ。天は神をたたえよ。
  天にあるすべてのもは神をたたえよ。
  神の使いは神をたたえよ。
  すべての力は神をたたえよ。
 
  太陽と月は神をたたえよ。
  きらめく星座は神をたたえよ。
  大空は神をたたえよ。
  雲は神をたたえよ。

  神のことばで造られた 天にあるすべてのものは、
  神の名をたたえよ。
  
  地にあるものは神をたたえよ。
  海と そこにすむものは神をたたえよ。

  稲妻と霰、雪と霜は神をたたえよ。
  吹きすさぶ風は神をたたえよ。

  山と丘は神をたたえよ。
  実を結ぶ木、すべての糸杉は神をたたえよ。
 
  野のけもの、すべての家畜は神をたたえよ。
  地をはうもの、翼のある鳥は神をたたえよ。

  地を治める王、すべての民は神をたたえよ。
  すべての支配者は神をたたえよ。
  若者と おとめたちは神をたたえよ。
  年老いた者も、子供たちも神をたたえよ。

  すべてのもは神の名をたたえよ。
  神は偉大。その栄光は天地をおおう。ハレルヤ!



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この詩編 148 番が非常に好きであったアシジの聖フランチェスコは、兄弟たちとよくこの詩編を朗誦しました。

そして、後に姉妹キアーラの修道院の庭で、病苦に耐えながら《 兄弟太陽の賛歌 》という賛歌をつくり、神によって造られたものたちを兄弟姉妹と呼んで、ともに神を讃えました。

《兄弟太陽の賛歌》に興味をもつ方は、このエキサイト・ブログの

「アシジの聖フランチェスコの《兄弟太陽の賛歌》」

を検索して、または 探してご覧ください。


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# by francesco1hen | 2018-06-22 18:57 | Comments(0)
2018年 06月 22日

《 画家モネの睡蓮 》 と《 大船フラワーセンターのスイレン 》

 [ 印象派の画家クロード・モネ(1840-1826)の睡蓮の絵 ]


モネは 1899年からスイレンを描いていますが、オランジュリー美術館の「睡蓮の間」に展覧されている最晩年の〈睡蓮〉の大装飾画にいたるまで、「睡蓮」を主題にした作品は約200点残されています。

表現されたのは、初めは睡蓮の池の広い風景や日本風の橋のある池の睡蓮の美しさでした。しかし、次第に睡蓮の浮いている水面に向けられていきます。そして、太陽の光によって、季節や時間とともに変化していく光の効果を捉えようとしました。

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ジヴェルニー「モネの庭」(マルモッタン公式HPより)


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箱根ポーラ美術館・所蔵




 [ 大船フラワーセンターの〈 スイレン 〉]



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                    *





    [ 詩編のことば ]


  神よ、あなたの慈しみは はかり知れない。
  あなたの翼のかげに人々は逃れ、
  あなたの家の豊かさに飽かされ、
  喜びの川から水を飲む。

  いのちの泉は あなたのもとにあり、
  あなたの光のうちに わたしたちは光を見る。

  あなたを知る者に 慈しみを、
  心の正しい人に豊かな恵みを注いでください。


        詩編 36・ 8-9. 10. 11.






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# by francesco1hen | 2018-06-22 14:23 | Comments(0)
2018年 06月 17日

中村さん家の「ノウゼンカズラの花」

ノウゼンカズラ(凌霄花) 学名 Campsis gradiflora

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中村さん家の門脇で〈 ノウゼンカズラの花 〉が満開です。 


落葉つる植物です。赤橙色の花を鑑賞するために、古くから栽培されています。
中国原産の蔓植物で 6・7月に咲き、夏の間つぎつぎに咲きます。         

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漢字で「凌霄花」と書きますが、珍しい名前ですね。









《 詩編のことば 》



神よ、あなたのわざは わたしを喜ばせ、     
あなたの造られたものを わたしはたたえる。

神よ、あなたのわざは偉大、       
その思いは はかり知れない。       

心の鈍い者にはわからず、        
愚か者には悟れない。          

神に従う人は なつめやしのように栄え、 
レバノン杉のようにそびえる。      

神の家に植えられた人は、         わたしたちの神の庭で栄える。      

年を経ても なお実を結び、        
いつも いきいきと おい茂る。      


(詩編 92・5-7. 13-15)


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註。なつめやし 高さが30メートルほどにもなる常緑樹。
        レバノン杉とともに、繁栄や勝利のシンボルとされています。  

        レバノン杉 「香柏」とも訳されています。          
        高さが30メートル近くにもなり、枝を大きく広げる美しい木です。




       




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# by francesco1hen | 2018-06-17 17:26 | Comments(0)
2018年 06月 16日

ミルテの花 「銀梅花」(マートル)




《 ミルテの花 》は「清純」という花言葉をもっています。  

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ミルテ(独)・銀梅花(和名)・マートル(通称)は、地中海沿岸地方原産で、明治時代に渡来しました。
常緑低木の花木です。梅花の白を銀色にたとえて「銀梅花」と名づけたらしいです。葉はハーブとして「マートル」と呼ばれ、羊肉(ラム・マトン)の香付けとして使われています。

                       *

《 ミルテの花 》(Myrthenblüthen)は、ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)が、1881年にウィーンナ・ワルツとして作曲しています。

オーストリア皇太子ルドルフとベルギー王女ステファニーの結婚式を祝う作品として作られたものです。
1881年5月8日、ウィーンのプラーター公園で催された国民祭で初演されました。当日は歓喜する20,000人の聴衆が集まりました。皇太子夫妻は、大群衆に遮られて演奏会場にたどり着くことができませんでした。

後日、弟のエドワルトが日を改めて、《 ミルテの花 》オーケストラ版と自らが作曲した《 ヴェールと冠 》を、皇太子夫妻の前で演奏したそうです。

その後もこのウィーンナ・ワルツは人気のワルツで、2018年のニュー・イヤー・コンサートで演奏されました。

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《 ミルテの花 》(Myrthen)は、R.シューマン(1810-1856)も 26曲からなる連作歌曲を作っています。

1840年9月12日結婚式の前日、シューマンは「愛する花嫁に」と書いた新しい歌曲集を、純潔の象徴である〈ミルテの花〉で飾って贈りました。


                        *


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    ミルテの花の学名は、  Myrtus communis   です。

   ミルテの花・銀梅花・マートルから、色々なことが分りました。


                        *


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       スイレンの花もキレイです。(大船フラワーセンターにて)




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# by francesco1hen | 2018-06-16 16:46 | Comments(0)
2018年 05月 29日

神の栄光のなかで輝くわたしたち 「神と一つになる」

[ 三は位一体の神 ] について

旧約聖書の時代に、天地の創造主「神ヤーウェ」は、「主」(アドナイ)と呼ばれていました。

 この神は、父性的な神として知られていましたが、神の子イエスが福音を宣べ伝える言葉のなかで、ヤーウェの本当の「名」を明らかにしました。「父と子と聖霊」(父と子と聖霊の交わり)が神の名です。《名》は、そのものの本質を表わすものといわれます。


「父と子と聖霊」の神は、のちに「三位一体の神」といわれるようになりました。

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初期キリスト教時代の「三位一体の神」

    (父の懐に抱かれた神の子キリストと聖霊を表象する鳩が描かれています)


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           北イタリアにあるアルベンガ洗礼堂に描かれた「三位一体の神」
   
       (三重のXpi=キリストは、三位一体の神を示し、鳩は十二使徒、周りは空の星)



 結論的にいえることは、神が「三位一体」であることを「信じる」ことはできるが、これを完全に「説明する」ことはできない、ということです。

 三位一体の神の「神秘」は人知の限界を超えることで、「信じる」ことによってのみ知ることができることです。




[ 晩餐の夜のふしぎな言葉 ]

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   レンブラント 「最後の晩餐」

    (彼の作品はこのエスキースのみで、完成作を遺していません)



最後の晩餐のとき、イエスは弟子たちにつぎのことを話しました。

「わたしが父のうちにおり、あなた方がわたしのうちにおり、そして、わたしがあなた方のうちにいることを、その日、あなた方は悟であろう」(ヨハネ福音書 14・20)。

その日というのは、神の国に入った(神の命に入った)ときのことです。このイエスの言葉は、すぐには理解し難いことばです。


〈イスラーム〉という言葉があります。その意味は、アラーへの「帰依」と一般に知られていますが、その深い意味は「神アラーとモスレム(信者)の円融無障の一致」で、完全に一つに融け合っている状態をしめす言葉です。

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             モスクの天井のイメージは〈イスラーム〉のようです。


このように、人は神の国に入ったとき、父と子とすべての人々が、聖霊の交わりのなかで「完全に一つ」になっていることを悟るのです。


そして、その夜イエスは、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人をお愛しになり、わたしたちはその人のところに行き、ともにそこに住む」(ヨハネ 14・23)とまで語りました。




[ イエスはまことの〈ぶどうの木〉]

ヨハネによる福音書の15章は、心の温まる美しいことばのある箇所です。なかでもつぎの言葉は「こころ」に響いてきます。


「わたしはぶどうの木であり、あなた方はその枝である。人がわたしに留まっているなら、その人は多くの実を結ぶ。 ・・・・・ 

あなた方がわたしの掟を守るなら、わたしの愛に留まることになる。わたしが父の掟を守って、その愛に留まっているのと同じである。わたしがこれらのことをあなた方に話したのは、わたしの喜びがあなた方のうちにあり、あなた方の喜びが満ち溢れるためである」(ヨハネ 15・5. 10-11)。


