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2011年 06月 25日

「断捨離」の本家 聖フランチェスコと一遍上人(13)

フランチェスコ、ラ・ヴェルナ山で「聖痕」Stigma を受ける

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ジョット 聖痕を受ける聖フランチェスコ (サン・フランチェスコ大聖堂上堂)


1224年9月14日、聖十字架の祝日の朝、ラ・ヴェルナ山で兄弟から離れ、ひたすら祈りに没頭していたフランチェスコは、6枚の羽をもったセラフィム天使の形をした十字架のキリストを見たのです。しばらくすると自分の身体の上にキリストの五つの傷「聖痕」が残されているのを知りました。

愛の証しである「十字架のキリスト」に対する彼の傾倒は生涯を貫くものでした。この「聖痕」は、キリストの足跡に完全に従ったフランチェスコが、完全にキリストに同化したという徴でした。彼の「回心」の生活は生涯の終りに、ついにキリストに同化することで頂点に達したのです。

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ピエトロ・ロレンツェッティ 聖痕を受けるラ・ヴェルナの聖フランチェスコ
                  (サン・フランチェスコ大聖堂下堂)


聖フランチェスコの死  第二のキリストの発見

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聖フランチェスコの死 (サン・フランチェスコ大聖堂下堂)


1226年10月3日、フランチェスコは「清貧の聖人」誕生の地、ポルチウンクラで兄弟たちに最後の訓戒を与え、詩編142番「声を上げ、主に向かって叫び」を唱えた後、多くの兄弟たちやアシジの市民に見守られながら、44歳の生涯を閉じました。

死の直後、兄弟たちは、師父フランチェスコの願いにより、キリストが十字架から降ろされた大地に横たえられたように、彼の遺体を小一時間ばかりのあいだ土の上に横たえました。

これを見て、人々はフランチェスコのことを「ウンブリアのキリスト」と呼びました。後年これが広がり、キリストに最も近づいたフランチェスコのことを「第二のキリスト」と呼ぶようになりました。
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by francesco1hen | 2011-06-25 10:15 | Comments(0)


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