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2011年 06月 21日

「断捨離」の本家 聖フランチェスコと一遍上人(6)

貧しい人・病気の人に仕えたフランチェスコ

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病人を奇跡的に癒す聖フランチェスコ(サン・フランチェスコ大聖堂上堂)

聖フランチェスコは、ハンセン病患者との深い関わりで有名です。1206年「財産放棄」の年の春、フランチェスコはグッビオで恐れることなくハンセン病を病む人びとと生活を共にし、病人の傷を洗ったり、傷口から出る膿をぬぐうなど「神の愛のため」に、愛のこもった世話をしました。

フランチェスコを始め初期の兄弟たち(会員)が、とくに好んだ仕事はハンセン病患者の世話でした。貴族でも平民でもハンセン病の施療院で働くことは入会の前から求められていたことです。フランチェスコにとってこれほど不幸な人々はいませんでした。彼らはハンセン病患者を自分たちと同等な者として扱い、大切に接するために患者たちを「キリストの兄弟」と呼んでいました。彼は軽蔑され苦しむ人々のうちにキリストを見いだし、ハンセン病患者に仕えたのでした。

貧しい人々や病人への同情についても、数々のはなしが伝わっています。伝記作者チェラーノのトマスの『聖フランチェスコ第一伝記』第3巻・第2章では、8項目のフランチェスコの奇跡による癒しの実例が語られています。


「遊行聖」一遍と念仏札

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一遍上人像(神奈川県・清浄光寺=遊行寺)

一遍は、その生涯の大半を諸国の遊行に費やし、人がよく集まる神社仏閣を参詣し、貴賎高下の別なく念仏を勧め、念仏札を配り歩きました。

この肖像は、画面左よりに、向かって右の方を向き合掌し、数珠をかけ、やや腰をかがめ、合掌する両手に念仏札を挟みとる賦算の姿を描いたものです。両手の指に挟む念仏札に「南無」の二字が見えます。この絵の制作時期は室町時代後期16世紀とみられています。

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念仏札 (江戸時代 文政八年(1825)神奈川県・清浄光寺=遊行寺)

一遍の宗教活動の特徴は、遊行による念仏勧進と踊り念仏にみることができます。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えることを勧め、称えた人には念仏札を与えました。これによって必ず浄土に生まれることができるという確信によって、札には「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」と刷られています。縦7.9センチ、ヨコ2.0センチの小さな札です。

一遍は、熊野権現の教示によって確信を得て「賦算」すること16年、正応ニ年(1289)に51歳で入滅するまでに目録に載せられた人数は、25万1724人であったと言われています。もちろん、所々の踊り念仏に集まってきた多くの人々にも配られました。
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by francesco1hen | 2011-06-21 23:19 | Comments(0)


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