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      ローマ・サン・サンクリメンテ教会の「キリストはぶどうの木」




[ ゲッセマネの園で祈る ]

晩餐の夜、十字架の受難がせまるなかゲッセマネの園で、イエスは自分自身と弟子たち、および、イエスを信じる者たちのために、父である神に祈りました。この祈りのなかで、ヨハネによる福音書14章20節の「ことば」が、明らかになります。


「どうか、すべての者を一つにしてください。父よ、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らのうちにおり、あなたがわたしのうちにおられるのは、彼らが完全に一つになるためです」(ヨハネ 17・21-23)。


この父である神へのイエスの祈りは、わたしたちの大きな希望と喜びです。さらにつづく祈りは、それ以上に喜びを大きくするものです。


「父よ。わたしにくださった人々が、わたしのいる所に、ともにいるようにしてください。世界が造られる前から、あなたがわたしを愛して、お与えくださった、わたしの栄光を彼らに見せるためです。 ・・・・・

 わたしを愛してくださったあなたの愛が、彼らにあり、また、わたしも彼らのうちにいるようになるためです」(ヨハネ 17・24. 26.)。

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               ゲッセマネの園で祈るイエス (エル・グレコ)


わたしたちは信仰と愛によって、神の子イエスと「一つ」になり、父である神からも愛されます。わたしたちは、父と子と聖霊の交わりのなかで「一つの愛」となるからです。




[ 父と子と聖霊のみ名に入る ]

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                〈 円 〉にかぎりなく近い〈 八角形 〉


八角形は、限りなく円(完全)に近いかたちです。八角形は、円の「天」と四角の「地」の中間のかたちと言われます。

それは天の神の完全(神の国)に憧れる象徴として八角形の「鍾塔」になりました。また、父と子と聖霊のみ名に入る洗礼を受ける「洗礼聖堂」の形になりました。


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        八角形の「洗礼聖堂」 と 八角形の「鐘塔」 (ミラノの美しいロマネスク聖堂)



イエスは十字架の受難の「死」から、三日目に「復活」し、40日後に「昇天」しました。 地上から離れるとき、弟子たちに告げました。

「あなたたちは行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。父と子と聖霊のみ名に入る(沈める)洗礼を授け、わたしがあなた方に命じたことを、すべて守るように教えなさい」(マタイ 28・19-20)。


「神の命」のなかに入る洗礼を受け、キリストを信じる者はすでに「永遠の命」を持っていることになります。そして、この世を終わって「神の命」に入るとき、


「わたしたちはみな、鏡のように主(神)の栄光を映し出しながら、主の霊(聖霊)によって栄光から栄光へと、主(神)と同じ姿に変えられていくのです」(コリント人への第二の手紙 3・18)と 使徒パウロは記しています。


  

 「神の命」に入るとき わたしたちは、神と「完全に一つ」になって、神の栄光のなかで輝くのです。




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# by francesco1hen | 2018-05-29 16:48 | Comments(0)
2018年 05月 12日

「神の目に貴く重んじられる人間」  ー 奥が深い聖書のことば ー

[ 神に創造された人間 ]

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 人の創造について、創世記はつぎのように述べています。「神はご自分にかたどって人を創造された。人を神にかたどって創造され、男と女とに創造された」(創 1・27)。「また、神である主は土に塵で人を形づくり、命の息をその鼻に吹き入れられた。そこで人は生きるものとなった」(創 2・7)。

 神に似せて造られ「命の息」を吹き入れられた人間は「神の似像」( imago Dei )であり、神の本性に与りうる「霊」を持っている存在になりました。


 旧約聖書の中で、コヘレトは書いています。「神はすべてのものを、その時にかなったものとして美しく造られた」(コヘレトの言葉 3・11)と。

 また、知恵の書は「命を愛される主よ、あなたはすべてのもをいとおしまれる。すべてはあなたのもの。実に、あなたの不滅の霊がすべてのものに及んでいる」(11・26 - 12・1)と記しています。


 この不滅の霊は、神と命を共にできる「永遠の命」です。




                 
           
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                      預言者イザヤ
[ 人は、神の目に貴く重んじられる ]

 神に造られた人間について、預言者イザヤは、その預言書43章 1- 8節で素晴らしい言葉を記しています。とくに4節と7節に注目したいと思います。

「お前はわたしの目に貴く、重んじられる」と「これらの者はみな、わたしの名をもって呼ばれる者。わたしがわたしの栄光のために創造し、形づくり、造りあげた者」は、神によって創造された者が神に愛される貴重な存在であることを示し、その存在が神の栄光の輝きとなるというのです。

 神に似せて創造され、「命の息」すなわち「不滅の霊」という命を与えられた人間は、神の愛の対象として「神の命」の中へと招かれています。


 知恵の書は、人が貴重な存在であることをつぎのように、「あなたは存在するものすべてを愛し、造られたものすべてを愛し、造られたものを何一つ忌み嫌われない。もし憎いものがあったとすれば、あなたはそれを形づくられなかったであろう。あなたが望まなければ、どうして存在し続けることができよう」と書いています(11・24-25)。

                    *


 しかし、原罪の不幸を引きずって苦しんでいる人間をあわれみ、父である神はこれを救おうとされたのです。キリスト・イエスはこのことを明らかにしています。

 「神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである」(ヨハネ 3・16)という言葉です。



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救い主キリストの誕生(ジョット)       



[ 道であり、真理であり、命であるイエス ]


 イエスの福音の第一声は、「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」です。悔い改めとは、これまでの世俗の富を求める生き方を止め、最も大事な「神の国」を求めなさい、そのためには、「善い知らせ」を信じなさい、ということでした。

 福音という言葉は、イザヤ預言書の61章1-2節に出てきます。「貧しい人に善い知らせを告げ」がその言葉です。(ルカ 4・18-19で引用される)

 イエスの福音は、貧しい者、病に苦しむ人々、徴税人、罪深い女、サマリア人たち罪びとにされていたり、社会から排除されていた人たちに向けられていました。


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 この「小さくされていた」彼らも、神の目に貴く、愛されていた存在であり、イエスは、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪びとを招くためである」(マルコ 21・3 -17)と、彼らが心やすらぐ言葉を与えています。


 イエスがエルサレムに入り、受難が近づいていた頃、弟子たちに「人の子が来たのも、仕えられるためでなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」(マルコ 10・44-45)と、イエス自身のことを述べています。

 最後の晩餐の時には、「新しい掟」を与えて、それを命じ、「受難の愛」(十字架)の救いに赴きました。


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ゲッセマネの園で祈るイエス



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イエスの逮捕 受難が始る


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ルーベンス作

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         十字架の救いのイエス・キリスト(エル・グレコ)



 十字架上の死のあと、三日目に復活して、40日後に昇天しました。キリストが昇天する時の弟子たちへの最後の言葉は、「あなたたちは行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。すなわち、父と子と聖霊のみ名に入る洗礼を彼らに授け、わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい」(マタイ 28・28-29)でした。


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                  キリストの昇天
  

 ここで「み名に入れる」の、み名は、名前で呼ばれる「神そのもの」を指し、三位一体の「神の命」に入ることを意味しています。

 イエスの福音宣教の第一声の「神の国を求めよ」ということは、「神の命」に入ることであったのです。

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                  キリストの洗礼 (ヴェロッキオ)



 神にかたどり神に似せて創造され、「命の息」を与えられた人間の本性は、人が「神と一つになる」ことのできる存在であることを示しています。


                   *



       だから「人は神の目に貴く、重んじられる」存在です。





 *




[ 東方キリスト教の十二祝祭 ]
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          受胎告知            キリストの降誕    
         イエスの神殿奉献        キリストの洗礼
         キリストの変容         ラザロの復活

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          エルサレム入城          十字架のキリスト
          死者の国に降るキリスト      キリストの昇天
          聖霊降臨(ペンテコステ)     マリアの眠り(被昇天)


                         *



 
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               パントクラトール(天地万物の支配者キリスト) 




                    *   *   *






 [ イザヤ書 43章 4節 ]   を検索すると、たくさんの項目が出てきます。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という言葉は有名で、注目されています。


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預言者イザヤ(ミケランジェロ)














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# by francesco1hen | 2018-05-12 22:43 | Comments(0)
2018年 04月 29日

緑が濃くなった新緑の新林公園 2018_04_28

4月11日に「新林公園初期新緑グラデーションの歓びと愉しみ」を投稿しました。
4月28日に、新林公園をふたたび訪れました。人々にとっても愉しい日でした。

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新林公園の正門からの並木のエントランス          


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  旧福原家長屋門の入口                      

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端正な長屋門のかや葺き屋根                  

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    今年の藤の花は早く咲き、白いフジの花が清楚に咲いていました。

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    この道の手前方向に古民家があります。

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    鯉のぼりが立てられる季節になりました。


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    緑濃い里山風の新林公園のメーン風景です。

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    二本の大きなメタセコイア(落羽松)。
    秋になり落葉のとき、落羽松という名が納得できます。


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    落羽松の下を通っているテレビに出てくるような「女剣士」

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    メタセコイアの下で、ゆったりとした時間を過ごす二人
    よい休日でした。


                    *



           人々も喜ぶ、緑濃い新林公園の風景でした。








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# by francesco1hen | 2018-04-29 22:11 | Comments(0)
2018年 04月 25日

