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2011年 05月 03日

フランチェスコと一遍の宗教的生活                「捨てる」という霊性について(6)

4階の部屋の窓のマンション屏風の風景の中にも、木々の若い緑の量が増えてきました。
樹木を吹き抜けてきたそよ風が肌に触れ,それが、心を喜ばせる季節になりました。


フランチェスコと一遍の思想の平易さと単純性

フランチェスコの霊性と行動(宗教的生き方)の特徴は、福音の言葉を文字通り実行するという単純性でした。それはキリストの貧しさに倣い、福音の呼びかけに応える単純な生き方と福音書の言葉を伝えつづける生涯でした。

13世紀までの教会は、ローマ教皇を頂点とする位階制と修道院の財産の豊かさなどに示される世俗的な姿、また、神学の権威によって飾られ、民衆からはほど遠い存在でした。11世紀から始まった修道院の「貧しさへの改革」、12世紀からの貧しさを求める民衆の「使徒的生活」「福音的生活」の運動は、人々に聖書の言葉をより身近に感じさせていました。

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フランチェスコの「財産放棄」

学問的教養が必ずしも豊かでないフランチェスコにとっては、聖書の言葉、すなわちキリストの言葉を信じ、これに忠実に従うことがいちばん重要なことでした。彼には、文字通りの聖書の言葉を単純に守り、これを実行するより確実な道はありませんでした。

神に信頼し、神が望まれることのみを求める「単純な霊性」、キリストの姿と福音の言葉に従う生き方は,フランチェスコ個人にとどまらず、その兄弟たちによって、また、それはドミニコ修道会「カトリックの貧者」の運動とともに13世紀の新しい霊性として、時代の多くの人々に受け入れられたのでした。

わが国の鎌倉時代仏教の特徴の一つは教えの簡易性です。奈良・平安時代初期の仏教は、鎮護国家のためのものでした。平安時代は、貴族の立身出世や無病息災を願う、社会化された仏教でした。

法然や親鸞らによって切り開かれた鎌倉新仏教は、外来思想であった仏教が日本人自身のものとなり
その宗教的要求に応える日本的な信仰となったという重要な意味を持っています。

浄土教に例をとれば、法然、親鸞の専修念仏は、阿弥陀仏の名をとなえることによってのみ往生できるという教えです。口で称える念仏という単純な信仰行為にもかかわらず、それが呪術的な性格を超えて、精神的な救済に高められたという重要な意味を持っています。

「南無阿弥陀仏」によって衆生と仏が一つになると説き、釈迦の生き方に従い,念仏札を配ることに生涯を賭けた一遍の教えも、その単純性において、フランチェスコと同列に並ぶものでした。

このように両者の霊性(宗教的生活)にはよく似たところがあり,彼らの生き方の根底となったものや究極的に求めたもの何かという興味も湧いてきます。また、彼らの宗教的生活はどのような世界を広げたのか、ということも興味のあるところです。


「神の平和が与えられますように!」《シャンティ・寂静》







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by francesco1hen | 2011-05-03 23:20 | Comments(0)


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