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2011年 06月 21日

「断捨離」の本家 聖フランチェスコと一遍上人(5)

清貧とは・・ 聖フランチェスコの修道服

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フランチェスコの修道服とその部分 (サン・フランチェスコ大聖堂聖遺物室)

この修道服はフランチェスコが生前着ていたものです。彼がいかに清貧を重んじていたかは、このボロの修道服をよく見るとわかります。着古して破れたところを継ぎ合わせ、つぎはぎだらけです。
修繕はフランチェスコ自身がしています。その仕事ぶりを見ると聖フランチェスコがいかに器用で、手仕事を好んだ人であったか、また、几帳面な性格であったかがよくわかります。

この修道服を見ると、聖フランチェスコの人柄を肌で感ずるような気がします。


「遊行の旅」・・十二光箱と阿弥衣

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                     (木製十二光箱 愛知県・称名寺)
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                        (阿弥衣 広島県・西郷寺)
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                      (神奈川県・清浄光寺=遊行寺)

十二光箱は、時衆僧尼が「遊行の旅」の最少限旅具を入れる独特の道具です。愛知県称名寺の十二光箱は鎌倉時代に遡るものとして知られています。

十二光箱の中には、遊行における捨棄の精神を象徴する「十二道具」が収められていました。
「十二道具」とは、引入(碗・鉢)、箸筒、阿弥衣(あみえ)、袈裟(けさ)、帷子(夏衣)、手巾(手拭)、帯、紙衣(紙で作った着物)、念珠、衣、足駄、頭巾などの道具です。

なお、この道具には阿弥陀仏の十二の功徳の光明(十二光仏)に相応する名称と意味付けが行われています。阿弥陀仏に対する一遍の奥深い信心が表わされていると言えます。「十二光箱」は、宗教的意味とともに僧尼の境を分けるものとしても用いられました。

広島県・西郷寺の遺品・阿弥衣には、大永二年(1522)の紀年と「但阿弥陀仏」の名が記されています。神奈川県・遊行寺の阿弥衣は元亀年間(1570−73)の墨書を残しています。

これらの阿弥衣の阿弥は「網」の意で、漁網で魚をすくうように、衆生を救うことを表わしています。この時衆僧尼の衣服は、機で織ったものではなく植物の繊維を編んで作られたものです。

時衆僧尼が着た阿弥衣などを見ると、フランチェスコら兄弟たちの修道服より粗末で切なさを感じさせます。でも、これが「遊行の旅」の厳しさでした。

 
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by francesco1hen | 2011-06-21 12:28 | Comments(0)


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