京都 大原 寂光院 ー 平家物語ゆかりの ー

京都 大原 寂光院


     聖徳太子用明天皇間人皇后菩提之為開創
     高倉天皇国母建礼門院徳子皇后 閑居御所
                    大原西陵
     平家物語 灌頂之巻 大原御幸 諸行無常之寺



院の初代は、聖徳太子の御乳母人であった玉照姫(548年に出家)。以来、代々高貴の家門の姫君が法灯を守り続けてきました。

第二代の阿波内侍(藤原信西の息女)は、崇徳天皇の寵愛を受けた女官でしたが、建礼門院には宮中より仕えていました。出家後に入寺し「大原女」のモデルとされています。

第三代の建礼門院徳子(平清盛の息女、高倉天皇の中宮で安徳天皇の国母)は、文治元年(1185) 九月に入寺。源平の戦いに敗れ、壇ノ浦で滅亡した平家一門とわが子安徳天皇の菩提を弔い、終生をこの地で過ごし閑居御所としていました。


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                                     photo チカリ

    寂光院の受付から山門にいたる美しい石組みの階段




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                                    photo チカリ



山門を入って本堂前北側の庭園は、回遊式四方正面の池で、林泉・木立・清浄の池として表現されています。正面奥の石清水を引いた三段の滝は、玉だれの泉といわれ、一段一段高さと角度が異なり、三つの滝がそれぞれ異なる音色が一つになって合奏するように作庭されています。

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                                     photo チカリ

有名な「四方正面の池」を見てから寂光院本堂へ向かいます。

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                               photo チカリ
    
山門から眺める清楚な寂光院本堂




本堂左手の奥に、「建礼門院御庵室跡」がひっそりと佇んでいました。こんな処が隠棲の地であったのかと感慨に耽りました。


               寂光院御詠歌 二首


 池水に汀の桜散りしきて 浪の花こそさかりなりけれ    (後白河法皇)

 思いきやみ山のおくに住居して 雲井の月をよそに見むとは  (建礼門院)




平家物語の冒頭の言葉

        祇園精舎の鐘の声 諸業無常の響きあり。

        沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を顕わす。



大原の寂光院は、『平家物語』とは切り離せないところです。


『平家物語』は、1220年以前、鎌倉時代の軍記物語の傑作中の傑作です。作者は、信濃前司行長が有力とされています。原作は3巻ともいわれ、平曲として琵琶法師に語られていく間に12巻に成長したようです。

古代社会から武家社会への変革期に、新しい時代を作り上げる平清盛・源義経らの英雄的行動と、没落していく平氏・貴族的なものへの哀傷とを、生き生きと描いた軍記物語の代表的作品です。


                            *


  『平家物語』の巻末を飾る「大原御幸」のくだりは、深い感銘をうけます。

清盛の娘建礼門院は、白河法皇の息子高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を生みました。そして、平家の栄枯盛衰のすべてを体現する女性でした。かたや法皇は、源平の争乱をすべて演出した人物です。

「大原御幸」は、この二人が出会い、互いに過去を回想し、涙に暮れるのが描かれています。しかし、現実に白河法皇が「大原御幸」を行なったかは疑わしいようです。

そもそも「灌頂の巻」は、『平家物語』の本編が成立して100年ほど後に付け加えられ、『平家物語』全体をつらぬく諸行無常の精神を一巻にまとめた性格を持っています。

それゆえに、この二人の登場人物は、わたくしたちに深い感銘を与えるのでしょう。




                           *




                   現代でも、すべてのもは「無常」です。

                「無常でないもの」は、何処にあるのでしょうか?







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# by francesco1hen | 2018-04-25 10:47 | Comments(0)
2018年 04月 20日

大原 三千院の 国宝「往生極楽院」と「わらべ地蔵たち」

「往生極楽院」は、三千院の源となった寺院です。

寺伝によると、寛和二年(986)に『往生要集』の著者で天台浄土教の大成者である恵心僧都源信が、父母の菩提のため姉の安養尼とともに建立したと伝えれています。

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   極楽院堂内の堂々たる金色の「阿弥陀三尊像」は国宝です。

中尊の阿弥陀如は来迎印を結び、右の観音菩薩は往生者を蓮台に載せる姿で、左の勢至菩薩は合掌しています。


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この船底型天井は、堂内に比べて大きい「阿弥陀三尊像」を納める工夫として天井を船底型に折り上げています。現在は肉眼ではわかり難いものの、その天井には極楽浄土に舞う天女や諸菩薩が極彩色で描かれています(写真は復元模写されたものです。円融蔵展示室)。

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朱雀門                          


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                     *




[ 往生極楽院の 微笑ましい「わらべ地蔵たち」]


極楽院には、意外な地蔵たちがいました。恋に疲れた女も癒されるのでしょうか?

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   なんとも微笑ましい「わらべ地蔵たち」でした。



  京都 大原 三千院 は、若葉がことさらに美しく、心やすらぐ処でした。



                       *



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                  京都の里山 大原                      











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# by francesco1hen | 2018-04-20 16:25 | Comments(0)
2018年 04月 20日

京都 大原 三千院

大原は、京都の里山です。大原女はいませんけれど、美しい里山です。

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永六輔の「 〜 京都大原三千院 〜 恋に疲れた女が、ひとり 〜 。」という歌が浮かびます。 それとは別に、三千院の門は立派です。


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    総門の内側です。




[ 本堂客殿の前庭の「聚碧園」(しゅうへきえん)]


これは、江戸時代の茶人・金森宗和が修築した池泉鑑賞式庭園と伝えれています。


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客殿では、抹茶を飲むことができます。          

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    客殿の裏側から



[ 本堂 宸殿から眺める 「有清園」]


宸殿(しんでん)は、後白河法皇により始められた声明による法要を今に伝える道場です。この宸殿から極楽院を眺める有清園は、中国六朝時代の詩人、謝霊運の「山水清音有」より命名された池泉回遊式庭園です。

杉木立の中、苔の大海原と紅葉が有名です。今は、もみじの新緑がキレイです。

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  奥の方に見えるのが往生極楽院です。よく気をつけると、遠くに池が見えます。                    

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有清園の美しさをあとに、国宝「往生極楽院」に向かいます。






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# by francesco1hen | 2018-04-20 14:55 | Comments(0)
2018年 04月 11日

新林公園の初期新緑グラデーションの歓びと愉しみ  ( '18. 4. 10. )

藤沢市には、新林公園という都市のすぐそばに里山風の公園があります。場所によっては深山幽谷を思わせるような所もあります。四季をつうじて味わいのある公園です。
今からの新緑が素晴らしいので、ご紹介におよびました。

    ご覧くだされば、その良さは分って頂けると思います。

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平地の所はおおよそ廻ってきました。4月下旬になれば、藤棚の藤が満開になります。そのころは、樹木の緑もいっそう鮮やかになり、また、愉しです。




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# by francesco1hen | 2018-04-11 17:44 | Comments(0)
2018年 04月 07日

鎌倉 本覚寺の枝垂れ桜 と 妙本寺の満開の桜花



東身延と呼ばれている本覚寺は、遠い身延山参詣が困難な人々のために、身延山から日蓮上人の遺骨を分骨してこの寺に移したことで、東身延と言われるようになったそうです。 この本覚寺も鎌倉の桜の名所となっています。

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    本堂横の枝垂れ桜 松の緑とよく調和しています。

    それにしても立派な本堂の姿です。


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    見事な枝垂れ桜です。


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日蓮上人鎌倉開山の妙本寺

日蓮(1222-82)は、題目の「南妙法蓮華経」を唱えると、「草木国土悉皆成仏」すると言いました。題目を唱えると、草木や国土、すなわち、すべてのものが仏になることができる、と教え関東の武士層や商工業者の間に広まっていきました。

妙本寺も桜の名所として有名です。

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最近流行のカメラ女史が意欲満々「妙本寺の桜花」の撮影にきています。


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     立派な中門です。まさに立派です。


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    立派な中門を潜って見ると、これまた満開の桜です。





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妙本寺の本堂は、さらに立派さを感じさせる寺院建築でした。
日蓮上人鎌倉開山による寺院の荘厳さがあります。


本堂左手に ハナカイドウ がありました。

土地の老カメラマンは、「カイドウ」と言っていました。海堂この堂ではなく、土 のところが 木 という字です。MacBook では、この字が出て来ないのです。


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   この日の数日後には、満開になったと思います。
       (撮影 '18.3.26.)



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        妙本寺にも美しい 枝垂れ桜 がありました。




                          ***




鎌倉時代中期、浄土教の流れのなからでた捨聖一遍(1239-89)は、南無阿弥陀仏の念仏札を配り歩きながら、全国を遊行しました。その間、踊り念仏を行ない人々に阿弥陀仏の救いの喜びをもたらしました。一遍のつぎの言葉から日蓮の「草木国土悉皆成仏」に近い思想がうかがえます。

「生きとし生けるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし。人ばかり超世の願いに与るにあらず」

このように書き記した一遍にとって、森羅万象までも念仏を唱えて成仏するのであったのです。人だけが世を超える阿弥陀仏の救いに与るだけではない、すべてのものが仏の救いに与るのである、と考えていたのでした。


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# by francesco1hen | 2018-04-07 22:00 | Comments(0)
2018年 01月 08日

伊豆スカイラインから 〈 伊豆半島 城が崎 と 高室山国立公園 〉 へ  2018_1_4 - 5.

