人気ブログランキング | 話題のタグを見る

家田足穂のエキサイト・ブログ

france1pen.exblog.jp
ブログトップ
2017年 08月 01日

 イエスは「大飯食らいの大酒飲み、徴税人や罪びとの仲間」          聖書の言葉シリーズ(2)            




 イエスは「大飯食らいの大酒飲み、徴税人や罪びとの仲間」          聖書の言葉シリーズ(2)            _b0221219_15464527.jpeg
羊がいるイスラエルの風景               
                          
 イエスは「大飯食らいの大酒飲み、徴税人や罪びとの仲間」          聖書の言葉シリーズ(2)            _b0221219_15470869.jpeg
                        ガリラヤ湖 この辺りから福音は宣べ伝えられた



イエスは、律法学者やパリサイ派人々から「大飯食らいの大酒飲み、徴税人や罪びとの仲間」(ルカ7・34)と軽蔑され悪口を言われていました。あるときは、学んだことのない無学者とか悪霊つき、と言われたこともあります。

律法学者やパリサイ派の人々は、律法に精通し、これを厳格に守ることを人々に要求していました。律法を守らないものは罪びとであると決めつけていました。そして、自分たちは完全であると思い込んでいました。

ところが、イスラエルの社会では、祈る時間がない貧しい人や病人・罪深い女・徴税人、そして、敵対視されていたサマリア人たちは、それぞれの理由から求められるように律法を守れない事情がありました。そのために、不当にも罪びとにされていた人々でした。

イエスが特にあわれみの目を向けて愛したのは、このような人びとでした。「医者を必要とするのは健康な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪びとを招くためである」(マルコ2・17)と言っています。

イエスは、パリサイ派の人や律法学者から責められて罪びとにされた人びとを救い出すために、その苦しみに捨ておかれ、蔑まれ排斥される彼らの立場に「共感同苦」して、彼らに寄り添って共に食事をし話を聞きながら語り、勇気付けるために時を過ごしていたのでした。


                        *



 このようなことは、「新約聖書」によく書かれています。


   さまざまな病人を癒す(マルコによる福音書 1章32−34節)

   ヤイロの娘と出血病の女の話(マルコによる福音書 5章21−34節)

   罪深い女赦される(ルカによる福音書 7章36−50節)

   徴税人の頭レビ(マタイ)、イエスの弟子として召し出される(マタイによる福音書 9章9−13節)

   サマリア人の女との問答(ヨハネによる福音書 4章1−30節 39−42節)

例を示すならば、このような話などがあります。


 イエスは「大飯食らいの大酒飲み、徴税人や罪びとの仲間」          聖書の言葉シリーズ(2)            _b0221219_16182332.jpg
              善い羊飼いイエス (ローマ時代の彫刻)







by francesco1hen | 2017-08-01 16:34


<< 「迷える羊」と「見失った羊」 ...      聖書の言葉シリーズ(1) 空の... >>