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2011年 06月 23日

「断捨離」の本家 聖フランチェスコと一遍上人(8)

「遊行聖」一遍と踊り念仏

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『一遍聖絵』第四巻五段 小田切の里の踊り念仏

「熊野成道」の翌々年の健治ニ年(1276)以降、一遍は九州大隅から念仏を勧める遊行の旅をつづけ、弘安ニ年(1278)夏には伊予に、秋には安芸厳島神社、冬には備前(岡山)藤井、翌年春には京都から四十八日をかけて信濃善光寺を参詣したのち、歳末には信州小田切の里の武士の館で、自然発生的にはじめての「踊り念仏」を経験しました。

絵図には、武士の館で念仏を唱えているうちに無我の境地に到り、踊り出す時衆僧尼や里人の姿がいきいきと描かれています。

この後、やがてこの「踊り念仏」は大変な人気のうちに広がり、人々の熱狂的な歓迎を受けるまでになりました。その冬には、信州佐久の武士の館でも数百人が踊り念仏の歓喜に身を委ね、板敷きを踏み落とすほどの激しい踊り念仏が行われました。小田切の里以上に盛況でした。

弘安ニ年(1279)信濃を後にして、奥州・関東各地を念仏を勧める遊行は、寒さも厳しく、辛く苦しむことの多い四年の間の長いの旅でした。

弘安五年(1282)3月には鎌倉で市中に入ることは許されませんでしたが、小袋坂の崖下で野宿くして鎌倉市中のおびただしい道俗の供養を受けました。翌3月2日には片瀬に移りると、一遍を慕う鎌倉中の老若男女、おびただしい数の道俗が集まり念仏を受けるようになりました。

片瀬浜で「踊り念仏」が行われるようになると、片瀬海岸には近所諸方から陸続と人々が集まり、一遍たちは片瀬には4ヶ月半ほど滞在することになりました。片瀬の「踊り念仏」で思わぬ成果を上げた一遍たちは、東海道から京都を目指し、弘安七年(1284)京都釈迦堂に入りました。
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by francesco1hen | 2011-06-23 12:12 | Comments(0)


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