箱根から伊豆スカイラインで城が崎に向かいました。途中で熱海の街を見ながら、真鶴半島を遠くに見て進みました。


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    熱海の街が見えます

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真鶴半島です                         

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     伊豆大島が見えてきました


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    城が崎の門脇吊り橋です。多くの人が渡っています。

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城ヶ崎海岸は、伊豆半島中央に聳える標高580mの休火山〈 大室山 〉が、かつて大噴火したときに、流れ出た溶岩流によってできた海岸であるといわれています。


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辺りを見渡すと、奇景というような風景に出合います。奇岩に直立している釣り人がいました。


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     海風に鍛えられたような樹林が美しく輝いていました。


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     振り返れば、この美しい景色です。


                      *



〈 城ヶ崎海岸 〉から〈 大室山 〉に近い〈 高室山国立公園 〉に向かいました。

ここには、高室山温泉パノラマ・ホテルがあり、その回りには、伊豆ホース・カントリーがあり、数多くの馬が飼われていて乗馬も出来る施設になっています。

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小高い丘のような高室山国立公園は、まさにパノラマ的な風景が広がっています。


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茶色の山が〈 大室山 〉です。毎年初春には山焼きが行なわれ、全国的に有名です。
その後のみどりの山が本来の〈 大室山の美しい姿 〉です。


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   この馬の鬣(たてがみ)は、まさに〈たてがみ〉です。食欲おう盛な馬です。
   平和な一時ですね〜。 (^_~)//。



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                       ***





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# by francesco1hen | 2018-01-08 16:01 | Comments(0)
2018年 01月 08日

「箱根大湧谷写真集」2018_1_4

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大湧谷は、箱根連山の最高峰の「神山」(1438m)の火口爆裂跡の草木のない荒涼とした大地には煙が立ち込め、あたり一面には硫黄臭が漂っています。

江戸時代までは地獄谷と恐れられていましたが、その独特の景観から今では箱根屈指の観光スポットになっています。奇観を目の前にダイナミックな自然の鼓動をじかに感ずることができる場所です。

しかし駐車場におりると、わたくしたちの目をうばうのは、大湧谷から見る「雄大な秀峰 富士山 」のすがたです。


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裾野の左の方には、まっ白に冠雪した南アルプスが見えるのがまた印象的でした。


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箱根ロープウエイで大湧谷駅にくるのは、強羅駅から草雲山駅をへて10数分で着きます。さて〈 大湧谷の景観 〉は、これから展開されてきます。



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            *




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駐車場に戻っても、〈雄大な富士山〉の姿は、格別で美しくわたくしたちを感動させます。

       やはり歌われるように「冨士は日本一の山」ですね!



                         *







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# by francesco1hen | 2018-01-08 14:33 | Comments(0)
2017年 12月 21日

良寛禅師・明恵上人・一遍上人と聖フランチェスコ

この三人の僧と聖フランチェスコは、いろいろな点で似たところがあります。


(1)良寛とフランチェスコ

アシジの聖フランチェスコ(1181/2 -1226)は、鎌倉時代初期にあたる13世紀の人です。良寛禅師(1757 -1831)は、江戸時代後期の人です。それにもかかわらず、わが国でアシジの聖フランチェスコがよく知られるようになってから、この「清貧の聖人」と良寛禅師「鞠つき良寛」が似ているという人が何人かいました。

その一人が北川省一です。その著『 良寛・その大愚の生涯 』(1980)では、鳥が群がり遊ぶのを飽かず眺める良寛と、ヒバリに餌を与える聖フランチェスコの姿が2頁にわたって指摘されています。

フランチェスコと良寛とはその高貴さ、宗教的な脱俗の姿によって、また、その純真な自然との関係によってなど、幅ひろい面で比較される可能性がありました。


面白い話があります。良寛の乙子神社草庵の時代のことです。解良栄重の『良寛禅師奇話』に出てくる話です。「盗人あり、国上の草庵に入る。一物の盗み去るべきものなし。密かに師の臥じゅく(ふとん)をひきて奪わんとす。師寝て知らざるものの如くし、自ら身を転じてなすがままにまかしたりきといふ。」と書かれています。

その上、良寛はつぎの句をのこしています。

        盗人(ぬすっと)に 取りのこされし 窓の月


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              良寛禅師




聖フランチェスコにはこんな話があります。

あるとき見るからに貧しい乞食に出会って物を乞われたとき、貧しい彼は自らの衣服を全部与えて、自分は裸のようになり寒さに震えていました。貧しい者をみて同情し、なんとかしなければと、すぐさま行動に移す愚かしさともいえることをする人でした。


このように良寛とフランチェスコは、対比することができる人物でした。

この二人を対比しながら、仏教とキリスト教の関係を論じている珍しい本があります。石上・イアルゴニッツアー・美智子(フランス国立科学研究所員)の『 良寛と聖フランチェスコ 菩薩道と十字架の道 』(1998) です。




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             聖フランチェスコ




(2)聖フランチェスコと明恵上人


聖フランチェスコと明恵上人(1173 -1232)とは同時代の人物であるといえます。この二人にも共通するところがあります。フランチェスコは、《小鳥への説教》と《兄弟太陽の賛歌》などで有名です。しかも、キリストの教えに忠実であったことでもよく知られています。

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     小鳥に説教し、「兄弟太陽の賛歌」を書き歌ったフランチェスコ




「明恵上人樹上座禅像」(惠日房成忍画)

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この明恵上人像には、奥深く続く松林に白雲がたなびき、小鳥が啼き飛かい、リスが明恵をうかがい、藤花が咲く、小枝に掛けた香炉からは、ゆっくりと煙がたちのぼっています。                                  

ここで明恵は静かに座禅に入観しています。樹木や岩や石と話をしているようすも窺えます。幼いころから父母を慕っていた明恵は、小動物を見ては父母の生れ変わりかもしれないと思い、子犬に愛情を注ぎ、寸大の子犬の木彫りを座右に置き愛玩しました。                                    
また、拾ってきた小石にもことばを掛けるほどした。身近かな周囲のものにも慈愛の眼を向け話しかけていました。                        

 
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聖フランチェスコと明恵上人の比較を論じた書物に、河合隼雄とヨゼフ・ピタウ『 聖地アシジの対話 ー 聖フランチェスコと明恵上人 』(2005) があります。   

この書では、ともに共通点と相違点を述べながら、前者はキリスト教と仏教の接近を指摘し、後者はフランチェスコが自然と平和を愛すること、そして、その背景にある神秘の世界を大切にする点で日本人と共有するところが多いとして、今日の平和にいたるまでの広い範囲にわたって比較の対話を展開しています。                    




(3)聖フランチェスコと一遍上人

「捨聖」一遍 (1239 -1289)は鎌倉中期の人。「清貧の聖人」フランチェスコは、それより50年ほど前の人物。しかし、この二人はよく似たところがあります。世俗捨離と清貧・無所有に徹したこと。さらに、ともに自己放棄による神仏への絶対帰依と一体化を求めました。

一遍とその同行(どうぎょう)は 「南無阿弥陀仏」の念仏札を配り歩く遊行(ゆぎょう)を行ない、その範囲は国中津津浦々におよんでいます。

フランチェスコとその兄弟たちも、「平和の挨拶」を人々にとどけながら、福音を宣教しながら旅をつづけました。

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        最後の最後まで、福音宣教の旅をつづけた聖フランチェスコ



フランチェスコが「兄弟太陽の賛歌」で歌って、すべての被造物とともに神を讃えたのと同じように、一遍もそのような考えを持っていました。

一遍が書き送った『興願僧都への消息文』のつぎの一節が、そのことをよく伝えています。

「よろづ生きとしいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし。人ばかり超世の願に預かるにあらず。・・・・・ 」
(念仏を称えるところには、すべての生きとし生けるもの、さらに山河草木も、吹く風や立つ浪の音さえも、念仏を称えている。人だけが阿弥陀仏の救いを受けるわけではないのです。すべてのものが成仏するのです。)


「和歌法語」より選べば、

 「となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏なむあみだ仏」
       (六字名号があるのみで、称えているものと仏は一体になっている =「仏我一如 」)

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     念仏賦算と遊行に明け暮れた一遍のすがた


                       *


ちなみに、一遍のこの考えに近いのが、同時代の日蓮 (1222 -1282)です。日蓮が勧めた題目(念仏)「南妙法蓮華経」を唱えると、「草木国土悉皆成仏」(草木や国土まで皆ことごとく成仏する)が現世する。宇宙の究極の真理を意味する題目を唱えれば、真理に帰入すことによって仏となることが出来る、という意味です。



                       *



聖フランチェスコと一遍上人の比較については、

高野 修『 一遍聖とアシジの聖フランシスコ 』(2009)
家田足穂『「捨てる」という霊性 ー 聖フランチェスコと一遍上人 』(2010) 




                      ***       



聖フランチェスコと明恵上人・一遍上人・良寛禅師は、師と仰いだものに従って生きた人です。

フランチェスコは、救い主キリスト・イエスの福音の教えに文字通りに従って、キリストを模範として生きました(キリスト模倣 = 第二のキリスト)。        


明恵上人は、釈迦を深く慕い憧れて、心の中にあるものは釈迦でけであったと言われています。そして、三蔵法師のように釈迦の遺跡を訪ねようと計画を立て、二度も試みましたが、諸般の事情がこれを許さず、これを実現することができませんでした。



一遍上人は、釈尊の足跡をしたってこれに学び、生涯のあいだ釈尊とともに歩きたいと、遊行しつつ念仏賦算の旅をしました。その賦算は、野捨ての遺骸にも念仏札を置き、彼らの成仏を願い、それのみでなく賦算は、獣畜魚類にまでおよんだと言われています。                                  



良寛禅師は、師と仰いだ道元の『正法眼蔵』に学んで「布施」、「利他」、「愛語」(やさしい言葉をかける)、「同亊」(自他一如)を実践しました。とくに「愛語」には力を入れていました。これらは、原始教典(釈迦の教え)に忠実であった道元の教えでした。                                




 
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# by francesco1hen | 2017-12-21 15:49 | Comments(0)
2017年 12月 09日

アシジの聖フランチェスコの《 兄弟太陽の賛歌 》 ( Cantico di frate Sole )                   

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《 兄弟太陽の賛歌 》は、『被造物の賛歌 』( Laude delle Creatore ) と書かれることもあります。ふつう、文書はラテン語で書かれていました。しかし、この《 兄弟太陽の賛歌 》という詩は、イタリア中部ウンブリア語で書かれています。したがって、《 兄弟太陽の賛歌 》は、トスカーナ語で書かれたダンテの『 神曲 』がイタリア国民文学といわれているより先の「最初のイタリア文学」です。


 

                         *



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              「聖痕」を受けるフランチェスコ  ジョット画 



 1224年9月14日ごろラヴェルナ山で、十字架上のキリストの五つの傷「聖痕」を受けた後も、聖痕から流れ出る血をひた隠しにして、苦しみに耐え忍びながらも、フランチェスコはロバに乗ってウンブリア地方で福音の説教を続けました。

 
 1225年5月ごろ、長年の苦労でほとんど視力を失った目の手術のためリエティに赴く途中、サンダミアーノに「貧しき婦人たち」の修道院長キアーラを訪問しました。

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      サン・ダミアーノの修道院(アシジ)


 目の病は悪化し、庭の掘建て小屋に身を横たえななければならなくなりました。
病臥の体に野ネズミは駆け上がり、虫に悩まされながらもフランチェスコはこの時、
『 兄弟太陽の賛歌 』を作りました。


 兄弟たちの分裂という精神的苦悩と肉体的靴に悩まされている時でも、フランチェスコは、被造物が全体こぞって創造主である神に賛美を捧げる詩を作り、歓びのうちに歌うことができたのでした。



            
          《 兄弟太陽の賛歌 》(被造物の賛歌)


 高くましまし、いつくしみ深い全能の主よ。
 あなたの賛美と栄光と名誉、そしてすべての祝福があります。
 あなたはそれにふさわしいからです。
 あなたのみ名を呼ぶにふさわしいものは、この世にひとりもおりません。


 賛美を受けてください、私の主よ。
 あなたがお造りになったすべてのもの賛美を受けてください。
 とくに私の兄弟、太陽の賛美を受けてください。
 太陽は昼を来させ、その昼の間、あなたは私たちのために光を注いでくださいます。
 太陽は美しい、大きな輝き。

 高くましますあなたのお姿は、太陽の中にうかがうことができます。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、月と星の賛美を。
 あなたは空の中に、月と星を明るく美しくお造りになりました。

 
 賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、風の賛美を。
 大気と雲と晴れた空の賛美を。
 これらの兄弟もとに、あなたはすべての生者を養ってくださいます。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の姉妹、水の賛美を。
 水は役立ち、つつましく清らかです。


 賛美を受けてください、私の主よ。私の兄弟、火の賛美を。
 火を使ってあなたは夜を照らしてくださいます。
 火は美しく楽しく、勢いよく力強いものです。


 賛美を受けてください、私の主よ。
 私の姉妹、母親だ大地の賛美を。
 大地は私たちを育て、支え、たくさんのだものを実らせ、
 きれいな花と草を萌え出させます。



 賛美を受けてください、私の主よ。
 あなたへの愛ゆえにゆるし、病と苦しみに耐え忍ぶ者のために。
 しずかに平和をまもる者はしあわせです。
 いと高くまします主よ、そのひとたちは、あなたから、栄冠を受けるからです。



 賛美を受けてください、私の主よ。
 私たちの姉妹、肉体の死 * の賛美を。


 生きるものはすべてこの姉妹の手から逃れられない。
 大罪を背負って死ぬものは不幸ですが、
 あなたの聖なる御旨を行ないながら死ぬものは幸いです。
 第二の死 * * にそこなわれることはもうありません。

 
 賛美しよう、歌をささげよう。
 感謝の歌をささげ、深くへりくだって、主に仕えよう。

               
                [ 小川国夫訳 ] ゆるしと平和の節、筆者補訳。



* 「肉体の死」とは、自我からの脱却を完成してくれるもの、キリストのもとへと自分を運んでくれる、善き伴侶である。

* *「第二の死」とは地獄に堕ちること。


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    アシジの聖フランチェスコ    シモーネ・マルティーニ画


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        聖キアーラ(クララ)修道院長    シモーネ・マルティー二画 


 シモーネ・マルティーニが描いたこの絵は、日本の仏画に似た気配が感じられます。



                         *


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            天使と聖フランチェスコ


           最もよく似ていると言われている聖フランチェスコの肖像 
           (ジョットの師であったチマブーエ画)





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# by francesco1hen | 2017-12-09 18:06
2017年 12月 08日

 アシジの聖フランチェスコの《 小鳥への説教 》

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   小鳥に説教するフランチェスコ         アシジの大聖堂下堂の壁画



チェラーノのトマスによる『 聖フランチェスコの第一伝記 』に出ている〈 小鳥への説教 〉は日本でもよく知られ、それゆえに聖フランチェスコは親しまれています。


その『第一伝記』のなかで〈 小鳥ヘの説教 〉は、つぎのように記述されています。


 兄弟たちの数を増やしながら、師父フランチェスコは、スポレート盆地を横切っていた。ベヴァーニアに近いある場所にさしかかると、そこにおびただしい数のいろいろな種類の鳥たち、鳩、みやまがらす、そして、ウソと呼ばれる鳥たちが集まっていた。

 下等な分別のない動物たちにも慈愛と愛情を抱くほどに情熱に満ちていたこの神の僕フランチェスコは、それを見て、連れの者たちを道に残したまま、急いで鳥たちのところに走っていった。

 そして、近づきながら、鳥たちが彼を待っているのを見て、彼の習慣どおりに鳥たちに挨拶を送った。しかし、驚いたこに、鳥たちは飛び立って逃げようとはしなかった。喜んだ彼は、謙虚に神のみ言葉を聞いてくれるように鳥たちに頼んだ。フランチェスコが話したのは、つぎのような言葉であった。

 「わたしの兄弟である鳥たちよ。お前たちは、お前たちをお造りになった神を大いに讃え、つねに愛さなければなりません。というわけは、この方(神)は、お前たちの身を覆うための羽毛を、飛ぶための羽根を、そして、お前たちに必要なすべてのものを与えられるからです。

 神は他の動物たちのなかでも気高くお前たちを造り、きれいな空気のなかに住むことをお許しになったからです。

 お前たちは種を蒔くことも、刈り入れをすることもない、それにもかかわらず、神は自らお前たちが何も心配もないように見守ってくださっているのです」。

 
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 この師父フランチェスコの言葉に、鳥たちは彼らの性に従って、首を伸ばしたり、翼を広げたり、嘴を開けたり、彼を見つめたりして、ありありと歓喜のしるしを示した。そして彼は鳥たちの間を行ったり来たりして、彼の衣服で、鳥たちの頭や体にそっと触れた。最後に鳥たちを祝福し、十字を切って、鳥たちに飛び去る許可を与えた。

 それから、この師父フランチェスコは、連れ者たちと歩き始め、あらゆる被造物からのつつましい賛美によって崇められる神に感謝し、賛美の祈りを捧げた。



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    小鳥たちに呼びかけて「説教」をするフランチェスコ   ジョット画




      


  
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             べヴァーニアで小鳥たちに説教した聖フランチェスコ















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# by francesco1hen | 2017-12-08 22:25 | Comments(0)
2017年 12月 07日

アシジの聖フランチェスコの生き方                     ー 聖書のことばを文字通りに生きる ー



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        ローマ近郊 スビアコの洞窟に描かれた若いフランチェスコ     



San Francesco d' Assisi (1181/82ー1226) は、13世紀イタリアでのフランシスコ修道会の創立者です。現代では「環境保護の聖人」(1979)とされています。  


柔和・謙遜のイエスの「受肉の謙遜」と「十字架の受難の愛」に、心を打たれた彼は、何よりも貧しいイエスに倣う生活を目指しました。「清貧の聖人」といわれた彼の生き方の特徴はつぎの通りです。                             
 ① 清貧の生活を徹底的に守る。       
 ② 完全な自己放棄に生きる。        
③ 神に絶対的に信頼する。        
            ④ 自然界の兄弟姉妹とともに神に感謝と賛美をささげる             ⑤ つねに人々に柔和と謙遜で接する、などです。    

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アシジの大聖堂にあるフランチェスコの衣服継ぎ当ては彼の手で丁寧行なわれ、彼は几帳面な性質であったと想像されています。                    




アシジのフランチェスコの生涯には、いくつかの転機がありました。


彼は豪商の息子として小遣いを気前よく使い、友達から「遊びの王様」としてもてはやされ、遊楽の毎日を送っていました。                    

騎士になることに憧れていた彼は、ペルージアとの都市戦争で捕虜となりました。(1202)                                    
捕虜から解放された後は、「遊楽の生活」にも喜びを感じなくなり、遊楽の生活は終わりました。                                

そんな時、不思議なことに今まで忌み嫌っていた「癩者への接吻」を経験しました。(1204)                                  


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病人を訪れて介抱するフランチェスコ        


彼に従う兄弟たちに、とくにハンセン氏病の患者を「キリストの兄弟」と呼ばせ、世話をすることに熱心でした。                                     




ある日、サン・ダミアーノ修道院の「十字架の声」ー 壊れかけているわたしの家をなおしなさい ー を聞いて、フランチェスコは、アシジの街の「聖堂の修復」にのり出しました。(1206-1208)                         



フランチェスコの生涯の重要な転機は、五つの壁画がよく示しています。



 ① 《 財産放棄 》(1206) 司教館広場で、肉身と受けるべき財産を捨てることを宣言します。この年を「回心 (conversio) の年」 としています。        
 

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 2年後、ポルティウンクラの聖堂で「決定的回心」をして、福音宣教を決意します。(1208)                                     


 ②  《 教皇イノケンティウス3世の夢 》と《修道会則の認可と説教活動の承認 》 この認可と承認を得て、フランチェスコの兄弟会の福音宣教活動は展開されていくことになります。                             


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《イノケンティウス3世の夢》    ジョット画  

教皇はフランチェスコに会う前日夢を見ました。傾いているラテラノ聖堂を修道士がこれを支えている夢でした。教会の現状を象徴している夢でした。        
   

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《 教皇イノケンティウス3世、フランチェスコに会う 》 ジョット画



 ③ 《 小鳥への説教 》(1214) この後の 1219 年の「むしろの総集会」で兄弟(会員)たちの数は5,000人になりました。                   


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《 小鳥への説教 》(アシジ大聖堂)       ジョット画

 

 ④ ラヴェルナ山で《 十字架上でのキリストの五つの傷 ー 聖痕を受ける 》(1224) 「聖痕」は、キリストの倣ったフランチェスコの「キリストとの同化」のしるしです。この翌年、『兄弟太陽の賛歌(被造物の賛歌)』が作られます。(1225)  


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キリストの「五つの傷」を受けるフランチェスコ   ジョット画




⑤ 《 聖フランチェスコの死 》(1226)  遺言によって地上に横たえられたフランチェスコを見た人々は、これは「ウンブリアのキリスト」だ、と言いました。後年人々は、フランチェスコのことを「第二のキリスト」と呼びました。        

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フランチェスコの死      アシジ大聖堂の下堂の壁画(作者不詳)




[ フランチェスコの生き方の根拠 ] (聖書の言葉どおりに生きる)        

(a) ポルティウンクラの聖堂での「決定的な回心」(conversio) (1208)   
この聖堂でミサのときに朗読された聖書のことばを聴いたときの回心。      

マタイ福音書 10章 7-13 節のことばが、フランチェスコの使命を決定したと言われています。その骨子はつぎの3点。                     

 ① 「神の国」の福音宣教をすること。             
 ② キリストに倣う「清貧」に徹すること。           
③ 出あう人々に「平和の挨拶」を贈ること。         

(b)『原始会則』のもとになった聖書の3カ所のことば。           

    ① マタイ福音書19章 21節(財産放棄)「もし完全になりたいなら、あ      なたの持ち物を売り、・・・・・ わたしについて来なさい」。          
    ② ルカ福音書9章 3節(清貧)「旅のために何も携えてはならない。杖も     袋もパンも金も持ってはならない」。                     
    ③ マタイ福音書16章 24節(自己放棄)「わたしに従いたい者は、自分     を捨て、自分の十字架を担って、わたしに従いなさい」。            



このような生き方によってフランチェスコは、物質的な貧しさと内的な富をも捨てた後も、自己放棄における神への絶対的信頼によって、最後までキリストの「受難の愛」に従い、ラヴェルナ山で「聖痕」(Stigma)を受けるまでにキリストの同化したのでした。そのフランチェスコは、人々に「第二のキリスト」といわれるようになりました。                                   


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地上に横たえられたフランチェスコの姿   アシジの大聖堂の下堂の壁画






死の2年後、異例のこととして彼は、「アシジの聖フランチェスコ」と称えられました。教皇によって「聖人」とされたのです。                                      



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「福音の言葉」を文字どおりに生きたフランチェスコ 








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# by francesco1hen | 2017-12-07 13:36 | Comments(0)
2017年 12月 05日

13/4世紀イタリアが生んだ三人の人物

三人の人物とは、清貧の聖人アシジのフランチェスコと詩人アリギエーリ・ダンテ、そして画家・建築家ボンドーネ・ジョットがその三人です。



アシジの聖フランチェスコ(1181/2ー1226)は、新しい修道会をつくり、その優れた霊性によってキリスト教ヨーロッパに新しい時代を開きました。

                       
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              アシジの聖フランチェスコ  チマブーエ画

              実像に最もよく似た肖像と言われています。





アリギエーリ・ダンテ (1265-1321)は、イタリア文学の金字塔『神曲(Divina Commedia))』のなかで、聖フランチェスコの聖性を称えています。


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          バルジェロ宮殿礼拝堂に描かれた ダンテの肖像  ジョット画




ボンドーネ・ジョット(c.1266ー1337)は、14世紀イタリア・ルネサンス初期の新しい時代の画家・建築家として活躍しました。そして、《聖フランチェスコの生涯》や《キリストの生涯》などの壁画を多くの教会に残しています。彼は後世「キリストに最も近づいた画家」といわれています。

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           ジョットの肖像      パオロ・ヴッチェロ画




この三人の人物は、強いきずなで結ばれています。ダンテは聖フランチェスコから深いインスピレーションを受けて『神曲』で何か所かで聖人を讃えています。彼の友人であったジョットのためには、煉獄編第十一歌で「チマブーエは画壇の不朽の地位を保とうとした。今やジョットが登場し人気を博するようになると、チマブーエの名声はかすんでしまった」とジョットを歌いました。

ジョットが聖フランチェスコの生き方に感銘して、その『聖人伝』を描いたことはすでに述べました。ダンテから称讃されていたジョットは、バルジェロ宮殿礼拝堂に《ダンテの美しい肖像画》を残してダンテを讃えました。同世代の二人は、互いに深い友情で結ばれ、しかもこの二人は、聖フランチェスコから多くの霊感を受けたのでした。



                         *




          つぎのブログでは、アシジの聖フランチェスコについて紹介します。







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# by francesco1hen | 2017-12-05 22:16 | Comments(0)
2017年 11月 08日

ハイドンの弦楽四重奏《 十字架上におけるキリストの最後の七つの言葉 》

古典派音楽の巨匠ヨーゼフ・ハイドン(1732ー1809)は、「近代器楽の父」と呼ばれ、交響楽を始め多くの器楽曲をのこしています。そして彼は、Die sieben lezten Worte unseres Eelöser am Kreuze op.51 という弦楽四重奏を作曲しています。この作品についてハイドン自身が「これは私の傑作中の傑作である」と自負するほどのきわめて強い愛着をもった作品でした。この作品は、モザイク・クァルテットの優れた演奏で聴くことができますが、ここでは聴いて頂けないのは残念なことです。

ところで、「十字架上におけるキリストの七つの言葉」とはどんなものでしょうか。エル・グレコとバロックの三巨匠、ルーベンス、ヴェラスケス、レンブラントの絵画と聖書の言葉で、「キリストの最後の七つの言葉」を紹介します。


                           *


 ハイドンの《 弦楽四重奏 》

〈序奏〉  マエスト—ソ・エド・アダージョ (荘重な、そして ゆるやかに)ニ長調 で始まります。



                           *


〈第1曲〉 ラールゴ (ゆっくりと遅く) 変ロ長調

  第一の言葉「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分らが何をしているのか、わからないのです」
                                               (ルカ 23・34)

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        エル・グレコ  《イエス 十字架に付けられる》               


「されこうべ」と呼ばれている所に着くと、そこで人びとはイエスを十字架に付けた。俣、犯罪人も、その一人を右に、一人を左に、十字架に付けた。そのとき、イエスは、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分らが何をしているのかわからないのです」と仰せになった。人々はくじを引いてイエスの衣を分けあった。            (ルカ 23・33−34)                                              

   *



〈第2曲〉 グラーベ・エ・カンタービレ(ゆっくりと遅く) ヘ短調                    

第二の言葉 「あなたによく言っておく。きょう、あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」
                                          (ルカ 23・43)

     
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            ルーベンス 《 ゴルゴタの丘の三つの十字架 》


十字架に付けられた犯罪人の一人が、冒涜の言葉をはいて、「おまえはメシアではないか。自分とおれたちを救ってみろ」と言った。すると、もう一人の犯罪人がこれをたしなめて、「おまえは同じ刑罰を受けていながら、まだ神を恐れないのか。われわれは自分のやったことの報いを受けているのだからあたりまえだが、このかたは何も悪いことをなさっていないのだ」と言い、「イエス様、あなたが王権をもって来られるときには、どうかわたしを思い出してください」と言った。イエスは、「あなたによく言っておく。きょう、あなたはわたしとともに楽園にいるであろう」と仰せになった。      (ルカ 23・39−43)


                          *


〈第3曲〉 グラーベ(荘重な) ホ長調

  第三の言葉 「婦人よ、これはあなたの子です」「この方は、あなたのお母さんです」                                          
       
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    エル・グレコ 《 十字架の下に立つ聖母と使徒ヨハネ 》       


イエスは、母とそのそばに立っている愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、これはあなたの子です」と仰せになった。それから弟子には、「この方はあなたの母です」と仰せになった。そのときから、この弟子イエスの母を自分の家に引き取った。                                            (ヨハネ 19・26−27)





〈第4曲〉 ラールゴ(ゆっくりと遅く) ヘ短調                           

 第四の言葉 「 エリ、エリ、レマ、サバクタニ 」                        
       「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになるのですか?」 


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エル・グレコ 《 キリストの磔刑 》              
                         
       

 正午から、闇が全地を覆い、三時まで続いた。三時ごろに、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは、「わが神、わが神、どうしてわたしを見捨てられるのですか」という意味である。                                                     (マタイ 27・45−46)





〈第5曲〉アダージョ(ゆるやかに) イ長調                          

 第五の言葉 「のどが渇く」             *文語文の「われ渇く」という訳も有名。


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          レンブラント  《われ渇く》                            


 その後、イエスは、もはやすべてが成し遂げられたことを知り、「のどが渇く」* と言われた。こうして聖書の言葉は成就した。                                        (ヨハネ 19・28)
                   
* 詩編 22,16 口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはり付く。





〈第6曲〉 レント(遅い) ト短調                               
                       
第六の言葉 「成し遂げられた」                             

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ヴェラスケス 《十字架上のキリストの死》          
                     


 そこには、酸っぱいぶどう酒のいっぱい入ったった器が置いてあった。兵士たちは、このぶどう酒をたっぷり含ませた海面をヒソプに付けて、イエスの口もとに差し出した。イエスは酸っぱいぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言って、頭を垂れ、霊をお渡しになった。* (息を引き取られた、の意)
                                       (ヨハネ 19・29−30)

                          *


〈第7曲〉 ラールゴ(ゆったりと) 変ホ長調

  第七の言葉 「父よ、わたくしの霊をみ手に委ねます」


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            ルーベンス  《十字架からのキリストの降下》


 時はすでに正午ごろであったが、太陽は光を失い、全地が暗闇に覆われて、三時まで続いた。聖所の垂れ幕はまん中から二つに裂けた。その時、イエスは声高く叫んで、「父よ、わたくしの霊をみ手に委ねます」と仰せになった。こう言って、息を引き取られた。                                        (ルカ 23・45−46)


                          *



〈地震〉終曲 プレスト エ コン・トゥッタ・ラ・フォルツア(非常に速く、そして全力で) ハ短調

 終曲では、それまでの穏やかな曲想が一変して、テンポはプレストとなり、さまざまな音型が、聖所の垂れ幕が裂け、大地が震えるようすを表現します。 

「地震が起きる」

 そのとき突然、聖所の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂け、地が震い、岩が裂け、墓が開いた。眠っていた多くの聖なる人々の体は起き上がり、イエスの復活後、墓から出て、聖なる都に入り、多くの人たちに現れた。百人隊長、および、いっしょにイエスを見張りしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「まことにこの人は神の子であった」と言った。                                            (マタイ 27・51)



                      *  *  *



                 [ モザイク・クァルッテ ] の演奏者

 エーリッヒ・ヘルバート(第1ヴァイオリン)  アンドレア・ビショップ(第2ヴァイオリン)
 アニタ・ミッテラー  (ヴィオラ)      クリストフ・コワン  (チェロ)



プレミアム  [ 数象徴法 ]

七つの言葉の7は、「神の恵み」を象徴する数です。 3+4は、7です。

3は、「三位一体の神」を表わす象徴数です。神によって創造された世界と人間は、4という象徴数で表わされます。
神から世界や人に与えられるものは、7「恵み」です。



                          
                         *






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# by francesco1hen | 2017-11-08 18:17 | Comments(0)
2017年 10月 10日

箱根仙石原(すすき)の風景

箱根仙石原の〈すすき〉は素晴らしい・・・ 。 その一語に尽きますね!


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清々しい空気とやさしい薄原にいやされて堪能し、満足して帰路についています。 (^_~)//。



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                詩編139 のことば(旧約聖書より)



          詩編 139 「常に人とともにいる神」


   神よ、あなたはわたしを心にかけ、 わたしの すべてを知っておられる。

   わたしが座るのも、立つのも知り、 遠くから わたしの思いを見通される。

  
   歩むときも、休むときも見守り、  わたしの行いを すべて知っておられる。

   くちびるに言葉が のぼる前に、  神よ、あなたはすべてのことを知っておられる。

  
   後ろからも、前からも、 あなたの手は わたしを守る。

   わたしを包む あなたの英知は 神秘に満ち、 あまりに深く、及びもつかない。


   あなたはわたしのからだを造り、 母の胎内で わたしを形造られた。

   わたしを造られた あなたのわざは不思議。 わたしは心から その偉大なわざを讃える。


   神よ、あなたの思いは きわめがたく、 そのすべてを知ることはできない。

   あなたのはからいは限りなく、 生涯、わたしは その中に生きる。




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# by francesco1hen | 2017-10-10 11:40 | Comments(0)
2017年 09月 24日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(3)

[ 聖霊降臨から世の終り「最後の審判」まで ]

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        「聖霊降臨」(使徒たちの福音宣教が始まる = キリストの教会の成立)
        


 キリストが復活して後40日の間、イエスはしばしば弟子たちのところに現れていました。弟子たちとともに食事をしていた時、イエスは聖霊を送ることを集まっていた者に告げています。

「聖霊があなた方に降るとき、あなた方は力を受けて、エルサレムと全ユダヤとサマリア、および地の果てまで、わたしの証人となるであろう」と。 

 聖霊降臨は、ルカ福音記者によって書かれた『使徒行録』(2章1-13節)に、つぎのように記されています。

 五旬祭の日(キリストの復活から50日目)が来て、使徒たちが一つの所に集まっていた。そのとき突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家じゅうに響き渡り、炎のような舌が現れ、分れておのおのの上にとどまった。すると、みんなは聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、さまざまな他国の言葉で語り始めた。

 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国から来た敬虔なユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の者が集まって来た。その人々は、それぞれ自分の国の言葉で使徒たちが話すのを聞いて、あきれてしまった。そして驚き怪しんで、「・・・あらゆる国から来ている人が、わたしたちはそれぞれわたしたちの国の言葉で、あの人たちが神の偉大な業を語るのを聞こうとは!」と言った。人々は驚き、惑い、互いに、「いったい、これはどうしたことか」と言い合った。

                          
                             *


 人々の驚きが、活き活きと書かれています。キリストの教会は、この時から世界の地の果てまでイエスの福音を宣ベ伝えていきました。「キリストの教会の時代」が始まります。


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                  〈エル・グレコの聖霊降臨〉



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キリスト教の歴史観では、人類の歴史は三つの時代として考えられています。

(1)「旧約時代」(天地創造からキリスト降誕まで)
(2)「新約時代」(キリスト降誕からキリストの昇天まで)
(3)「教会の時代」(聖霊降臨から世界の終末まで)   

これを別の言葉でいうと次のようになります。

(1)「創造と救い」(旧約時代と新約時代)(神に似せられて造られた人間の罪からの解放)
(2)「救いの継続」(教会の時代から世界の終末まで)(十字架の救いが教会によって続けられる)
(3)「救いの完成」(終末のキリストの再臨・最後の審判)(人の体の復活と永遠の命・愛の完成)



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                 キリストの再臨・最後の審判

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             神の国に招かれた人々と墓から復活する人々

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                 神から離れ・魂が失われた者たち

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                 終末のとき再臨して審判を行なうキリスト


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                     天空に描かれた聖母子



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[ イエスの福音の約束 ]

 天地万物の創造に際して、人は神に似せられて造られました。「神に似せられて」ということは、人は神の本性に与ることができる存在であることを示しています。

 ところが、人祖アダムとエヴァが罪を犯して神から離れてしまったことにより、人間は神による「救い」が必要な存在となりました。この救いのために、メシア(救い主=キリスト)が、この世に人となって生まれイエスという名で福音を宣べ伝えることになりました。

 父である神が、メシア・イエスをこの世に送った理由について、「神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。・・・・・ 神がおん子をこの世にお遣わしになったのは、この世が救われるようになるためである」(ヨハネによる福音書 3・16-17)、と語っています。

 さらに、「じつに、わたしの父にご意志とは、子(イエス)を見て信じる人が皆、永遠の命を持ち、わたしが、その人を終りの日に復活させることである」と語りました。さらに、最後の晩餐の夜には、「わたしの父の家(=神の国)には、住む所がたくさんある。そうでなければ、あなたたちのために、場所を準備しに行くと言ったであろうか。 行って場所を準備したら、戻って来て、あなたたちをわたしにもとに連れて行こう。わたしのいるところに、あなたたちもいるようになるためである」と、約束しました。

 そして、その後で、窮極の約束をあきらかにしました。「わたしが父に内におり、あなたたちがわたしの内におり、そして、わたしがあなたたちの内にいることを、その日、あなたたちは悟であろう」と。これは神の国に入ったときにはっきりと分る、神と人々が「完全に一つ」になるということです。

 このことは、キリストの昇天の最後の言葉、「あなたたちは、行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。そして、父と子と聖霊にみ名に入れる洗礼を授けなさい」と命じた言葉のなかでも知ることができます。

 名前というものは、名前をもっているものそのものを表わします。「み名に入れる」ということは、洗礼によって、キリストを信じる者となったすべての人々は、父と子と聖霊の三位一体の神の「いのち」に入る資格を得ることです。

 神が独り子をこの世に送られたれたのは、「独り子(キリスト)を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るため」でした。しかも、その人びとを終りに日に復活させる、というキリストの約束がありました。

 使徒パウロが言っているように、終りに日には、「顔の覆いを取り除かれて、わたしたちは皆、鏡のように主の栄光を映し出しながら、主の霊によって栄光から栄光へと、(復活の)主と同じ姿をもった者に変えられていくのです」。

 このことは、神の栄光の中に入れられて行くひとびとの喜びの姿です。



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  『ヨハネの黙示録』21章は、神の国をつぎのように記しています。

わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と先の地とは消え去り、もはや海もない。
わたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、神のみ元から出て天から下ってくるのを見た。

都は神の栄光に包まれていた。その輝きは、最も高価な宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。この都には大きな城壁があり、十二の門があった。・・・ 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。・・・ この都の中に神殿は見えなかった。万物の支配者で神である主と小羊とが、都の神殿だからである。

この都には、それを照らす太陽も月も必要がない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。諸国の民は都の光に照らされて歩み、地上の王たちは自分らの栄光を携えて都に来る。都の門は終日閉ざされることがない。そこには夜がないからである。


                             *


ヨハネの黙示録は、このように神の国を描写していますが、このような人間が想像する視覚的な素晴らしさを超えて、神の国はこの世のでは経験できない、想像をはるかに超えた神の栄光の輝きのなかにある至福の喜びに満ちた神秘的な世界であろうと思われます。


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# by francesco1hen | 2017-09-24 22:25 | Comments(0)
2017年 09月 19日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(2)

[ イエスの洗礼からキリストに昇天まで ]

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       キリスト・イエスが、洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受ける。


この時からのことを、最も早い時期に書かれたマルコによる福音書は、つぎのように記しています。


イエスが水の中からあがると、天が開け、「霊」が鳩のように自分の上に降ってくるのをごらんになった。そして、天から声がした。「あなたはわが愛する子、わが心にかなう者である」。         
「霊」はイエスをすぐに荒れ野に追いやった。イエスは四十日の間そこに留まり、サタンに試みられ、野獣の住む所におられたが、天使たちがイエスに仕えていた。                    

 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。                         

 ここにイエスの福音宣教の第一声が発せられました。「悔い改めて」は、世俗的な富に気を奪われていないで、もっとも価値のある神の国に入ることを大切にしなさい、ということです。          


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        カナの婚礼の席で、イエスが最初の奇跡を行なう。(水が良いぶどう酒に変わる)

このあとで、イエスはさまざまな病人を癒したり、人々に福音を宣ベ伝えていく日々を過ごします。


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         ラザロの復活

 エルサレムの近くのベタニアに、ラザロとその姉妹マルタとマリアがいました。イエスはこの家によく立ち寄り、ラザロはイエスの親友でした。イエスがいない時ラザロは病気で死に、すでに埋葬されていました。マルタの訴えで、イエスは墓の前まで行き、ラザロを復活させました。ラザロは人間のうちで最初に復活したので、このことは、人々の「希望」となりました。



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         イエスのエルサレムへの入城

イエスの福音を伝える仕事もいよいよ最終的段階を迎えます。この週にはイエスの受難が始まります。

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            エルサレムの神殿で、イエスは商人たちを追い出す。(上)
            下は、聖霊降臨の場面です。

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    最後の晩餐の前に十二使徒の一人ユダはイエスを裏切り、大祭司のところに行きました。

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         ユダの後ろには、不気味な悪魔の姿が見えます。 二人の表情に注目。

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         最後の晩餐(愛の晩餐)

この夜、イエスは、おおくの時間をさき、愛について徹底的に話しました。それで「愛の晩餐」と呼ばれます。なかでも「新しい掟」を与えたことは大事なことでした。

「新しい掟」とは、「わたしがあなたたちを愛したように、互いに愛し合うこと、これがわたしの掟である。友のために命を捨てること、これ以上の愛はない」とイエスは命じました。

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          晩餐の時、弟子の足を洗うイエス

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足を洗う意味はつぎのことを理解されるためでした。「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人の贖いとして、自分の命を与えるためである」。(マタイ 20・28)


また、晩餐の夜イエスは、イエスを愛る人にたして約束をしました。

その窮極の約束は、「わたしが父のうちにおり、あなたたちがわたしのうちにおり、そして、わたしがあなたたちのうちにいることを、その日、あなたたちは悟であろう」という言葉でした。

「その日」というのは、神の国に入ったときのことです。神の国に入るということは、この言葉からわかるように、神である父と子と人が、「完全に一つ」になっていることです。


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         ゲッセマネの園の祈りの後の、「イエスの逮捕」

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        ユダが「ラビ(先生)平安を!」と接吻するのを合図に、逮捕が行なわれました。
        迫真的な場面です。ジョットの傑作中の最高傑作です。キリストに最も近づいた画家
        といわれるのはこのような描写をしたからでしょうか。

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          イエス、大祭司から尋問を受ける

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          イエス茨の冠をかぶせられ、人々から侮辱を受ける

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             イエス十字架を担う、ゴルゴタへの道を歩む

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      イエス、十字架に付けられる 母とヨハネが立ち、マグダラのマリアが跪いている
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         イエス十字架から降ろされる(十字架降下)

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          聖母マリアの悲しみ(ピエタ)・(十字架降下)

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      「キリストの復活」 「ノリ・メ・タンゲレ」(わたしに縋り付くのはよしなさい)



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           復活の40日後、オリベト山からの「キリストの昇天」


昇天するとき遺した最後の言葉は、「あなたたちは行って、すべての国々の人々を弟子にしなさい。ー 父と子と聖霊のみ名に入れる洗礼を彼らの授け、わたしがあなたたちに命じたことを、すべて守るように教えなさい。わたしは世の終りまで、いつもあなたたちと共にいる」でした。

「インマヌエル」(神は共にいます)と預言されたイエスは、地上から去っても「世の終りまで、いつも共にいる」と約束したのでした。




                          *





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# by francesco1hen | 2017-09-19 22:45 | Comments(0)
2017年 09月 18日

ジョットによる「キリストの生涯とその福音の約束」(1)


《 三人の偉大なイタリア人 》

13・14世紀のイタリアは、3人の偉大な人物を生みだしました。それは、清貧の聖人アシジのフランチェスコ と 詩人ダンテ と 画家・建築家のジョットです。

聖フランチェスコは、二人に大きな影響を与えました。ダンテは、その『神曲』の中で聖フランチェスコをしばしば讃えています。ジョットは、いくつかの《聖フランチェスコ伝》を残しています。また、ダンテは、友人ジョットのために、その錬獄編第十一歌で「チマブーエは画壇の不朽の地位を保とうとした。今やジョットが登場して人気を博するようになると、チマブーエの名声はかすんでしまった」と歌っています。そして、ジョットは、美しいダンテの横顔の肖像を残しています。

ダンテとジョットが活躍した クワトロチェント=14世紀は、イタリア・ルネサンス初期の新しい時代です。「キリストに最も近づいた画家」といわれたジョットの画業は、《荘厳の聖母子》《キリストの生涯》《聖フランチェスコ伝》などのフレスコ画が代表的な作品です。


                             *
              



これから紹介するのは、北イタリア パドヴァのスクロヴェー二礼拝堂に描かれた「キリストの生涯」の壁画です。スクロヴェーニは、パドヴァの悪名高い高利貸しでした。それで彼の死後、息子が礼拝堂を神にささげて、父親の罪滅ぼしをしたと言われています。

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           スクロヴェーニ礼拝堂の正面外観(西に面しています)



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祭壇から見た内部「最後の審判」の壮大な壁画が見えます。


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天空が描かれた天井  中央には パントクラトール「天地万物の支配者」が描かれています。


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              入口から見た内部正面 (中央奥は祭壇)



[ 受胎告知から神殿の少年イエスまで ]

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               「受胎告知」する大天使ガブリエル

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         大天使ガブリエルから「お告げ」を受ける処女(おとめ)マリア

受胎告知によって、神が人間の体をマリアから受けて人の世に住むようになりました。
このことを「受肉」incarnation といいます。「託身」ともいいます。


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            上は「幼子イエスの降誕」  (下は「最後の晩餐」)


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                幼子とその母マリアとヨセフ

幼子はヨシュアと名付けられました。ヘブライ語でヨシュアは、よくある名前で「神は救い」という意味で、ギリシア語では「イエソス」、これがイエスと言われるようになりました。


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         東方の三人の博士の礼拝(マギの礼拝)ー 主の公現


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         エジプトへの避難(ヘロデ王の嬰児虐殺を避けるため)

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            マリアの厳しい表情が印象的です。


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         ヘロデ王による嬰児虐殺

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             イエスの神殿奉献(エルサレムの神殿で)


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          エルサレムの神殿で学者たちと話す少年イエス(12才のとき)


ルカによる福音書は、神殿で学者たちと話したことがあってからのことを、「それからイエスは、両親とともにナザレに下って行き、二人に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをことごとく心に留めていた。イエスは知恵もまし、背丈も伸び、ますます神と人に愛された」と記述しています。


                           *


イエスの誕生からヨルダン川で洗礼者ヨハネからイエスが洗礼を受けるまでを、イエスの私生活としています。イエスが洗礼を受けてからは、イエスの公生活と言います。つまりイエスが世に出て福音を宣教する時代が始まります。















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# by francesco1hen | 2017-09-18 22:16 | Comments(0)